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コンビニにて
合宿も終わった、翌日。瑞樹は自室のデスクで、広げたノートに向き合っていた。
今回の合宿のまとめを書いていたのである。レポートとしてまとめて、鈴木教諭に提出する。
OKをもらえたら、改めて清書して、ボラ研の資料とするのである。
資料というのは、今後の活動に役立てるためのものだ。会議でまとめるのと同じたぐいのことである。
せっかく大規模な活動をしたのだ。
楽しかったな、上手くいったな、やれやれ良かった。
それで済ませてしまうのは勿体ない。
きちんとまとめて、資料として残して、今後の活動や来年度も続けて活動していく後輩たちの参考になるものにする。
それでボラ研の運用の参考になればいいし、瑞樹本人だって、自分の代がどんなにいい活動ができたかというのを記録としても残していきたい。
なので、ちょっと面倒だと思いつつも、嫌な作業ではなかった。
一日目……電車で移動して、午後に着いて、海辺の清掃活動。
二日目……小学生とドッジボール大会。午後はバザーで出す焼き菓子作り。夜はキャンプファイヤー……。
三日目……。
そのようにまず、箇条書きにして書き出していく。そこから細部を思い出して、箇条書きの下に詳しく書いていくのだ。
まとめるのは別の良いこともあるな、と瑞樹は書きながら思った。
楽しかった合宿の思い出。もう一度、噛み締めることができる。
ボラ研として最後の夏。部長としての活動。
勿論、全部が大成功というわけではない。計画が甘かったなと思ったところもあったし、上手くいかなかったこともある。
でもそれだって想い出のひとつであるし、今後の活動に生かせることだ。
だからひとつだって無駄にはならない。
けれど瑞樹はあまり書き物は得意ではない。勉強だって、国語が特別優秀というわけではないのだ。すらすらとは書けなかった。
一時間ほど取り組んで、なんとかざっくりとひにちごとの出来事を書けたところで、椅子の背もたれにひっくり返って伸びをした。
「あー! 休憩すっか!」
ちょっと疲れた。休憩したほうがいいだろう。
よって瑞樹は椅子を立った。部屋を出る。
なにか飲み物や、あれば菓子なんかも欲しい。そうだ、今日も暑いのだからアイスでもあればもっといい。
とんとんと二階からの階段を下りて、キッチンへ入って物色したのだけど。
望んだものはなかった。冷蔵庫には母の常備してくれている麦茶があったけれど、甘いものやしょっぱいものといった、おやつになりそうなものはない。
ちょっと悩んだ。外に出るのは億劫だ。
なにしろ暑い中。単純に面倒。
けれどおやつが欲しい気持ちと天秤にかけたら、結局そちらのほうが勝った。
面倒ではあるが、冷たいものでも買えば、その暑さだって帳消しだ。
なんて、自分に言い聞かせるための言い訳をくっつけて、瑞樹は一旦部屋に戻って財布とスマホを掴んだ。ポケットに入れて、徒歩十分ほどのコンビニへ向かったのだった。
「らっしゃいませー」
ぴんぽん、という入り口のチャイムをくぐった次、瑞樹を迎えたのは店員の気の抜けた声だった。
いつかのコンビニでもそうだったような、不真面目なタイプの店員らしい。
まったく、真面目にやりゃいいのに、なんて思って、瑞樹はあのときのことを思い出しておかしくなった。おかしくなれば不快でもなくなった。
さっさとアイスケースに向かって、中を覗き込む。
夏の折なのだから、種類豊富にあった。
さて、なににするか……。
たっぷり入ったカップタイプか。ちょっと凝った、ソフトクリームのような形のものや、クッキーにサンドしてあるものもある。
味も問題だ。こっくりとしたチョコなど。もしくはさっぱりと氷菓。
どれも魅力的に見えてしまって、悩んでしまっていたのだけど。
ぽん、といきなり肩になにかが触れた。瑞樹はどきっとした。
その手つきは親しい触れ方だったものだから。
ばっと振り返ると、そこにいたのは何故か玲望であった。どうして、節約家の玲望は全体的に価格が高めのコンビニなどには、滅多に来ないのに。
「よう、瑞樹」
玲望は微笑を浮かべていた。その笑みに、瑞樹の心は一瞬で上向いた。
「なんだ、こんなとこで。偶然だな」
面倒だと思ったのに、来てよかったな。単純にもそう思ってしまう。
「なにか買い物か?」
