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もちもちアイスと思い付き

「へー、気が利くじゃん」  ぺりぺりとアイスの蓋を開けつつ、玲望の目はきらきらしている。瑞樹が「バイトお疲れさん」と差し出したアイスである。  「さんきゅー」なんて軽くお礼を言って、玲望はアイスがなんなのかを確かめたあと、蓋を開けはじめたのだ。  昼間、玲望と出くわしたコンビニで買ったもの。の、うちのひとつ。  アイスはコレと、もうひとつ買った。そのもうひとつはとっくに瑞樹が家で食べてしまったけれど。  そりゃあそうだ、アイスを買いに、わざわざ暑い中コンビニへ行ったのだから。すぐに食べたかったに決まっている。  だけどせっかくあそこで会ったのだ。ついでに差し入れにすることを思いついたのである。 「でもなんか悪いな、夕飯までご馳走になったのに」  あんな欠点だらけの料理だったというのに、玲望はご馳走になった、なんて言ってくれる。それが玲望の優しいところ。 「いいや。それに半分は俺が食うし」  瑞樹はそれを流して言った。  そう、このアイスは二人でシェアして食べられるもの。丸い餅のようなものが、ふたつ入っているのだ。  ぎゅうひでバニラアイスをくるんだもの。もちもちとした食感が美味しくて、玲望はこれが好きなのだ。贅沢をしないので、自分ではめったに買わないけれど。 「え、そうなのか。てっきり俺が全部食っていいのかと」  なのに、玲望は付属のピックをひとつに刺しつつしれっと言った。瑞樹はそれに慌てる。 「おい!? 図々しいな!?」  しかし玲望はまた笑ってくる。さっき、ドレッシングのとき笑ってきたのとまったく同じ笑い方だった。 「冗談に決まってんだろ」  からかわれた。  瑞樹は理解して、憮然とした。まったく、せっかく買ってきてやったというのにからかうなど。  でも、すぐに「まぁいいか」なんて思ってしまった。  普段ツンとしがちな玲望が、冗談を言うほど上機嫌なのだ。それは瑞樹が夕食を作ってきたことも、アイスを差し入れたことも、嬉しく思ってくれたからに決まっていて。  そんな様子を見せてくれるなら、機嫌を悪くすることではない。むしろ逆であるともいえる。 「ん! 美味い。夏に食っても美味いな」  はむっと噛みついて、玲望は顔をほころばせた。今度は『美味しいものを食べた幸せ』というのが全開の笑顔。無邪気ともいえるものだ。 「アイスだからな」  瑞樹もそれにほっとしつつ、もうひとつのピックを取って、刺した。落とさないよう気を付けつつ持ち上げる。  玲望が『夏に食っても』と言った通り、このアイスは何故か冬に人気があるらしい。テレビなんかのCMも冬のほうが多いのだ。  まぁ、白くてもちもちしていて餅のようだし、白い粉が上にかかっているので、雪のように見えるからだろう。  噛めばもちっとした表面の心地良い嚙み心地が伝わってきて、瑞樹の顔もほころばせた。  その中にはひんやりした、甘いアイスがくるまれている。二人とも食べるのに夢中になって、数秒その場は無言であった。  けれど小さいのだ。すぐになくなってしまって、「ごちそうさま」となった。  ちょっと物足りない気がしなくもないけれど、夕食で腹は膨れているのだ。デザートにはちょうどいい。 「ふー、今日は瑞樹にご馳走になっちまったな」  玲望も満足してくれたようだ。行儀悪く、ころんと畳に転がった。今度はクーラーの真下ではないので、良いことにしておいて瑞樹は単に返しをした。 「バザーのときは、俺こそ世話になったじゃん」  そうだ、バザー。玲望が一緒に焼き菓子を作ってくれて、ブースで売るのも手伝ってくれた、バザー。  まだあれから二週間も経っていないだろうに、それから色々ありすぎて、もうずっと前のことのように感じてしまった。 「それはファミレスで奢ってもらったから、チャラだっての」  そこからバザーで楽しかったことだの、そのレポートを書いてまとめただの、そういう話になった。  けれどあのときのことを思い出したことで、瑞樹の中に夕食のときに感じた気持ちが戻ってきてしまった。  すなわち、今、独り暮らしの玲望のことである。  幼い女の子に「妹を思い出した」と優しくしてやっていた玲望。  瑞樹の下手くそな料理を「ひとが作ったご飯が美味しい」と喜んでくれた玲望。  そういうところが好きなのであるけれど、そんな、瑞樹が普通に持っているようなものを持っていないということ。  それがちょっと、引っかかるし、何故か自分のほうが寂しく思ってしまう、と瑞樹は玲望と何気ない話をしつつ、思った。 「そっかー、やっぱ夏は海水浴だよな。海なんてもう何年も行ってねー」  ごろん、と仰向けになって玲望は天井を見た。天井ではなく、そこに海があるというような視線で。なんだか懐かし気な視線。  瑞樹が合宿の話をしていて、小学生と海で遊んだという話をしたからだ。  別に自慢するつもりではなかったし、玲望だってそんなふうには取らなかっただろう。  けれど、自分にあって、玲望にないもの。  それがもうひとつ、膨らんでしまった。 「……じゃあ、行ってみるか?」  口に出してから、自分で驚いた。  行ってみる、なんて。  勿論、どこに行ってみるかなど言うまでもない。だが、それだけに突飛すぎるだろう。  玲望は顔をこちらに向けたけれど、きょとんとしていた。 「どこに」  当たり前の疑問を口に出される。  しかし玲望の表情を見て、瑞樹はむしろ心を決めた。  思いつき、というか、衝動で言ってしまったことではあった。  でも悪くはないと思う。それに行けなくはない。 「海だよ。見たいんだろ?」  笑って見せたけれど、玲望は数秒、ぽかんとしていた。  そりゃそうだろう、こんな夜も更けて「海に行こう」なんて突飛すぎる。 「そりゃ、そうだけど……今から? 電車ももう終わるってのに?」  玲望は、むくりと起き上がって、座布団の上にどかっと座った。  まだよくわからないという顔の玲望に、瑞樹はもう一度笑う。 「電車なんかなくたって行けるだろ。ほら、夜中になっちまう。行くぞ」  一歩近寄って、ぐいっと腕を掴んだ。  もう心は決まっていた。玲望の腕を引っ張って、立たせて。  目を白黒させる玲望をアパートから連れ出したのは、もう夜もだいぶ更けた時間であった。

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