40 / 70

※第11話⑤

はじめに口が、次に鼻が塞がれ、そのあと視界がぼやけた。痛みで目を閉じた頃には、全てが水に埋まっていて。 もう息はできないのに、不思議と怖くない。 苦しさで身体はのたうちまわる。 口を押さえても尚入ってくる水が肺を支配し、呼吸を許さない。 けれどその苦しみが由良さんから与えられていると思うと、脳がふわふわする。 由良さんが俺をちゃんと見ていてくれるとわかっているから、彼に命を握られていると言う事実が、余計に快楽を大きくして。 そして長い苦痛が続いた後のとある瞬間で、ふっと苦しみから解放された。 身体が軽い。その上オーガズムに似た強い快楽の波に体が支配される。 どうしよう、なぜだかわからないけれど、すごく、 …すごく、気持ちいい。 突然遠くで、がちゃり、という音が聞こえ、音がしてすぐあとに、手首を掴まれ、痛いほど強い力で手が引っぱられた。 苦しさに、水以外のものも同時に吐くかと思うほどに激しく咳き込み、それが止まらなくなる。 苦しい。先ほどまで気持ちいいと思っていたことが、嘘のようだ。 あれほど求めていた空気が、こんなにも苦しいものだったなんて。 苦しくて苦しくて、これ以上息を吸い込んではいけないと思うのに、その考えに逆らって、身体はひくひくと浅い呼吸を繰り返した。 過呼吸というやつかもしれない。 「落ち着いて。」 由良さんが後ろから抱きしめて、背中をさすってくれる。 それでも息を吸うのをやめられず、焦って脳がパニック状態になる。けれど、その中で、突然由良さんから優しく口付けられた。 …気持ちい。 そう思った瞬間、呼吸の加速が止まる。 キスにはモルヒネの10倍の鎮静作用があるというが、確かにそうなのかも知れないと思った。 …力なく由良さんの顔を見上げると、再び甘い口づけが落とされて。 俺はただただその温もりに溺れたのだった。

ともだちにシェアしよう!