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第33話
「え……」
瞠目したナイトを見て、あまりにも突然過ぎたかと思ったけど、もう口にしたのだから続けるしかない。
好きだと言われたあの日から、まだ一ヶ月も経ってない。
それなのに、やたらと彼の仕草や癖が目に入るようになった。その度におれがたまらなく愛しくなっていたなんて、知りもしないんだろうな。
「……夜空みたいな髪色」
「……?」
「切れ長の目。長い手足に大きい手のひら。滅多に笑わない癖に、笑顔が可愛いところ。努力家なところ。口うるさいけど優しいところ。頼もしいところ。宥めるみたいにおれの頭を撫でてくるところ。おれを信じてくれるところ」
ナイトの手のひらを、より一層強く握り締める。少し困惑した表情の彼に、この気持ちが伝わるように。
「全部好きなんだって、今さら気づいた」
ナイトのことを一番理解しているのはおれじゃなきゃ許せない。
こんな子どもみたいな独占欲から気づくなんて情けないけど、芽吹いたばかりの素直な気持ちだった。
そっとナイトの様子を見ると、おれから目を逸らすように俯いて、唇を噛み締めていた。
またこの場から逃げるつもりかと焦ったけど、彼は硬直したように動かない。
「…………」
そうしてまた、おれ達は重く長い沈黙に包まれた。永遠かと思えるようなその静けさと気まずさに耐えきれず、おれは口を開いた。
「な、なんとか言えよ……」
「…………駄目だろ」
「え?」
「おれを好きになるなんて、絶対……っ」
そう声を震わせて何か思い詰めた表情をしたと思ったら、手のひらを痛いほど強く握られる。
その様子から、ナイトはきっと王子と従者という身分の差を気にしているのだと察したけど、おれには最早取るに足らない問題だった。
「いやまぁ、おれもそう思ったんだけどさ。ユノと話してたらどうでもよくなったっていうか」
「どうでもいいって、そんなわけ――」
「あーもう、とにかくどうでもいいの! おれはおれのやりたいようにやるって決めたからな!」
自分で言っておきながら、こういう思考に至った経緯を説明しないと、とんでもなく身勝手な発言に聞こえるなと思った。
それでも自分の欲に忠実に生きると決めたからには、頑固で慎重すぎる目の前の男にありったけの想いを伝えなければ。
「そういうことだからさ。……お前が何考えてんのか知らないけど、もう離れて行こうとすんな。そんで避けるのも禁止な」
「…………別に、離れていこうとはしてない」
未だ眉間に皺を寄せたまま、迷惑だと言わんばかりの表情で呟くナイトに、いよいよ我慢がきかなくなってきた。
「じゃあなんでそんな顔してんの? ていうか、お前もおれのこと好きならもっと喜べよ!」
しまった。つい本音が溢れてしまった。思案する前に口から出たその言葉が妙に恥ずかしくて、「いや、まぁ、喜べというか……」などと口ごもっていると、ナイトがおもむろに口を開いた。
「…………ニーニャ様に、合わせる顔がない」
「……え? 母さん?」
「……あぁ」
思いがけない名前が浮上した。気がかりなことがあるとしても、国王である父さんを差し置いて、なぜ母さんなのだろうという疑問が浮かぶ。
「ちょっと話してもいいか?」
「あ、うん。もちろん」
ナイトに手を引かれて、窓際の椅子に座らせられる。ナイトはおれの手を握ったまま膝をつき、こちらを真っ直ぐ見上げた。
目の前に跪いた彼の瞳は、窓からの夕陽を受けて鋭く煌めいた。
その色も相まってか、まるで青い炎のようで思わず見惚れてしまうところだったけど、ナイトの声で我に返った。
「おれの……名前の話だ」
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