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焼き菓子実習①

「よーし、みんな、準備はいいか」  ある放課後、瑞樹はボラ研部員を家庭科室に招集していた。  今日はバザーで出す焼き菓子の試作をするのだ。バザーは無事に申し込めて、受理された。再度会議をして、出すものはリサイクル品と、手作りの焼き菓子に決まった。  売り物はバザー直前に作るのだが、一度試作してみたほうがいいと思って。ぶっつけ本番より安心できるだろう。  瑞樹が教壇でかけた声には「はい!」「オッケーっす!」という元気のいい声が返ってくる。瑞樹は家庭科室の中を見回して頷いた。 「今日は講師を呼んである。俺の友達の基宮。料理が得意で、菓子作りも得意なんだ。こいつに習おうと思う」  瑞樹は隣を示した。そこにはしっかりエプロンをして、金髪をピンで留めた玲望が立っている。部員たちに向かって一礼した。 「基宮 玲望といいます。どうぞよろしく」  玲望の挨拶にはぱちぱちと軽い拍手がかけられた。それで早速実習となる。 「まず、これを読んで。材料の計測や調理手順が書いてあるから」  玲望はプリントを部員たちに配っていった。それは玲望の作ってくれたものだ。レシピはネットで調べたものだと玲望は言っていた。  でもオーブンによって焼き具合などの調整が必要になってくるからとわざわざ自分で一回試してくれたらしい。瑞樹が「手伝ってくれないかな」と頼んだとはいえ、律儀である。  そういうところが好きなんだな、と瑞樹は横で自分もプリントに目を通しながら思ってしまった。 「さ、じゃあそろそろはじめるか。A班はクッキー。B班はパウンドケーキ。C班はマドレーヌだ」  部員をみっつの班に分けて、それぞれ違う菓子を受け持たせる。瑞樹と玲望は特にどこの班にも所属せずに、あちこちを回って進行を確認する役に回った。 「調理実習みたいだねー」 「こういうのも楽しいな」  おしゃべりは禁止でないので、わいわいと楽し気な会話が交わされる。まずしっかり手を洗って、次に材料計測から、と進めていく。 「あ、これね、もっとざくっと荒く刻んで。あんまり細かく切ると、食感が楽しめなくなっちゃうんだ」  玲望が一人の女子生徒に声をかけるのを瑞樹はちょっと離れたところから見た。それはクルミを刻んでいる子だった。確かに、クルミの食感を生かすには少し荒めのほうがいいのだろう。 「あ、はい! ……このくらいでしょうか」  女子生徒は玲望に声をかけられて、ちょっと顔を赤くしてクルミにもう一度向き直った。玲望はそれを見て僅かに笑みを浮かべた。 「そう、このくらい」  玲望はちょっとぶっきらぼうなところがあるので、答えたのはそれだけだった。でもじゅうぶんに優しい指導だ。彼女はちょっと照れた様子で「そうします!」と玲望にお礼を言った。  瑞樹はそれを見て、微笑ましく思ってしまう。自分の大切なひとである玲望が、ひとにものを教えて、それを感謝してもらっている。なんだか自分まで嬉しくなってしまったのだ。  試作は順調に進んでいく。瑞樹はあちこちのテーブルを回って、進行を確認した。そしてわからないところがあれば、玲望を呼んでアドバイスを求める。玲望はそのすべてに的確な指導をくれた。 「梶浦部長! これ、本番ではなにかの形にするのはどうでしょう」  クッキーを作っている班にやってきたとき、部員の一人が提案してきた。二年の書記女子・志摩である。 「ああ、型で抜くってことか。それもいいなぁ。かわいい形だったら子供とかも喜びそうだ」  瑞樹がいい返事をしたからか、志摩の顔がぱっと輝いた。 「うちにハートとか猫とかの抜き型があるんです。それを使って良かったら……」  志摩が続けたときだった。うしろからぼそっと声がした。 「型抜きクッキーにするんだったら、生地を調整しないとだよ」  あれ、と思って瑞樹は振り返った。そこには声の通り、玲望がいる。  瑞樹がなにか相談を受けたと見て来てくれたのだろうか、と瑞樹は思って嬉しくなった。笑みが浮かんだだろう。 「あ、そ、そうですよね……もう少し、生地が固くないと抜けないですよね」  志摩は何故か、ちょっと臆したような様子を見せた。瑞樹は今度、不思議に思う。  彼女は人見知りだっただろうか。  初めて会う玲望に話しかけられたからだろうか。  でも玲望が言ったのは優しいことだった。 「型抜きクッキーのレシピも用意するよ。瑞樹に渡しとけばいいんだろ」  玲望は瑞樹を見てきた。その表情を見て瑞樹はまたわからなくなってしまう。  玲望の表情も、普段あまり見ないものだったから。  別に睨みつけているとかぶすっとしているとかではない。笑みのようなものは浮かんでいるし、口調も穏やかだ。  けれど、瑞樹にはわかる。今のものが心からの笑みではないことが。  どうしたというのか。玲望がいきなりこんな様子になったのかがわからない。 「あ、ああ……じゃ、俺が預かるよ。悪いな、手間かけて」 「いいや」  瑞樹の返事に玲望はまた妙な笑みのような表情を浮かべて、それで「俺、あっち見てくるから」と行ってしまった。瑞樹は首をひねったのだけど、なんとなく感じた。  玲望は不機嫌だったのではないかと。  なにか気に入らないことがあったのではないかと。  それがなにかはわからないけれど……。

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