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第27話 side.K
「いやー、ちょっと買いすぎたかなぁ」
酒屋で大量の酒を買い込んで、満足そうに笑うエティオ。普段は倹約家の彼だが、今日はおれが従者に選ばれた祝い酒だと意気込んでいる。
「おれは止めたからな」
「まぁいっか、二週間分だからさ!」
「ったく……」
エティオの小さい歩幅に合わせてゆっくり歩き、やっと彼の家が見えたその時だった。
玄関の扉の前に人影がある。こちらに気づいたのか、徐に動き出した。
「エティオぉ……誰だよその男…………」
「――!」
ふらふらと怪しい足取りで向かってくるのは、大柄で小汚い男だった。エティオと同い年くらいに見えるが、知り合いだろうか。
「……お客さん。前にも言ったよね、お店の外では会わないよって。いい加減にしないと出禁になっちゃうよ」
「ふ、ははは……」
エティオの言葉で察しがついた。不気味に笑うこの男は、恐らくエティオについた客だろう。
ただの客に家まで知られているなんておかしいし、何より薄気味悪い。
「……おれァ知ってんだ、お前が奏者目指してるってことを。その薄汚いバイオリンで毎日毎日練習してんだよなぁ……?」
「…………」
「なぁエティオ、オメガの癖にそんな崇高な夢を見てんじゃねぇよ……! お前はこのガナディアで、一生男どもに搾り取られて死ぬんだよ! でもそんなの嫌だろう?! なぁ、今すぐおれと暮らそう……! そうすればきっと幸せになれる……!!」
「ちょ、やめ……っ!」
男はエティオの手首に掴みかかり、無理やり連れて行こうと引っ張った。
抱えていたバイオリンケースとバスケットの中の酒が地面に落ち、その音が辺りに響く。
すぐさま男の脇腹を蹴りあげると、頼りなく足元をふらつかせた。その隙に押し倒し、馬乗りになって身体を拘束する。そして、忍ばせていたフルーツナイフを取り出し首筋にあてがった。
「――それ以上おれの友達を侮辱するな」
「…………!」
「オメガだろうが薄汚いバイオリンだろうが関係ない。目指してはいけない夢なんて、あるわけないのだから」
「…………」
「アンタもただつけ回してないで、素直に好きだと伝えてみたらどうなんだ?」
身体の抵抗が弱くなったので、腰を上げて拘束を緩める。
男は虚ろな目でゆっくりと立ち上がり、エティオを見つめ――。
「……また店で」
たった一言そう言うと、背中を丸め街の喧騒の中へ消えていった。
男が去った途端に辺りは沈黙に包まれる。エティオは割れたワインボトルの破片を拾い始めて、どこか自嘲気味に笑った。
「ははっ……あーあ、このワイン楽しみにしてたのになぁ……。もーほんと最悪、あの人何回言っても聞かないんだよ? 客としてやったくらいで彼氏面すんなって感じだよね。ていうかそもそもおれのタイプじゃないし……」
「っもういい、喋るな……」
こんな時でも明るく振舞おうとする彼に、おれは胸が締め付けられる思いだった。
聞くと、彼は一か月前に客として店に来た男だが、ここ数日の間に帰り道でつけられていたらしい。華奢なエティオが体格差のある男に腕力で適うはずがない。
おれは休暇の最終日、王宮に戻る日までエティオを説得していた。
「……なぁ、やっぱり今の店辞めて酒場だけに絞ったらどうだ?」
「もー、ほんとに大丈夫だって。お店にも相談してあるし、いざとなれば護ってくれるから。ほら、もう戻りなよ!」
きっと不安な気持ちもあるだろうに、エティオはいつもおれの前では大人でいようとした。
そんな彼の人柄や生活を知っているから、おれはルーゴの問いかけを黙って見ていられなかった。いくらあっけらかんとしているエティオでも、一国の王子の前で男娼だとは言いにくいだろう。
住む世界が違うから、様々なことが難しくなる。
それが結果的にルーゴを傷つけることになってしまったのは、完全におれの失態だった。
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