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第31話
対話という名のお茶会は和やかに進んでいた。もうすぐ日も暮れるというのに、父さんとヤナ国王は上機嫌でティーカップからワイングラスに持ち替える始末。
おれとユノは、そんな二人の様子を遠目に眺めていた。
「ほんっと仲良しだなぁ、父さん達……」
「あはは、そうだね。ところでルーゴ、君の従者ってあそこの彼?」
そう言うとユノは壁際を一瞥して目を細めた。その視線の先には、休めの姿勢をとって待機するナイトがいる。
「ん? ナイトのこと?」
「へぇ、ナイトっていうんだ。なんか凄く強そうだね、ひと目でそう感じたよ」
品定めをするような顔つきで、含み笑いを見せるユノ。きっとナイトの面構えを見てそう思ったんだろう。
おれはなんだか誇らしくて、自然と頬が緩んだ。
「あぁ、ナイトは強いぞ。従者になる為に軍で厳しい訓練を受けたからな。幼なじみでさ、おれのことならなんでもお見通しなんだよ」
「……ルーゴ、もしかして彼のこと好きなの?」
「……えっ?! なんで?!」
「あれ、違った? 凄く愛おしそうな目で見つめてたからそうなのかと」
突然のユノの言葉に驚き、心臓がバクバクと高鳴り出す。
愛おしそうな目なんてしてただろうかと、思わず額を手のひらで覆った。
「そ、そんな顔してた……?」
「してたさ。で、どうなの? 好きなの?」
「どうって、えぇっと……」
真っ直ぐな瞳で単刀直入に訊かれるも、答えに詰まる。
ナイトのことが好きなのかどうかは、おれ自身正直まだわからない。この前ナイトと話した時になにか確信めいたものを感じたけど、本人に否定されてしまった。
自分の気持ちさえ曖昧だなんて、ほんと呆れるよなぁ……。
「……ナイトがおれ以外の誰かを護るのは、やだなって思うよ。嫉妬はする」
「じゃあそれは好きってこと?」
「わかんない。友達にも嫉妬はするだろって言われて納得した自分もいてさ。……ていうか、よく考えたら好きだからってどうこうなれるわけじゃないよな。王子と従者だし、そもそもおれベータだし……」
そうだ。好きと気づいたところで何もできやしない。まだ先の話かもしれないけど、おれはいずれこの国を背負う男なんだ。
結婚して子孫を残して、父さんのような偉大な国王にならなきゃいけない。そして、レフィシーナ王国の国民全員が幸せに暮らせるように、できる限りの力を尽くしたい。
……そうだった。もうおれの人生は決まってるじゃないか。恋愛に現を抜かすだなんて、勘違いも甚だしい。
そうして考えを巡らせていたら、途端に身体の熱が引いていく。さっきまでの火照りが嘘のようで、まるで心地よい夢から覚めたような感覚だった。
「ははっ、ルーゴらしくないなぁ」
「……ん? なんて?」
自分の思考が邪魔をしてユノの声を聴き逃してしまう。
ユノは紅茶をひとすすりすると、優しい微笑みを浮かべた。まるで蜂蜜のような、甘い笑みだった。
「抱えるものが大きすぎて、大事なことに気づいてない。こう言ったんだよ」
「え……何だよそれ」
「一つ訊くけどさ、君は健康そうな医者と不健康そうな医者だったら、どちらに診て欲しい?」
「はぁ? そりゃ健康そうな医者だろ」
自分の健康管理もなってない奴が、人の病気を治せるだなんて思えない。
何言ってんだよと付け加えて言いたくなったけど、ユノはおれよりずっと賢いし何か考えがあるみたいなので、ぐっと堪えた。
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