21 / 42
第20話
馬車に揺られること数分、おれとナイトはレフィシーナの港町・ギオニーへと降り立った。
「いやー、久々のギオニーだなぁ」
生温い潮風が額を撫で、前髪がさわさわと揺れる。せっかく来たんだし、海の幸でも堪能して行きたい。
「なぁナイト、海も――」
「おい、こっちが先だぞ」
「……もー、わかってるって。終わった後で海行くからな!」
そう、今日ここへ来たのは他でもない、オーケストラを鑑賞するためだ。
ギオニーは楽都としても有名で、音楽学校や楽堂が多く点在している。急遽、二十五歳以下のメンバーで構成された楽団を鑑賞することになったのだ。
主催者に挨拶を済ませホールに入ると、途端に辺りが騒がしくなった。一般客もそこそこ入ってるから、特別席でも簡単に気づかれてしまう。
「ルーゴ様ー!」
「あはは。皆んな目がいいなぁ〜」
「こら、あまり身を乗り出すな」
ヘラヘラと笑いながら手を振っていたら、ナイトに叱られる。人が多い場所ではいつにも増して周りを警戒するナイトだけど、正直誰かが危害を加えてくるとは思えない。
少しくらいリラックスすればと口を開こうとした時だった。
「あ! ナイトぉ〜!」
下から声がしたので覗いてみると、青年が二階席のこちらを見上げて大きく手を振っている。
見覚えのないその顔をじっと見つめていたら、ナイトが身を乗り出して彼と話し始めた。
「エティオ……お前も来てたのか」
「うん。びっくりしたぁ、来るならこの前言ってくれれば良かったのに」
「急遽決まったからな」
親しげな様子からナイトの友達だろうと予想できる。ナイトはおれの専属従者になる前に軍学校へと通っていたので、その時に出会ったのかもしれない。
「友達か? 降りて話してきていいぞ?」
「お前を一人にさせられるか。別にいつでも話せるしいいよ」
「ルーゴ様ぁ、ご挨拶したいのでそちらに行ってもいいですかー?」
「おー、いいぞー!」
二つ返事で頷くと、階段を登ってきた彼が胸に手を当て軽くお辞儀した。
「わぁ、お目にかかれて光栄です。ナイト、ルーゴ様の従者って本当だったんだ……」
「嘘だと思ってたのかよ」
「だぁって普通は信じられないよ、王子様の護衛だなんて」
間近で見て直感した。彼の第二の性は、多分オメガだ。
華奢な体つきとその美しい顔が何よりの証拠。丸く大きな瞳が瞬きをする度、長い睫毛が頬に影を落とす。透けるような肌は彼が男であることを忘れそうな程だ。
「というか、名前くらい名乗ったらどうだ?」
「あ、そうだね。申し遅れました、エティオと申します」
「エティオか。おれはレフィシーナ王国第一王子のジオ・ルーゴだ。よろしくな」
「あはは、知ってますよ」
「ところで……二人は軍学校で知り合ったのか?」
軍の入隊には身体的特徴を憂慮して規定が設けられていて、オメガは一定の条件をクリアする必要がある。ただこの条件がかなり厳しいから、そもそもオメガが入隊を希望することなんて滅多にない。
だから軍学校時代の友達というわけではなさそうだけど、それ以外で知り合える場所なんてあったかな。
「いえ、ナイトとは――っぷ」
「……こいつはまぁ……レイウスさんの知り合いで、それで話すようになっただけだ。というかもう始まるだろ、お前は自分の席に戻れ」
「……えへへ、終わったらまた来るね」
何か言いかけたエティオの口を塞ぎ、言い淀みながら答えるナイト。
普段は嫌というほどズバズバ言うくせに珍しい……というか、何か隠してる気がする。
そんな疑心を胸に抱いたまま、演奏会が始まろうとしていた。
ともだちにシェアしよう!