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第6話①
「それでそれで、初プレイはどうだった!?」
メロンソーダとコーラが混じった液体(なぜ混ぜたのかはわからない)をかき混ぜながら、かなり真剣な表情で谷津が聞いてきたのは、ファミレスでのことである。
「…いきなり攻めるね。」
「だってこの年でglareが効いた相手とプレイしたのが初とか!めっちゃ気になるじゃん!!気になりすぎて昨日プレイ中そわそわしちゃって彼女にお仕置きされちゃったぐらい気になってんの!!」
…彼女さんごめんなさい。
けれど正直由良さんと別れたあとタイミングを見計らったように谷津から連絡が来て助かった。
未だに昨夜のプレイが脳にまとわりついて離れない。熱を孕んでいるはずなのに冷たく響いた由良さんの声も、ぞっとするようなglareも、プレイのあとの優しさも、全部。
だから思い返しては心臓が煩く鳴るのだが、目の前に自分よりも動揺している谷津がいると、幾分か冷静でいられる。
「…すごくよかった。glareってすごい…」
「そう言う割にお前冷静だな。好きな相手との初プレイとか、俺だったら思い出して火を吹きそうになりながらも思い出さずにはいられずに1日再起不能になるんだけど!!」
「今の状況を代弁してくれてありがとう。」
相変わらず谷津と俺の思考回路は似ているらしい。俺の場合は顔に出にくいだけで。
「…見えねー…。」
「谷津がいるからまだ冷静になれてる。」
「え、まじ??俺が心の支え的な??めっちゃ感謝して!」
「さんきゅ。」
“お待たせいたしました。きのこの和風ハンバーグセットと、生姜焼き定食大盛りになります。”
タイミングよく店員さんが食事を運んできてくれて、谷津はいつもどおりハムスターみたいにほっぺを膨らませながら大盛りのご飯を頬張り始めた。
「そういえばさ、明後日の四限の時間、学祭の衣装の採寸するってよ。」
そして唐突に新情報を盛り込んでくる流れもテンプレである。
「衣装って、スーツじゃなくて?」
出し物はたしか執事喫茶だったはず。入学式に着て行ったスーツじゃダメなのか?それ。
「本格的にやりたいんだってさ。裁縫サークルに入ってる女子3人組がめっちゃ燃えてた。絶対お前のこと連れて来いって言われてるし、明後日開けとけよー!」
「…逃げたら?」
恐る恐る聞いてみる。
「絶交」
「…行く…。」
「よし。
それで昨日はどんなプレイしたんだよ、お前が認めたDomだなんて、気になる。」
「ちょ、声大きい!!」
よし、の次にあたかも自然な流れのようにプレイについて聞かれて、慌てて谷津の口を塞いだ。
昼間のファミレスでプレイ事情を話すなどとんでもない。
「えー、めっちゃ聞きたいのに…。
あ、じゃあ俺のとこくる?」
いやまず話すって言ってないし。
…でも待て。他の人たちがどんなことしてるか聞くのもそれはそれで有意義なような。
それに1つ、谷津に相談したいこともある。
「彼女さんは?」
「夜まで仕事ー」
「…相談に乗ってくれたり、谷津の話も聞けるなら。」
「よっしゃ!先輩としてたっぷり教えてやるとするか!!」
鼻歌が聞こえてきそうなほどうきうきとしている谷津を前に、俺は黙って食事を食べ始めた。
「あ、ちょっと待っててー!」
谷津(とその彼女)の部屋の前までくると、一旦ドアの前で放置された。中からどたばたと聞くからにやばそうな音がするけれど大丈夫だろうか。
「おっけー!」
ドアを開けた谷津は、軽く息を切らしている。
「…もしかしてどこかにいろいろ突っ込んだ?」
「ふっ…、それは聞かない約束だろっ。」
ドヤ顔でクールっぽく言われても困るんですが。
「もしかして彼女さんの洗濯物もその中に突っ込んだりした?」
「… 」
「風呂場にかけて乾燥機つけなって。それで前喧嘩したでしょ?」
「確かに!!ごめんもーちょっとまってて!!」
「待ってるから、ついでに突っ込んだものも元の位置にね。」
なぜ俺がこんなことを言うかというと、以前この家に来た後、彼女に怒られた、と谷津に泣きつかれたからだ。
ちなみに彼女さんは綺麗好きで、谷津は散らかす専門。エントロピーは増大するだろ?とか笑って言っているけれど、おそらく彼女さんの怒りの方も指数関数的に増大してる。
そんなこんなで15分後。
「待たせたなっ…!!はぁっ…、はぁっ…。」
「お邪魔します。」
