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突発プチ旅行
「強行軍すぎんだろ!?」
はぁ、はぁ、と荒くなった息交じりで玲望が文句を言う。荒くなっているのは、苦しいからではないだろう。
「いけるいける。二時間もあれば」
ゆっくり足を動かしながら、瑞樹は笑みを浮かべた顔で言ってのけた。
「二時間もチャリ漕ぐことになるなら、先に言えよ!」
それには思いきり噛みつかれてしまったけれど。
そう、二人が乗っているのは自転車。それぞれの。
学校に行くとき使ったり、ちょっとそのへんへ出掛けるときに使う、ごく普通の学生向け自転車である。
お互い持っているそれを引っ張り出して、真夜中に海へ向かってレッツゴー! なんて漕ぎはじめた瑞樹であった。
玲望は大人しく自転車に乗ったものの、半ば流されるような形だったからだろう、しばらくキャンキャン文句を言っていた。
確かにそうだろう。こんな夜中に近い時間に引っ張り出されて、自転車で遠出をさせられようなどと、思ってもみなかったはずだ。
大体、瑞樹本人だって思ってもみなかった。いくら時間が自由になる夏休みだからといって、いきなりこんなこと。
でも行きたいと思ったのだ。
今。
玲望と二人で。
「ほらほら、あんま力いっぱい漕ぐとヘバるぞ。まったり行こうぜ」
普段、街中を漕ぐよりゆっくりめに漕ぎながら瑞樹はアドバイスしたけれど、玲望はまだ不満そう。
「なにがっ! まったりだ! 俺、昼間半日バイトしてきたんだけど!」
各所に力を込めて、文句を主張してくる。
「おお、お疲れさん。でも体力あるから大丈夫だろ」
「勝手に決めんな!」
確かにその点は少々悪かったなと思ったけれど。酷いことだが、出発してから気付いたのだ。
もう少しやり合ったけれど、走りながら言い合いをするのも体力を使う。だんだん言葉少なになっていった。
海に行こう、なんて言ったものの、実は県内に海はない。隣県まで走って、更に海辺まで行かなければ見られない。
それだって、言い方は悪いが上等な光景の海ではない。泳ぐなんてもってのほか、砂浜だって、多分ない。瑞樹の行った、海水浴場のある綺麗な海とは天と地である。
でも『海』に変わりはない。そういうものでもいいから、今、見たいと思ったのである。
若いさかりの男子高校生の漕ぐ自転車だ。それに途中には山なんかの難所もない。ほぼ平地。
だからちょっと時間はかかるだろうけれど、行けると思ってしまったのだ。
そういう、たまに思い付きで行動してしまうのが、瑞樹の行動的であり、ちょっとやんちゃな部分なのであった。
普段は割合、慎重派であるのに。部活の部長なんてしているのだから、当然のように。
でも今は部活をしているのではないから。
やりたい気持ちのままになってもいいだろう、と思う。後付けの言い訳かもしれないけれど。
三十分も経つ頃には、二人とも黙った。シャコシャコ、と自転車を漕ぐ音だけが夜の中に響いている。
別に言い合いから気まずくなったわけではない。さっき自分で言った通り、しゃべるのは体力の消費になるからだ。
なにも言わずに、ただ自転車で走っていくのは夜の中。国道に出たのでひらけていた。
自転車なので車道を走るが、もう夜中に近いのだから、通る車もそう多くはなかった。注意は必要だが、気を張りっぱなしでもない。
シャコシャコ自転車を漕ぐ音。
時折、車が横を走って抜かしていく、ブォン、という音。
音はそれだけ。身を包むのは、街灯だけの薄暗い夜。
玲望はうしろを走っているはずだ。並走はできないので、瑞樹が先に立って走っている形。
うしろからも自分の漕ぐ自転車とは違う音がする。そこから、ちゃんとついてきてくれていることはわかるのだった。
それに、音だけではない。
玲望の持つ空気。それがしっかり伝わってくるのだ。
不思議だ、触れあっているわけでもないのに。話をしているわけでもないのに。
ただ自転車に乗って、海を目指している。
そんな奇妙な状況なのに、瑞樹には確信があった。
玲望と二人で行けば、ちゃんと着けるだろう。
この道を走った先にある海に。夜中になっているだろうから、ただの真っ暗な海だろうが、確かに海という場所に。
そして『着ける』のはなんとなく。
『海』という場所だけではない気がした。
ふと、視線の先になにか明るい場所が見えた。国道沿いにあるコンビニだ。
走り出してそろそろ一時間弱。休憩してもいいだろう。
瑞樹はちょっと振り返った。
玲望も黙々と自転車を漕いでいたけれど、瑞樹が振り返ったのを見て、視線を向けてくれた。目が合う。
瑞樹はその目に、にっと笑って見せて、手を持ち上げて指差した。
「寄ってかね?」
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