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下手くそ手料理

 バイトから帰ってきた玲望は汗だくであった。瑞樹が時間を合わせて部屋を訪ねると、ちょうど帰ってきたところで「ちょっと先に風呂、入る」と、さっさとシャワーを浴びに行ってしまったのだ。 「あー、涼し」  シャワーでさっぱりしてきて、どっかり座ってクーラーの真下に陣取った玲望。夏の暑さのほかに、風呂で火照ったのもあるだろう。 「おい、そんな冷やすと風邪引くぞ」  いくら今は暑くても、クーラーの真下など。  瑞樹は用意してきた『夕食』をちゃぶ台に並べながら、苦言を呈した。  それに目にも悪い。部屋着のハーフパンツに薄いTシャツだけの、湯上り姿など。これは瑞樹のただのよこしまな思考であるが。 「いいだろ、冷めるまでだって」  玲望はクーラーの真下に座ったままで、ちょっと不満そうな顔になって瑞樹を見上げた。でも瑞樹はきっぱり言い放つ。 「そんなとこだとソッコーで冷え切るだろ」  なにしろ玲望の家はボロアパート。ついているクーラーもなかなか古い。  流石にアパートが建てられてから何回か取り換えられているはずだが、どう見ても新品とはほど遠いのである。  つまり性能もあまり良くないし、温度設定も極端なのだ。温度を下げると冷え過ぎることも多々。  玲望はクーラーに関しては、使うのを惜しまなかった。普段は電気代に対して非常に厳しいのに。  その理由は「熱中症になったほうが医療費がかかるから」だったのだが。結局合理的なのであった。 「ほら、メシの支度、もうできるから」  これは意識を別に持って行かせるしかない。瑞樹はそう思って、玲望の気を引くようなことを言った。  玲望はそれに乗ってくれたようで、顔をこちらへ向けた。ちゃぶ台にご飯が並べられつつあるのを見て、「おおっ!」と顔を輝かせた。 「瑞樹が作ってくれるなんて、雪が降るな」  でも辛辣なことを言うので、瑞樹は玲望を睨んでおいた。 「降るかよ。ゴハンはあるんだろ」 「ああ、冷凍がある。持ってくるわ」  ゴハン、つまり白ご飯。  玲望はいつも独り暮らしなのに、炊飯器いっぱいにご飯を炊く。  そのとき一食分だけ食べたら、あとは小分けにして冷凍しておくのだ。  「そのほうが炊く電気代が抑えられるからな」だそうで。  ちなみに冷凍庫に関してもぬかりはなかった。「熱々を入れると、それを冷まそうと電気代を食うから、しばらく置いておいて冷ましてから入れて凍らせるのがポイントだ」なんて自慢気に言ってきたものだ。  まぁ、そのような理由で、玲望の冷凍庫には大抵、何食分かの白ご飯が常備されているのだった。  そのご飯をレンジであっためて、丁寧に茶碗に移して綺麗に盛って、持ってきてくれた玲望。  瑞樹がタッパーから皿に移していったおかずもあっためた。それで少し遅い時間ながら、二人の夕ご飯となったのである。 「いただきまーす。……これ、野菜炒め?」 「ああ」  箸を持って、律儀にいただきますを言って、玲望はひとつの皿から野菜を摘まんだ。  ざくぎりのキャベツだ。タレと絡めて炒めたもの。どう見ても立派な野菜炒めだけど、と瑞樹は思った。 「なんか見慣れないもんが入ってるけど」  ああ、なるほど。確かにちょっと変わったものを使った、と瑞樹は『見慣れないもん』を摘まみあげて正解を言った。 「ああ、かまぼこ。肉がなかったから」  細く切った、白いかまぼこ。そのままの形から切った上に、タレと絡んで色もわかりづらかったから、そりゃあ『見慣れないもん』でも不思議はない。 「ふーん。……ん、甘辛いな」  ぱくりとキャベツを口に入れて、もぐもぐと噛む。噛み締めて、感想を言った。 「なかなか上手くできただろ」  火もちゃんと通ったことを確認した。逆に焦げてもいない。普段、ほとんど料理をしない瑞樹にとっては立派に上出来な料理だったけれど。  玲望はもうひとつ摘まんだ、今度はにんじんをそのまま食べるのではなく、ご飯の上に乗せて、それから白ご飯と一緒に持ち上げた。 