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二人の行き先
後半は前半に比べたらちょっと辛かった。当たり前だ、疲れが出てくる頃なのだから。
そうでなくとも一日過ごしたあとなのだから、元気いっぱいなわけがない。
おまけに玲望はバイトまでしてきたあと。立ちっぱなしのスーパーのレジなんてしてきたのだから、瑞樹よりもっと疲れは多いだろう。
なのに玲望はもう文句を言わなかった。ただ黙々と自転車を漕いでいる。
前半以上に会話はなかった。体力の消費を抑えたい。そういうつもりだが、それだけではなかったかもしれない。
少なくとも瑞樹はそうだった。
玲望に言われたこと。なにかあったのか、ということ。
自転車を漕いでいるのと、あと車や道に気を付けるのと。それしか考えることはないので、余計に思考が巡るのかもしれない。
ことあるごとに思うのは、玲望の境遇や気持ちである。
境遇については自分が同情するものではない。玲望自身が『そういうものだ』と受け入れていることなのだから、いくら恋人と言えども口を出すことではないからだ。
大体、口に出したところでどうするというのか。高校生の身ではなにもできやしない。
大人なら違うのかな、なんて瑞樹は思った。
大人なら「俺のところへ来いよ」なんて、住まわせて、過度の節約なんてしなくてもいいような暮らしを……。
そこまで考えて、瑞樹はその思考が馬鹿馬鹿しいことに気付く。苦笑いが浮かんだ。
そんな、金で解決するような真似。自分は良いと思わないし、玲望だってきっと望まない。
でも。
「俺のところへ来いよ」という発言にこもる気持ちはひとつではない。
『一緒にいたい』という気持ち。
そちらのほうなら瑞樹の中に確かにある。
叶えられないのがもどかしいほどに、ある。
玲望と一緒に居たいと思う。
そう、さっき……思えばまだたった数時間前……一緒に夕食を食べたときも思ったように。
独りでご飯を食べる玲望に、一緒にご飯を食べるひとがいたらいいのにと思ったこと。
そしてそれが、自分であったらどんなにいいかと思うこと。
玲望の気持ちは聞いたことがない。でもちっともわからないわけじゃない。
瑞樹の下手くそな料理に笑いつつも、おいしそうに食べてくれたのだし、それに言ってくれた。
『誰かの作ってくれたメシってのはいいもんだ』。
その言葉の中にあった気持ち。単純な言葉だけのことではないに決まっている。
玲望からも望んでくれる気持ち、僅かかもしれないけれど、あってくれる。瑞樹にはそう感じられた。
そりゃあ、重さや内容がどの程度かなんてことは、ひとによって違うだろう。重みがまったく同じなんてことはあり得ない。
でも。
同じ種類の気持ちがあれば、あるいは。
「おい、瑞樹。これ、どっちだ」
いつの間にか玲望のほうが先になっていた。自転車を漕ぐ速度をゆっくりにして振り返ってくる。
道がわからなくなったのだろう。見れば、走っていた国道はだいぶ細くなってきていて、大きな岐路があった。
「ああ……ちょい待って。地図、見るわ」
言って、瑞樹は自転車を道の端に寄るように進んで、止めた。
玲望もちょっと先に行ったものの、止まる。するすると自転車を引いて瑞樹のほうへやってきた。
「えーと……多分あとちょっとなんだよな。海側のほうに向かう道だから……あれ、北ってどっちだ」
瑞樹が取り出したスマホ。表示された地図。
GPSはちゃんと働いているようで現在地がぴこぴこ光っていたけれど、咄嗟にわからなかった。
玲望はそれに笑ってくる。おかしい、という声音と声で。
「なんだ、地図も読めないのかよ」
「そういうわけじゃねぇ」
からかわれたも同然だったので、瑞樹は憮然とした。
「ここ見りゃいいだろ、あ、設定わかりづらいじゃん。ちょっと貸せよ、見やすくするわ」
玲望は瑞樹の手元を覗き込んで、地図の表示を見たらしく、ひょいっとスマホを取り上げてしまった。瑞樹はちょっと驚いたものの、されるがままになった。
玲望がわかるなら任せたほうがいい。
玲望は慣れているのか、ひょいひょいとあちこちに触れていって、どうやら設定を変えてくれているらしい。
その様子は何故か、楽しそうですらあった。
さっきまで文句ばっかりだったのに。
体も疲れているだろうに。
どうしたことだろう。
瑞樹が内心、首をひねっている間に玲望はさっさと設定を終えたらしい。瑞樹に向かって差し出してくれた。
「ほい。これでかなりわかりやすくなったと思うぜ。ていうか、そんなら最初から言えよな。真逆に行ってたかもしれないだろ」
「さんきゅ。でもそれほど抜けてねぇわ」
「そっか?」
言い合いになったが、これはただのふざけ合い。ほわりと瑞樹の胸があたたかくなった。
「ほら! 道は右だな。行くぞ。朝になっちまう」
「流石に朝はねぇだろ」
玲望は再び自分の自転車を掴んで、またがった。たっと地面を蹴る。
何故か走り方がさっきより爽快に見えてしまった。
なにも変わらないだろうに。瑞樹はよくわからなくなりつつ、同じように走り出したのだけど、すぐ思った。
道がはっきりしたことで、迷いや不安がなくなったのだろう。それで目的地に向かって駆けていきたくなった……。
「おい、待てよ!」
ふっと微笑んでいた。ペダルをさっきより強めに踏む。
ああ、そうだ。
いつだって俺が引っ張るばかりじゃない。
玲望に引っ張ってもらったり、助けてもらったり。そういうことだって何度もあったし、きっとこれからもある。
速度をやや上げて漕ぎながら、瑞樹は実感した。
そこから導き出されたもの。
瑞樹の中から、形を取って浮き上がってきたもの。
それはつまり、玲望にあげたいと思ったものとは……。
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