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第29話
ナイトは一瞬虚を衝かれたような顔をしたけど、すぐいつもの様子に戻る。
「……それ、どういう意味だ?」
「どういうって、そのまんまだけど……」
「……この前言った通り、おれはお前が好きだ。それは今も変わらないし、これからもずっとそうだと思う」
切れ長の瞳で真っ直ぐに見つめられ、また心拍数が上がる。目の前の男がどうして照れずにいられるのか、不思議でしょうがない。
「っじゃあなんでわざわざエティオのところに行くんだよ。そりゃまぁ、王宮だと休んだ気しないだろうけどさ……二週間も泊まることないだろ」
「……あのなぁ、お前自分が何言ってるのかわかってるのか?」
「え、なに?」
言葉の意味が掴めず疑問符を浮かべると、ナイトは表情を変えずに口を開いた。
「おれにはまるで嫉妬してるように見えるんだが」
「しっ……嫉妬?!」
「ん、違うか?」
ギョッとして思わず叫んだおれにナイトは淡々と尋ねてくる。
ただ、驚きと同時に、蟠り がとけたような心地になった。
……そうか、これが嫉妬なのか。誰かに嫉妬するなんて初めてだけど、この言葉が腑に落ちてしまう。
おれはエティオに嫉妬したんだ。
「……違わない。おれ、ナイトがおれ以外の誰かを護るの、耐えられねぇ……」
「…………ふ、ははっ。耐えられないって、そんなにか」
ナイトにもおれの知らない顔があるなんて当たり前なのに、それなのになぜか気に食わない。護るのはおれだけにして欲しい。そして……離れないでいて欲しい。
感情に名前がついた途端、溢れるように欲が浮かんでくる。おれってこんなに我儘だったかな。
「……笑うなよ。こっちは本気で悩んだんだからさ……」
「――ルーゴ」
「えっ……」
恥ずかしくて目を合わせられずにいたら、頬に手を添えられる。それに反応して顔を上げると、目の前にナイトの顔があった。
「ちょっ……?! なに――」
頭に血が上るような感覚になっていると、突然部屋にノックの音が響いた。
「兄さーん、入っていいー?」
「!!」
その声の主は弟のフーゴだった。今日は病床に伏せている母さんのところへ、見舞いに行ったはずだ。
ナイトの手のひらは静かに離れていく。
「お、おー! いいぞー!」
「失礼しまーす。母さんから伝言預かってきたよ」
「うん、何だって?」
「婚約はいくら何でも早すぎるって言ってた。父さんに急かされても焦らないで、自分の心に従いなさいって。それだけ!」
そう言って、フーゴは扉を閉めた。
母さんの言葉に、おれは胸を撫で下ろした。ナイトのことに気を取られていたけど、実は婚約者探しもずっと頭の片隅にあったのだ。
「母さんがそう言うなら急がなくていいっぽいよな? はぁー、よかった」
「……」
「ナイト? どした?」
「あ、いや……」
ナイトは何かを思案してる様子だった。その横顔を見て、さっきから心に引っかかっていたことをそっと打ち明けてみる。
「…………あのさ、話戻すけど……。嫉妬したってことはさ、おれ、ナイトのこと――」
「――違うだろ」
その二文字が喉まで出たというのに、ナイトの低い声によって妨げられる。まるでおれの言葉を拒んでるような言い方だった。
「え、違うって……」
「友達にも嫉妬はするものだ。それに、従者になって一年経つが、二週間も離れたことがなかっただろ? 寂しかったせいで変な思い違いをしてるんだ、きっと」
「……思い違い?」
「そうだ。じゃあ、おれはもう休む。明日早いんだからお前も早く寝ろよ」
「え、ちょ、おいっ……!」
結局一度も目を合わせないまま、さっさと部屋を立ち去るナイト。
残されたおれはただ一人、彼の言葉を繰り返していた。
「思い違いって、これが……?」
この胸の痛みが偽物だなんて、にわかには信じ難かったから。
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