「まぁ、悪くはないけど、ちょっと味が濃いな」  褒められたのか、否定されたのか。どっちとも取れずに瑞樹は「そうか?」と曖昧に返してしまった。 「売ってるタレ、使ったんだけど、濃いのか……」  でもじわじわと染み込んできて、ちょっと気落ちした。  間違いがないようにと、味付けは市販のタレを使ったのだ。『一回分』と小分けにされて、食材と和えるだけでいいという、アレだ。  上手くできたと思ったのだが、料理上手な玲望からしたらまだまだのようだ。  瑞樹のテンションが落ちたのを感じたのか、玲望はご飯と一緒に口に入れた野菜炒めを頬張りながら、こちらを見る。 「悪かないぜ。ゴハンと食うならちょっと濃いほうがいいし」 「そ、そうか!」  フォローかもしれないが、とりあえず『悪くはない』と言ってもらえた。瑞樹は単純なことに、それだけでぱっと気持ちは持ち上がった。 「ああいうのってな、万人ウケするようにちょっと濃い目に配合してんだよ。だから、指定の食材量よりちょっと多めに入れるようにしたらちょうどいい」 「ふーん……そういうもんなの」  玲望の知恵を聞きながらご飯は進んでいく。  次に玲望が手を伸ばしたのはサラダであった。きゅうりやレタスをちぎって、上にはサラダチキンをちぎって置いた。  ついでに端っこにプチトマトを乗せた。彩りも栄養も良いと思う。  だが玲望には笑われてしまった。 「盛っただけじゃん。味、ついてないだろ」 「……あっ」  言われてやっと思い当たった。普段、家でサラダを食べるときは、ボトルに入っている市販のドレッシングをどばどばかけて食べるので、気付かなかった。  やらかした、という声を出した瑞樹に、玲望は声をあげて笑った。 「相変わらず瑞樹の料理は雑だなぁ」  失礼にも笑ったあと、でも「わかった、なんかドレッシング作るわ」と立ち上がって、台所へ行ってくれた。  玲望の家にはドレッシングというものがないのだ。「すぐできるし」と、醬油やみりん、あと油となんだかを混ぜて、パパッと自分でブレンドしてしまう。それは市販のものよりずっと美味しいのであった。  今日もそのとおり、ものの三分ほどで小さな深皿に入れたドレッシングがやってきた。  今日は洋風にマヨネーズがメインのようだ。シーザードレッシングに似ている、と瑞樹は思った。  それでサラダもやっと完成形になり、食事も進んでいった。  ほかには瑞樹の母が、家の普通の夕食に作っていたひじきの煮物を少し分けてもらってきたものと、あとは冷蔵庫にあった煮卵のパックを頂戴してきたりしたものが並んでいた。  玲望は遠慮なくそれらに箸を伸ばしてどんどん平らげていった。 「しかし、誰かの作ってくれたメシってのはいいもんだ」  玲望はあれこれ言ってきた割には、嬉しそうにもりもり食べてくれる。その中でそう言った。 「そっか! そりゃ良かった」  瑞樹は最初、それを言葉通りに受け取った。  けれど、数秒してはっとする。  『誰かの作ってくれたメシ』。  玲望は滅多に、食べられないのである。  瑞樹がお邪魔するときも、ご飯は大抵玲望が作ってくれる。こんな、奇妙な点やミスだらけの自分のご飯ですら、玲望は普段、食べることがないのだ。  だからきっと、わざわざ口に出して言ってくれるほど、喜んでくれた……。  その事実は瑞樹の胸をちょっと痛ませた。  前には『毎食、独りでご飯を食べる』玲望に胸が痛んだことがあった。それと同じたぐいのことである。  玲望が一緒にご飯を食べられるような相手が、居たらいいのに、と思う。  そしてその相手が自分であったらいいのに、とも思う。  いつかはそうなりたいと、思うけど。とりあえずすぐには叶わない。  もどかしい、と思ってしまいながら、瑞樹は野菜炒めの最後のひとくちを摘まんだ。  玲望の作る、切り方も火の通りも、勿論、味付けも完璧な野菜炒めとは程遠いもの。  自作のその野菜炒めはやっぱりちょっと甘辛い味が強くて、瑞樹の心にじわりと染みた気がしたのだった。

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