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真夜中のコンビニ休憩

「はぁー……久々に瑞樹の無茶に振り回された……」  綺麗な見た目を台無しにするような、脚を大きく開いただらしない座り方でベンチに腰掛けた玲望は、不満を大きなため息にして吐き出してくる。  コンビニで買ったのはペットボトルの飲み物。それからちょっとした食べ物。  レジ横のケースに入っているものの中から「どれか食う? 引っ張り出した詫びに奢る」と玲望にも促した。それで二人で唐揚げやらソーセージやらかじっている休憩だ。 「そうか? でも楽しいだろ」  食べ物でお腹も膨れて、瑞樹はペットボトルを勢いよく煽ってから、ぬけぬけと言った。  だが、玲望はきっと睨みつけてきた。 「楽しいか! 黙々チャリ漕いでるだけで! どこが!」  その主張はもっともである。おまけに玲望は無理やり連れ出された形である。  『自転車で二時間かけて海に行く』なんてことに、同意して出てきたのとは少々違うのだ。それならこういう主張も致し方無い。  けれど瑞樹は知っている。  玲望は本当に気が向かなければ、とっくの昔に帰っているようなヤツだと。  それは瑞樹に付き合ってくれているのではなく、多少は。  ほんの少しかもしれないけれど、玲望自身にも、行き先への興味があるから。  一緒に来てくれているのである。  自転車二時間はやはり、ラクな旅路ではないから、文句は言われて仕方がないが。 「俺は楽しいけどな」  玲望に噛みつかれたけれど、瑞樹が言ったのはそれであった。  本心からだ。こんな夜中……コンビニで見た時計はもう零時に近付いていた……に、玲望と二人で自転車で走ってきたのも。  国道沿いにぽつんとあった、知らないコンビニに入るのも。  そこでペットボトルのお茶や、唐揚げなんて買って、コンビニ前にあるベンチに座って食べるのも。  すべてが楽しい。  瑞樹の言葉に、玲望は黙った。ただ、じっと瑞樹を見てくる。 「でも悪かったな。バイトで疲れてんのに」  急に瑞樹の言葉が殊勝になったからか、玲望は顔をしかめた。  不快という表情ではなく、ちょっと気まずげな顔のしかめ方。 「……今更言うか? こんなとこまで来といて」  それだけ言って、ふいっと視線を逸らした。紙の箱に入っていた唐揚げ、最後の一個をつまようじに刺して、勝手に口に運んだ。もぐもぐと口が動く。  瑞樹はそれを見て、笑みを浮かべてしまった。実に玲望らしい物言いである。 「あー……でも夜中はやっぱ涼しいな。街中から離れたからかもしれないけど」  瑞樹は上を見上げた。当たり前のように、真っ暗な夜空が広がっている。  暮らしている街はとっくに出た。それどころか、いくつか市町を越しただろう。  今、どのあたりにいるのかはぼんやりしかわからないけれど、普段は来ないところ。自転車では絶対に来ないところ。それだけは確かであった。  このあたりは住んでいる街よりちょっと田舎のようだ。道も広々しているし、車も少ない。  それに、空が綺麗に見える気がしたのだ。単にひらけているからかもしれないが。 「……そだな」  もぐもぐ、ごくん、と音がして、玲望が唐揚げを平らげて、そのあと相づちを打ってくれた。  その短い言葉が、瑞樹の「楽しい」と遠回しに肯定してくれるものであったこと。瑞樹にはちゃんと伝わってきた。 「瑞樹」  不意に玲望が呼んできた。瑞樹は何気なく、「なに?」と答えて玲望のほうを見て、あれ、と思った。  なんだか居心地悪げな様子の玲望がそこにいたのだから。 「なんか……あったのか」  その様子の通り。ためらったという口調で、少しだけ途中で切って、玲望は口に出した。  瑞樹はすぐに返事ができなかった。  なにか、あった……。  あったといえばそうだし、ないといえばそうだ。どちらも正しいし、どちらでもない。  だからなんと答えたものか迷ってしまう。  けれど確かなのは、玲望が『瑞樹がなにか、思うところあった』と察してくれたこと。  そっちのほうに満足してしまう。  質問してきているのは玲望のほうだというのに。 「いや? あるような……ないような……」 「なんだ、そりゃ」  瑞樹の曖昧な返事に、玲望は顔をしかめた。今度のものは、多分、呆れの意味。  でもそれ以上、説明できるものか。瑞樹はなんと言おうか迷ったのだけど、その前に玲望が言った。瑞樹の顔を見ないで、だ。 「こんな真夜中に、海行こうなんてチャリ飛ばすようなヤツがなにもなくあるもんか」  言われたことに、瑞樹は一瞬、止まった。思考も、言葉も。  確かにそうだ。  なにもないのに、海に行こうなんて突飛なことを提案した挙句、実行するものか。  ……俺より玲望のほうがわかっているのでは。  瑞樹は一瞬だけ止まった思考のあと、感じてしまった。  自分のこと。自分で思うより、玲望のほうがよくわかっているのではないかと。  そんなはずはない。  自分のことなんて、自分が一番わかっているもので当たり前だ。  ただ、確かに。  自分では認識できない領域。そういうものは確かに存在する。誰の中にも。  では、その、自分の中にある、自分では見えない『それ』はなんなのだろう。  玲望はわかっているのかもしれない。聞こうかと、口を開きかけた瑞樹であったが、それより早く玲望が言った。 「聞かせろよ、着いたら」  それは、玲望の口から言ってくれるものではなかった。  自分で見つけろ、というもの。  聞かれてもちゃんと答えられなかったのに、海にたどり着いたとき。たった一時間や二時間だろうが、それだけでわかるものだろうか。 「ほら! さっさと行くぞ。これじゃ着くのが何時になるかも知れねー」  今度、腕を引っ張られるのは瑞樹のほうだった。玲望はさっさと立ち上がって、ぐいっと引っ張って、瑞樹も立ち上がらせてくる。  ちょっとよろけつつ、瑞樹も引かれるままに立ち上がった。 「……わかった。行こうか」  とりあえず、今の返事はこれだけ。  あとは、走っている間に考えるだけだ。

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