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あたたかな手の帰り道

 夕方にバザーが終わってから、ボラ研で軽い打ち上げをして、それは玲望も混ざっていった。  「部活でやるんだろ。俺はいいよ」なんて言ったのだけど、瑞樹は勿論「なに言ってんだ。手伝ってくれたんだから」と玲望の腕を引かんばかりで誘ったし、部員も「基宮先輩が来てくれないとお礼ができないです」と同じように言って。  そこまで皆に誘われて断るような玲望ではない。「じゃ……お邪魔するか」なんて言って、来てくれたのだ。  安いファミレスなんて場所だったけれど、じゅうぶん楽しかった。料理も美味しかった。 「気を付けて帰れよー」  瑞樹は部長として、最後まで残って全員が解散するのを見守った。部員たちは「楽しかったなー」なんて明るい顔のままで帰っていった。  残されたのは瑞樹と、玲望。  特になにも言わなかったけれど、一緒に帰るのだろうと瑞樹は思った。  自分に対してそう思ってくれるのがとても嬉しいと思う。こういう、些細なことが恋人らしいと感じられてしまって。 「さ、帰るかー」  瑞樹は玲望を促した。玲望も「ああ」と答えてくれて、ファミレスの明るいところから、夜の薄暗いところへ二人で踏み出す。  別に、高校生にもなって夜道が怖いということはない。まだ深夜というほどではないのだし。  でも二人でいられるのは安心だった。確かな安心。  ファミレスは勿論、大通り沿いにあったので、まだ街灯が煌々とついていたし、人通りも多少あった。  でも少し細い道へ入って、住宅地に入る頃にはそれも少なくなってくる。  瑞樹はちょっとためらった。嫌がられるだろうか。  恋人同士とはいえ、あまり周囲に公言はしていないのだ。「外でやめろよ」と言われるかもしれない。  だがせっかくの機会である。  二人きりの帰り道。  人通りもほぼない。誰かに見られる可能性は極めて低いだろう。  思い切って、瑞樹は手を伸ばした。玲望の手に触れる。  玲望はちらっとこちらを見た。  瑞樹はなにも言わなかった。  ただ、視線だけを合わせる。「いいか?」という気持ちが伝わるように。  玲望もなにも言わなかった。そのままなにもなかったように歩いていくし、視線を逸らして前を見た。  それだけでじゅうぶんだった。瑞樹はほっとする。  拒否されなかっただけでない。玲望のほうも確かに受け入れてくれたのだから。  夜の薄暗い中、二人で手を繋いで歩く。どきどきするのが、手を繋いでいるからなのか、それとも非日常の中だからなのかはよくわからなかった。  どちらでも良いけれど。ただ、繋いだ手があったかかったのだから。  いや、真夏なのだからあったかいを通り越して汗ばんでいる。良い感触かと言われたら、そういうことはなかっただろう。  普段なら。  今はそんなこと、微塵も感じなかった。  特別な機会だから。特別な時間だから。  むしろ心地いい。  そのうち、きゅっと握り返された。瑞樹の心臓がそれに反応して、ちょっとだけ跳ねる。  それは玲望の、もっとわかりやすい受け入れであってくれたのだから。  おまけに玲望は口を開いた。 「瑞樹、来週から合宿だっけ」  けれど口から出てきたのは、なんでもない言葉だった。実になんでもない言葉だった。  こんなこと、教室や廊下の片隅でやりとりするものだ。  ちっとも恋人同士らしくはない。特別でもない。  なのに、確かに『特別』であったのだ。  玲望からの気持ちが『特別』だ。  こういうことをすんなり言ってくれるくらいには、瑞樹とのこういうことを自然と受け取ってくれているという『特別』。  そんなことを感じてしまうから、瑞樹はもっと心臓が高鳴るし、また熱くしてしまうのだった。 「ああ。小学校でまたバザー、やる。あとドッジ大会とか」  よって、瑞樹もなんでもない返事をした。合宿の予定なんて、普通過ぎることを。  夜道はこつこつと小さく靴の音だけがする。それから小さく交わす、ごく普通の会話。  心地良かった。両方が。  夏のむわっとした空気も気にならない。夜になり、多少気温が下がったのもあるだろうが、そんな単純な理由ではないだろう。これもきっと同じこと。 「色々あるんだな。今度は菓子はいいのか」 「ああ。持ち歩くのがちょっと心配だからな、向こうで作るんだ」  夜はどこまでも続いている気がした。  そんなはずはないけれど。玲望のアパートに着けば、おしまいだ。そのまま「またな」となるはずだ。  でもそれまでの時間は、確かにどこまでも続いているのだ。終わりが見えないほど、どこまでも。 「土産、買ってくるな」 「気を使わなくていいんだぞ。忙しいだろ」 「土産、買う時間はどうせ取るって。なにがいい?」 「そっか……じゃあ……海が近いんだよな、それなら海鮮っていうか、魚とか……」  小さな声のやりとりをしているうちに、街灯が見えてきた。街灯の中でも見慣れたひとつのものである。  玲望の住むボロアパートの前にある、これだけは大きくて立派なもの。 「お、着いた」  すっと手を離した。住人が出入りしていないとも限らない。  二人きりの夜はそこでおしまいになった。  けれど寂しくなどない。今、このときだけ終わっても、続いていくものなのだから、なにも寂しく思う必要などあるものか。 「瑞樹、今日は帰るんだろ」  玲望が鍵を出すのだろう、ポケットを探りながら言った。  残念だが、今日は帰らなければなのだ。家にいる家族が待っている。今日のボラ研の活動の話を聞きたがるだろう。  玲望を一人で部屋にするのはちょっと気が引けたけれど、あまりべったりしているわけにもいかないし。  玲望とてそんなことは望まないだろう。瑞樹が自分の生活をおろそかにしてまで自分と居たがるというのは。 「じゃ、またな。合宿前に一回会おうぜ」 「ああ。また連絡するから」  別れの言葉はやはりごく普通だった。  瑞樹はアパートの下から、玲望がカンカン、と音を立てて外階段をのぼるのを見守った。  玲望はすぐに自分の部屋の前にたどり着いて、鍵を差し込む。ドアを開けた。  中に入る前。瑞樹のほうを見て、ちょっとだけ顔を緩めてくれた。微笑を浮かべてくれる。  それにつられるように、瑞樹も笑みを浮かべて、手をあげた。  今度は玲望がそれに応えてひらっと手を振ってくれて。そしてドアの中へ消えていった。  瑞樹は数秒だけその場に佇んだけれど、すぐに歩き出した。今度は一人の夜の帰り道。  そう遠くはないのだ。十分もすれば着いてしまう。  なんだか軽快に感じた。足取りも、気持ちも。  おかしなものだ、ただファミレスから玲望の家まで一緒に帰っただけだというのに。  そんな短い時間が、これほど明るい気持ちをくれる。  来週は合宿だ。  瑞樹は不意に違うほうへ思考を向けた。今日のバザーが終わったのだから、気持ちを次へと切り替えなくてはいけない。それはボラ研の部長として大切なことだ。  さて、合宿。計画は完璧なのだから、あとはそれに沿って実行するのみだ。  部長として気を引き締めるけれど、でも、自分も楽しもう。  そういう前向きな気持ちが生まれていた。  玲望としっかり繋いだ、あたたかな手。その手が瑞樹を、玲望が居ない時間も元気でいさせてくれる、そんな気がして。

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