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第36話 side.K
昨夜はあまり眠れなかった。王軍の訓練を受けた者は常人の何倍も強かで、ちょっとやそっとのことには屈しない精神力がある、なんて言われているが、おれの心はこんなにも脆い。
ルーゴが引っ張りあげてくれたお陰で決心がついたものの、やはり当日にもなると気が張るのも無理はない。
「よし、行こう」
「……あぁ」
当の本人は今から自分がしようとしていることの深刻さに気づいていないのか、いつもと変わらぬ調子だ。
それどころか、おれの緊張に気づき「大丈夫だって」と笑うと、背中をやたら強く叩いてきた。
その痛みのおかげか肩の力が抜けた気がするが、彼には言わないでおこうと静かに口を噤んだ。
*
「る、ルーゴ様……! えっと、本日は……」
おれ達の顔を認識したのか、門番の顔に焦りの色が滲んでいく。
「悪い、急遽決まったんだ。母さんに会いたくてさ。ここ開けてくれるか?」
「はっはい! もちろんでございます!」
突然の王子の訪問に慌てる門番へ申し訳ないと思いながら、扉を開けてくれたので中へと入る。
するとそこには、こちらに気づき驚くニーニャ様の姿があった。
「母さん! 来たよ!」
「……! まぁ、ルーゴにナイトじゃないの……!」
ニーニャ様は数ヶ月前から、イルローザ山のふもとにあるこの小さな家で、侍女と二人で生活している。突発性の難聴らしく、静かな環境で治療に専念するのが望ましいという医者の助言から、王妃としての公務を制限しつつ王宮から離れて暮らしているのだ。
おれも何度かルーゴと来たことがあるが、今日の目的はただのお見舞いではない。
侍女はおれ達にお茶を出すと、気を遣って静かに家から退出してくれた。
「なあに、二人して突然。来るなら一報くらい入れるものよ? ルーゴ」
急な訪問に小言こそ言うものの、その表情や声音は驚くほど穏やかで優しい。
「ほら、だからお報せはしようとあれほど……」
「あーあーごめんごめん! もー、ほんと母さんとナイトってこういうところ似てるよな〜」
「ふふ、だって私の息子だものね。ね? ナイト」
「……」
こんなおれのことを、息子だと言ってくれるのだ。
今から告げるこの気持ちは、どれだけ罪深いものなのだろう。いくら後悔しようとも、一度伝えてしまえばもう後戻りはできない。
気づけばおれは、膝の上につくった拳をより一層強く握りしめていた。
「ごめんってば、母さん。でもどうしても今すぐ伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
「うん。……あのさ、おれ達さ――」
「待て、ルーゴ」
そう発したと同時に、ルーゴの握り拳に自分の手のひらを包むようにして重ねる。
心臓がドクッと動いたけど、頭は至って冷静だった。
「……おれに言わせて欲しい」
「……! うん、わかった。ナイトが伝えてくれ」
そう言って微笑んだルーゴが、拳を崩して指を絡めてくる。ぎゅっと握られたその手のひらから、また目に見えない何かが伝わった気がした。
静かに息を吸い込み、ニーニャ様の瞳を真っ直ぐに見つめる。
嘘偽りではない。だから、絶対に逸らさない。
「……ニーニャ様。おれは、ルーゴのことを愛しています」
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