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第21話

鑑賞後にやって来た海港は驚くほど長閑(のどか)だった。 「はぁ、すっごくよかった……」 うっとりとした表情でさっきの演奏を称賛するエティオが、穏やかな潮風に目を細める。 もう何度目かわからないその言葉に、おれとナイトは静かに顔を見合わせた。 「今ので五回目。ていうか、なんでお前までついてきてるんだよ……」 「いーじゃん! ダメですかルーゴ様?」 「いや、こうやっておれと話してくれる人はあんまりいないからな。おれは嬉しいけど」 「ほらぁ! だから言ったじゃん!」 「……遠慮を知らないただの世間知らずだろ」 呆れたようにため息をつくナイトだけど、どこか嬉しそうに見える。日々おれの護衛で自由が利かないし、こうして友達と話す時間は貴重なんだろう。 「エティオは音楽が好きなんだな」 「はい! 実はバイオリン奏者を目指していて、あの楽団に入りたいんです。時間的にはあと三年くらいしかないんですけど……」 「三年? だって今日の楽団は二十五歳以下で――」 「ルーゴ、エティオはおれ達より三つ年上で、二十一だ」 「えっ! そうだったのか!」 「そうなんです」と笑うその表情はあどけなく、幼さを残している。まさか三つも年上だったなんて。 でも、年上と言うならなおさら、さっきはぐらかされた二人の出会いが気になってきた。 「まぁかなり厳しそうですけどねぇ」 「え……なんでだ?」 「えっと……もうお気づきかと思うんですけど、おれオメガで。どこの楽団にもオメガなんてまぁいないんですよ。そもそも練習に参加しづらいし、演奏中にヒート起こしたりとかも、可能性は0じゃないですし」 空気を重くしない為か、エティオは努めて明るく語った。 そうだ、別に軍だけがオメガに厳しいわけじゃない。オメガに対して制約を課し、ベータやアルファと線引きをして、オメガを初めからいない存在にしようと企てる組織や団体はまだまだ存在する。 「……そうかぁ……。でもさ、今は性能の良い抑制剤とかも増えてるぞ」 「あー、でも値が張るじゃないですか。残念ながらお金ないんですよねぇ……あはは」 「そうなのか? 働いてはいるんだよな?」 「それはまぁ、はい……」 「じゃあ、おれが――」 「おい、もういいだろ」 もっと安く販売できないか交渉してみる、と言おうとした時、ナイトに肩を掴まれ制止された。 「……ナイト?」 「もうそれ以上詮索するなよ」 「え、いや、詮索というか……」 「……エティオ、まだ店辞めてないのか」 「…………うん。でももう平気だよ」 ナイトはおれとエティオの間に入り、エティオの頭をわしゃわしゃと撫でた。 おれに告白してくれたあの日と同じように、優しい手つきだった。 詮索したつもりなんてない。おれはただエティオが少しでも生きやすくなればと思っただけなのに、余計なお世話だったのだろうか。 誰よりも近くで見てきたナイトの背中が、今はなんだか遠く感じて仕方なかった。

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