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第11話②
「姉の親友に、ある日告白されてね。…ああ、姉って言っても、僕は里子だから血は繋がっていないんだけれど。
ゲイだって断ったら、押し倒されて…、そのまま行為を強いられたんだ。」
ごく小さい震え声で、つっかえながら、それでも由良さんはちゃんと俺に話そうとしてくれている。
だから、その告白がどんな内容でも、一言も漏らさずに聞こうと思った。
俺は無言でうなずき、続きを求める。
「…でも、それはよくて。そのあと僕との間に子供ができたって言われて、それから僕はその人のこと避け続けてしまってね。
…その人、出産で亡くなったんだって。親伝いに知ったんだ。」
由良さんの震える手が、苦しいって言っている。涙を押し殺したような声は、とても痛々しい。
衝撃の告白に俺はすぐには言葉が出なかったけれど、代わりに由良さんの手をぎゅっと握った。
…なんて酷い話だ、と思う。体格差を考えれば、確実に抵抗できたはずだ。けれどその状況で動けなかったと言うことは、何か違う原因があったのだろう。
話にちらっとだけ混じっていた、彼が里子だという事実が関係しているのではないだろうか。なんとなくそう思った。
同時に、ゲイなのに子供がいる、という矛盾にも、そういうことだったのかと納得する。
「でも、僕は、…その子供の父親だって言うことを誰にもいえなくて。その子は、この世界で唯一僕と血の繋がった相手なのに。それに、僕がちゃんと拒んでいたら、彼女は死ななくて…。
無責任で最低な行為だと幻滅したでしょう。でも、ここまで聞いてくれて、ありがとうね。」
多分泣いているであろう由良さんの表情を、まともに見ることができなくて、俺は前を向いた。
薄いカーテン越しに、ぼやけた水槽が覗く。
やっぱり聞いておいてよかった、と思う。話を聞いたら、余計に由良さんのことが好きになった。
由良さんは絶対に悪くない。悪いのは完全に相手の方。
けれど彼は、そのことについてずっと自分を責め続けてきた。その子供のことと、…おそらく、自分を強姦した彼女について。
悪くないと、口で否定するのは簡単なこと。でも、そうしたら由良さんの今までの生き方まで否定してしまう気がする。
…ならそれごと、受け止めればいい。
「…由良さんがどれだけ辛い思いをしたのか、俺なんかにはわからないと思います。
でも、自分がされたことを恨まずに、自分に嫌なことをした相手のことすら思い遣る、そう言う優しいところ、好きです。
話してくれてありがとうございます。俺、もっと由良さんのこと、好きになりました。」
一息に言って、深呼吸をしたら、なんだか自分の言ってることが恥ずかしく思えてきた。
…ちょっと格好つけすぎた?
というか俺、何様だ…?
すみません、と謝ろうとしたら、隣からぐいっと引っ張られ、痛いほどに身体が締め付けられた。
「…ありがとう。僕なんかに、君はもったいない。」
ややあって、耳元でそう囁かれた。肩に押し付けられた由良さんの目元から、じっとりと水が滲んでくる。
由良さんの体温が心地いい。こんなふうに抱きしめられて、いつもなら心臓が爆発しそうになるけれど、今はなぜかただ安心した。
ああでも、由良さんに俺がもったいないという言葉は聞き捨てならない。確実に逆だ。俺なんかに由良さんはもったいない。
俺には由良さんしかいないのだと、この堅い忠誠を、どうしたら伝えられるのだろう。
しばらく考えていると、隣のソファから歓声が上がった。不思議に思ってカーテンの隙間から水槽を覗くと、人魚を模したダイビングスーツを着たダイバーが、ライトアップされながら水槽を泳いでいる。
酸素マスクもせず、命綱一本で、この広い水槽の中、彼女は微笑む。
ふと、考えた。もし、限界になっても彼女の命綱が引かれなかったらと。
足の自由を奪われた彼女は、そのまま溺死してしまうかもしれない。もちろんその前に、誰かが助けに来るのはわかっているけれど。
…ああそうか、これなら由良さんに、伝えられるかもしれない。
「…由良さん、俺、ひとつお願いがあります。」
ん?と優しく答えた由良さんは、もういつも通りの様子だ。
「なんでも言って。」
愛おしそうに微笑む、少し潤んだその瞳は、いつもよりずっと優しい。
「マリンホテルで、水槽の中に入りたい。」
「…幹斗君、それ、意味わかって言ってる?」
優しい表情から一転、由良さんが困ったような表情をした。
「もちろんです。俺、由良さんにだったら、命だって預けられる。」
マリンホテル。そこはチェーンのラブホテルで、けれど、普通のラブホテルとは一つだけ大きな違いがある。
「…それがお願い?」
「はい。」
「どうなっても知らないからね?」
「相手が由良さんなら大丈夫です。」
きっぱりと答えると、頭を撫でられ、優しく抱きしめられた。
“どこまでも愛おしいな、君は。”と、綿菓子のような甘い声で言われ、顔が赤くなる。
結局、束の間の安心は、すぐに凄まじいドキドキに変わってしまった。
「じゃあ、行こうか。」
ソファーのカーテンを開け、順路を進む。
残りの展示やギフトショップにはほとんど立ち寄らず、足早に水族館を後にして、俺たちはマリンホテルに向かった。
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