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第3話余計なお世話

リオールは汗でしっとりしている仕事着を脱ぎ、手早く私服に着替えた。今日は早上がりの日だ。今日の夕食は何をしようかと考えながら帰り支度をしていると、同じく早上がりの同僚が声をかけてきた。 「リオールさん。飲みに行きませんかー?」 「行かねぇ」 まだ20歳を過ぎたばかりのバーズは物怖じしない性格をしている。『愛想がなくて、とっつきにくい』と評されているリオールにも怖気づくことなく話しかけてくる。あんまり人から話しかけられることがないので、バーズに普通に話しかけられると少し嬉しい。1度でいいから職場の人と飲みに行ってみたいが、いつも反射的に断ってしまう。自分の面倒くさい性格が嫌になる。 リオールが顔に出さずに落ち込んでいると、バーズが『残念。また今度っすね』と笑った。また誘ってくれるらしい。社交辞令でも嬉しい。 リオールの気分がふわっと上がると、バーズがニヤニヤしながら口を開いた。 「同棲してる彼氏さんがいますもんねー」 「……彼氏じゃねぇ」 馬鹿は彼氏じゃない。幼馴染みだ。リオールは少し眉間に皺を寄せた。ムスッとした顔のリオールの肩を、バーズがつんつんと指先でつついた。 「またまたー。10年以上同棲してるんでしょー?そろそろ結婚っすか?」 「……結婚なんてしない」 「えー!彼氏さん可哀想っすよー。10年以上一緒に暮らしてたら夫婦も同然じゃないっすかー」 「……ほっとけ」 リオールはなんだか居た堪れなくなって、鞄を持って更衣室から出た。馬鹿は恋人じゃないし、夫婦でもない。幼馴染みで、リオール唯一の親友だ。 本当に余計なお世話である。リオールは少しだけムカムカしながら、ずんずん歩いて家路を急いだ。 何故こんなに自分がムカムカするのか分からない。25を超えたくらいの頃から、『結婚しないの?』とか言われることが増えてきた。リオールが馬鹿と暮らしていることは、職場の人間は皆知っている。馬鹿とは結婚なんてしない。面倒くさいリオールなんかよりも、ずっといい結婚相手がいる筈だ。馬鹿に好きな相手ができる気配は今のところない。リオールは馬鹿が好きな相手ができたら応援するつもりである。……想像するだけで、もやもやムカムカするが、大事な幼馴染みだから、応援しなくてはいけない。 リオールはぶすっとした顔で、馬鹿が働く食料品店へと入った。別に馬鹿の顔が見たい訳じゃない。今夜の夕食の材料を買いに来ただけだ。ついでに馬鹿に今夜何が食べたいかを聞くだけだ。今日は月末だから、棚卸し等があって、馬鹿は忙しい日だ。遅くに疲れて帰ってくるので、せめて好きなものを食べさせたい。 リオールは店内をぐるぐる回って、単品カードを弄っている馬鹿を見つけた。馬鹿はおっとりした見た目に反して、とても要領が良くて割と器用に何でもこなす。デブで地味な見た目だが、人当たりがいいので、職場の人間とも常連客とも仲がいい。真面目で仕事ができるので、今や副店長様である。 リオールが近づくと、馬鹿がすぐにリオールに気づいて、ふにゃっとしたいつもの笑顔を浮かべた。 「リーちゃん。お疲れ様ー」 「あぁ。今日の飯」 「んっとねー、鶏肉焼いたのにトマトソースかけたやつがいい」 「ん」 「今日、遅くなるから先に食べててよ」 「いい。待つ」 「えへっ。ありがとー。じゃあ一緒に食べようね。できるだけ早く帰るね」 「ん」 「リーちゃんのご飯が待ってるから、残りも頑張れそー」 「……ん」 ニコニコと笑う馬鹿から離れて、必要なものを買い物籠へと入れていく。もう少し話したかったが、忙しい馬鹿の邪魔をしてはいけない。メインのおかずは決まった。副菜と汁物を考えながら、商品を選んでいく。ここは食料品店だが、ちょっとした雑貨や洗剤類も取り扱っている。確か、ローションの残りが少なかった筈だ。