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第22話 side.K
エティオの柔らかい猫っ毛を撫でてすぐに、数秒前の自分の発言を後悔した。
きっとエティオを想っての言葉を無理やり遮って、詮索だなんて言ってしまった。余りに安直で、思いやりに欠けた言動だ。
それでも、エティオの暮らしを知っているおれは黙って見過ごすことなんて出来なかった。
「……それもそう、だな。悪かったエティオ、立ち入った話をして」
「あっ、いえいえ! 全部平気です!」
謝ったルーゴは、叱られた子どもみたいにわかりやすく落ち込んでいた。
頬を撫でる潮風が冷えてきたので、王宮へ戻るため馬車に乗り込みエティオへと別れを告げる。
馬車が動き出すと、こちらに手を振るエティオの姿はみるみる小さくなっていった。
「ルーゴ、さっきは悪かった」
「…………いいよ。おれもしつこかったしな」
ルーゴはおれを怒るでも責めるでもなく、穏やかな微笑みを見せた。
そしてその帰り道、普段は所構わず饒舌なルーゴが一切口を開かなかった。それどころか、おれと目を合わせようともしない。
王宮に到着してもその態度は変わらなかった。永遠かと思えるような沈黙に耐えきれず、おれは思わず口を開いた。
「なぁ、やっぱり怒ってるのか」
「……怒ってない」
「でも……」
「怒ってないってば、おれが悪かったんだから。オメガに対して職がどうとか、金銭の話とかな。少し考えればわかることだもんな…………まぁでも……ただおれは、エティオが少しでも生きやすくなればって、本当にただそれだけだったから。それをお前に止められたのは哀しかったけど……怒ってないよ、ナイト」
「……!」
なんて真正直で懸命なんだろう。
そうだ、ルーゴは弱者に手を差し伸べる優しさを人一倍持っているのだ。そのひたむきな気持ちをを無下にした自分に嫌気がさし、ただ胸が苦しくなった。
そして何より、ルーゴの清さに自分の汚さを縁取られたような感覚だった。
三年前、エティオと出会った時のことを今でもよく覚えている。
当時、ジオ王軍で最年少だったおれはレイウスさんに指導を受けていた。
「なぁナイト、お前ってもしかしてルーゴ様のこと好きなのか?」
「はぁっ……?!」
軍学校にいた頃は「ルーゴを護るため」に強くなりたいとよく口にしていて、それを知ったレイウスさんが冗談で尋ねてきた。あの時ほど心臓が跳ねた日はないと思う。上手く躱すことなんてできず、おれはまともに反応してしまった。
バレたところまではまぁ良いとして、問題はそこからだった。レイウスさんはおれをガナディアへと誘い出したのだ。
ガナディアは、レフィシーナで唯一の歓楽と欲望の街。もちろん未成年は入ることさえ禁じられてるが、酒と一緒でお飾りの制約など誰も守っていなかった。
「軍に入るとよぉ、男ばっかだろ? たまにはおっぱいも拝みてぇわけよ。ってことで、いざ行かん! ガナディア!」
その時おれは確かに抵抗したはずだけど、十五歳という若さが判断力を鈍らせていた。それに、軍に入ってからはルーゴと話す時間も減り、ただひたすら欲だけが溜まる一方だ。
「でも、おれは……」
「大丈夫、皆んな行ってるさ。おれも初めて行ったのはお前くらいの歳だし。それによ……辛いだろ、ただ想い続けるってのも」
その提案は、レイウスさんなりの優しさだった。
コップに水を注ぎ続けることができないみたいに、いつかこの欲望も爆発する時が来る。その前にどこかで発散しなければという危機感を覚え、おれはレイウスさんに連れられたのだった。
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