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第38話 side.K

ルーゴの怪訝そうな顔を見て、ニーニャ様は「そうよ」と呟く。 「さっきの言葉はね、クーゴさんが言いそうなことを考えたの」 「え……父さん?」 「ええ。ほら、あの人って堅物なところがあるじゃない? だから認めさせるのは難しいかもしれないけど、きちんと準備して伝えればきっと納得してくれるわ。とりあえずさっきの質問には答えられるようにしておきなさい」 「あ……そっか、そういうことか……!」 おれは内ポケットから手帳を取り出し、さっきニーニャ様から訊かれたことを要点だけ書き込んだ。 まさかクーゴ様に伝えることまで見据えてくれていたなんて。静かに胸を撫で下ろしながら、おれは彼女に疑問を投げかけた。 「あの、それは……お赦し頂けるということでしょうか?」 「えぇ、もちろん。赦すも何も、あなた達の人生だもの。好きに生きなさい」 「……!」 ニーニャ様は淡々と述べたけど、おれにとってはとても大きな意味を持つ言葉だった。 おれ、好きに生きていいんだ。 張り詰めていた糸が切れたような感覚を覚え、安堵から思わず泣きそうになった。 「……っ、ありがとうございます」 「ふふ。……実はね、あなたの気持ち知ってたの」 「え……」 「子どもって素直だから見ていたらわかるものなのよ。ルーゴと話す時の瞳がね、好きだって言っていたから。それがいつからかしら……気持ちを押し殺すみたいに隠すようになったのは」 「…………」 それはきっと、軍学校に入学した十歳くらいのことだと思う。従者を目指すにあたり足枷になるこの感情を、どうにかして手放そうとした頃でもあった。 捨てないでいて良かったと、今はそう心から思える。 「ナイト。あなたがあなたの心に従ってくれて、私は嬉しい。本当にありがとう」 「……っそんな……お礼を言うのはおれの方です……。ニーニャ様は名前も家族もなかったおれに、居場所を与えてくれました。このご恩は一生をかけて、必ずお返し致します」 「いいのよ、そんなの……」 そう言ったニーニャ様は涙ぐんでいるように見えたが、すぐにいつもの調子で微笑んだのでおれもつられて笑ってしまった。 すると、珍しくずっと黙っていた隣の男が不満げな声をあげる。 「……っていうかさー、ナイトの気持ち知ってたならおれに言ってくれればいいのに」 口をへの字にして言ったその言葉に、おれとニーニャ様は顔を合わせ二人でため息をついた。 「そんな無神経なことできるわけないでしょう、あなたじゃあるまいし」 「はぁー? おれのどこが無神経なんだよ」 「いや、お前は本当にそういうところあるぞ……」 「な、なんだよナイトまで」 「ルーゴ、あなた気をつけなさいよ? ナイトが愛想つかして逃げていかないようにね?」 畳み掛けるように言われると、ルーゴは引きつった笑顔で「逃げたりしないよな?」とおれに訊ねてきた。 もちろん、おれがルーゴに愛想を尽かすだなんて天と地がひっくり返るくらい有り得ないことだが、困っているその様子がおかしくて否定しないでおく。 何も言わないままじっと彼を見つめると、その顔は一瞬で焦りの色に染まった。 「〜〜っ、あーもう! なんだよ二人して!」 その叫びが響いた後、辺りはすぐにおれ達の笑い声で包まれていく。 どこか夢を見ているような心地を覚えながら、生きてきた人生の中で最も幸せな日だ、などと浮ついたことを考えていた。

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