明日はリオールも馬鹿も休日だから、多分使うだろう。リオールはお徳用サイズのローションのボトルも買い物籠に入れた。 2人の休みが重なることは、本当にたまにしかない。明日は何をして過ごそうか。芝居を観に行くのもいいし、たまには外食をしてもいい。馬鹿の寝間着がそろそろ寿命だから、服を買いに行くのもありだ。 リオールは、職場から出た時とは打って変わって、軽やかな足取りで家路を急いだ。 ------ 馬鹿がもぐもぐ咀嚼しながら、幸せそうな笑みを浮かべた。 「おーいしーい」 「……あっそ」 馬鹿は日付が変わる少し前の時間に帰ってきた。ミスをした部下のフォローをしていたらしい。疲れた顔をして帰ってきた馬鹿の為に、下拵えだけしていた鶏肉を焼いて、手早く他のおかずも温めた。狭いテーブルに料理を並べると、馬鹿の目が輝いた。馬鹿はいつだって誰よりも美味しそうに幸せそうな顔でリオールの料理を食べてくれる。実に食べさせ甲斐があるのだが、本人に言ったことはない。味わうようにゆっくりと食べてくれる馬鹿を眺めながら、リオールも空腹の胃に温かい料理を入れていく。デザートに、馬鹿が好きなパンコッタも作ってある。皿がキレイに空になると、魔導冷蔵庫からパンナコッタを取り出して、馬鹿に差し出した。馬鹿の顔が嬉しそうに綻ぶ。 「リーちゃん。ありがとー。おーいしーい。幸せー」 「そうかよ」 胸の奥がむずむずする。リオールはぐっと眉間に力を入れた。本当に美味しそうにパンナコッタを食べている馬鹿をチラチラ見ながら、自分もスプーンを使ってパンナコッタを口に運んだ。うむ。上出来である。一緒に作ったカラメルソースとの相性もいい。 馬鹿が発する幸せオーラで、狭い家の中が、なんだか温かくなっている気がする。多分、気の所為だけど。 パンナコッタを食べ終えた馬鹿が、ふにゃふにゃ笑いながら口を開いた。 「今日もご飯ありがとー。後片付けは僕がするよ」 「いい。先に風呂入ってろ。俺はもう済ませた」 「いいの?」 「ん」 「んー。じゃあお風呂もらうね。リーちゃん、リーちゃん」 「なんだ」 「お風呂から出たら気持ちいいことしよーよ」 「……お前、疲れてるだろ」 「リーちゃんのご飯食べたら元気いっぱい!」 「……ふーん」 にこーっと笑った馬鹿に小さく頷き、リオールは後片付けを始めた。馬鹿はご機嫌に下手くそな鼻歌を歌いながら、風呂に入る準備を始めた。 馬鹿の熱が与えられると思うと、腹の奥が疼く。リオールは手早く後片付けを済ませて、パンツ1枚の姿の馬鹿が風呂場から出てくる前に、使いかけのローションのボトルと新品のローションのボトルの2本をベッドのヘッドボードの上に用意した。 なんとなく、そわそわしながら風呂場から聞こえてくる水音に耳を傾ける。馬鹿とセックスをするのには慣れきっているのに、実は未だに少しドキドキする。まだ何もしていないのに、身体が火照って熱い。 リオールは部屋着のシャツもズボンも脱いで、パンツ1枚の姿になり、ゴロンと仰向けにベッドに寝転がった。1人用のベッドは2人で使うとかなり狭くて堪らないが、買い換える気はない。2人用の大きなベッドを買ってしまったら、セックスをしない時にくっついて眠れない。そもそも、部屋が狭すぎて、これ以上大きなベッドを置けない。 馬鹿が風呂場から出てきた。癖のある短い髪をタオルで拭きながら、リオールがいるベッドに真っ直ぐやって来る。 馬鹿がベッドに腰かけた。 「リーちゃん。おまたせー」 「待った」 「ごめーんね」 「……ふん」 ふにゃっと笑った馬鹿が、リオールの唇に優しく唇を落としてきた。ちゅっと優しく馬鹿に唇を吸われる。たったそれだけで、ペニスが勃起してしまいそうだ。 リオールは上から覆いかぶさるような体勢の馬鹿の首に両腕を絡めた。

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