アイスケースから視線を離して、玲望に向き合う。玲望はなんでもないように、頷いた。
「ああ……おつかい。バイトの」
そういえば玲望はバイトのときによく着ているラフな格好をしている。この上にエプロンをつけて店に立つのだ。
「バイト? おつかい?」
しかし言われたことはよくわからなかった。
どうしてバイトでおつかいになんてやられるというのか。おまけにコンビニに。
玲望は瑞樹の疑問は当然のものだと思ってくれたのだろう。持っていたものをちょっと掲げた。
そこには消臭剤が握られている。ドラッグストアでも売っている、ポピュラーなものだ。
「トイレに置いとく用のやつ。発注を間違えてて切らしたんだよ。客も使うとこだから、無いと『手を抜いてる』と思われる可能性がある、なんてさ」
「なるほど」
その説明で納得できた。
急ぎでひとつだけ欲しかった、それでコンビニでいいから行ってきてくれと頼まれた。そういうことだ。
「ったく、コンビニじゃ高いのにな。いくら急ぎだっていっても」
おつかいなのだから、勿論、店からお金をもらってきただろう。だから自分が損をするわけでもないのに、玲望は不満げ。瑞樹はくつくつと笑ってしまう。
節約家の玲望。自分用ではないにしろ、贅沢をするような気持ちになってしまったのだろう。
それがいかにも玲望らしい。
でも仕方がないだろう。このあたりにはドラッグストアやホームセンターなどの、安く売られている店はないのだから。少し離れたところ、自転車か車でもないとちょっと不便なところにしかないのだ。
だから急ぎで手に入れるには向かないというわけ。
「まぁ、仕方ないだろ。それにえらいな」
瑞樹は笑ったのちに、そう言った。玲望は何故褒められたかわからない、という顔をする。
「なにがだよ」
「いや? ちゃんと働いてんだなって」
褒めたのに、それには視線を逸らされた。
「バイトなんだから、働くに決まってるだろ」
素っ気なく言われた言葉は、明らかにちょっとくすぐったく思っているときの声で。
瑞樹はもう一度くすっと笑ってしまった。今度は少しだけ。あまり笑うと怒らせるから。
「瑞樹はどうせ、腹が減ってアイスでも買いに来たんだろ」
誤魔化すように言われたけれど、酷い言い様である。瑞樹は膨れて見せた。
「酷いな、ひとを自堕落みたいに」
立ち話をしていたけれど、コンビニ内ではほかの客の邪魔になるうえに、玲望はバイトを抜けておつかいにきているのだ。早く戻らなければだろう。
その通りに「ま、俺はそろそろ戻るから」と、たった、二、三分話しただけで言われた。
そうあって当然だけど、ちょっと残念だった。合宿中は当たり前のように会えなかったのだし、それからもまだ会えていなかったのだ。単純に、一週間近く顔を合わせていなかった。
「玲望、今日、邪魔してもいいか?」
つい言っていた。言ってから気付いた。
これでは玲望と別れるのを惜しく思っている気持ちが丸出しではないか。からかわれるだろうか。
ひやりとしたけれど、幸い、そうはならなかった。
玲望はレジに向かいかけていたところから足を止めて、振り返って、頷いてくれた。
「ああ、いいぜ。遅番だからちょっと遅くなるけど」
ほっとした。そして違う気持ちが湧いた。
すなわち、玲望も会うことのなかったこの数日を、いくらかは寂しく思ってくれていたのではないか、という。
外れていない気はした。
そんなことを口に出したら、気分を害してしまうだろうから、言わなかったけれど。
まぁ、言うにしても、夜、改めて会ってからだ。今、言うことではない。
「何時でもいいよ。じゃ、終わったら連絡くれ」
「ああ」
それで玲望はさっさとレジで会計をして、「じゃ」とだけ言って、先に出ていった。
たった数分のやり取り。なのに幸運なことにも、夜、会えることになってしまった。降って湧いた幸運ともいえる。
楽しみが待っていると思えば急にやる気まで出てきた。
俺も頑張って夜までにレポート、仕上げないとな。
半端なまま向かうなんて情けない。やることはきっちり終わらせなければ。
思って、アイスを早く選んで帰ろうとしたのだけど。
ちょっと違うことが思い浮かんだ。
数秒だけ迷って、瑞樹が掴んだのは、ふたつのアイスであった。
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