洗面所で手を洗ってからダイニングの椅子に向かい合わせに座ると、すでに谷津が目をキラキラさせながらスタンバっている。
「昨日は、カフェに行った後… 」
昨日のことを順番に辿り、丁寧に話していく。
話し下手でだらだらと順番にオチのつかない話を続けてしまったが、谷津は顔を真っ赤にして口を塞いだり机の上に置いた拳を握りしめたりしてめちゃくちゃ真剣に俺の話を聞いてくれた。
「うわっ、甘酸っぱ!!やばい俺ブラックコーヒー飲むわ。幹斗は?」
「砂糖もミルクもよろしく…。」
「まじかお前よくそんな甘い話ししながら甘いもの飲めるな!?」
話の内容が甘いとしても舌で感じる甘さとは無関係だ。そして、プレイについて話しているときは昨夜の記憶を辿って話すだけだったのに、反応を返されると恥ずかしい。
顔、熱くなってきた…。
手でパタパタと仰いでみるけれど、それにたいした効果はない。
「それで相談って?」
仰ぐのをやめ、両手で火照った顔を押さえていると、その間にコーヒーを淹れてくれたらしく、俺にそれを渡しながら谷津が聞いてきた。
「…もやもやするんだ…。」
「もやもや…?」
「由良さんのこと、考えるとなんというかその…。
例えば由良さんは俺とプレイしてくれたけど、あんなにかっこいいから彼女とか奥さんがいるかもしれないし、次もしようって言ってくれたけどそもそも俺とパートナーになってくれるかわからないし…
って考えたら、もやもやっていうか、いらいらっていうか、…怒ってるわけじゃないけど… 」
目の前で谷津が目をまん丸に見開いて口を押さえた。そして先ほどプレイの話をした時よりもさらに反応がいい。
「え!?やだそれ恋じゃね!?」
「…?」
鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。この感情の正体が、恋…?
「てゆーか相手に恋するとか当たり前じゃん!恋愛的にも好きだからプレイしてもらったんだろうし、どうせこれからセックスするだろ?」
そのまま続いた谷津の言葉がまるで大砲みたいにガツンと響く。
セックスって、セックス…?
「え、だってパートナーになる時セックスするだろ?」
…そうだった。
もう使うことがないと思って心の棚の1番奥にしまっていた教科書の知識を引き出し、パートナーになる際、結婚する時の結婚式のように、儀式的にセックスを行うということを思い出した。
ちなみにその最中にはglareやcommand を使ってはいけないことになっている。
SubがcommandなしでそのDomと繋がることで、お互いの信頼関係を確かめ、そしてそのあとDomがSubに対してcollar と呼ばれる首輪を渡すことで、パートナーシップが成立するらしい。
それらのことを考えると、プレイ相手に恋をするのは当たり前なのかもしれない。
「お前を家に招いてる時点で他に相手がいる可能性は低いし、そもそもいくらglareが効くからってそんな奴なら願い下げだろ。
とっとと好きって言っちゃえばすぐパートナーになれるかもしれないぜ??」
谷津は続ける。
それは世の中の人が聞けばほとんどの人が首を縦に振るう正論かもしれない。
けれど、俺は考えてしまう。
もし由良さんが俺に情けでプレイしてくれているだけだったら…?
由良さんはゲイじゃなくて、もし恋愛感情を伝えたせいでこの関係が壊れてしまうとしたら…?
…それなら、今のままがいい。
glareが効くだけと谷津は言ったが、俺にとってはそれだけじゃない、人生で初めてのことだったのだ。
「ありがとう。いろいろ考えてみるよ、谷津せ ん ぱ い 。」
おどけて答えてみると、谷津は得意そうに笑った。
「そうだぞ!先輩の言うことだから心して聞くがいい!!
せっかくだから昨夜の俺らのプレイについても教えてやる!今後の参考になっ!」
彼は俺のためを思って色々言ってくれてて、すごくいいやつで頼りになる。
…と、そう思ったのは、ここまでだった。
まず、そのあと谷津が教えてくれた昨夜のプレイが激しすぎてなんと言うか白目を剥きかけた。
さらに後日、行われた執事服の採寸になぜか谷津は来ず(谷津も執事役だったはずだ)、コミュ症を発動した挙句上裸で採寸され女子にキャーキャー騒がれて。
友達とはいえ殺意が湧いたのは、墓まで持っていく秘密である。
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