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第4話おでかけ

ケリーはカーラとケビンを連れて、街の外にある原っぱに来ていた。今日はよく晴れていて日射しが強いが、風があるので少し過ごしやすい。 流石に3人でアニーに乗るわけにもいかないので、子供達2人をアニーに乗せ、ケリーはアニーの手綱を持って、のんびり歩いて街から出た。過ごしやすそうな原っぱに着くと、子供達をアニーから降ろし、アニーには好きに走るよう言って、ケリー達は原っぱで少し早めの昼飯を食べ始めた。アニーは気ままに走り回った後、パーシーが作ったおにぎりを食べているケリー達の近くで草を食んでいる。 「おっちゃん。アニーはすごいね。俺ら2人乗せてたのにめちゃくちゃ走り回ってたじゃん」 「僕、馬に乗ったの初めてだ」 「俺も」 「結構楽しいもんだろ?」 「「うん」」 「あ。俺さ、カップケーキ持ってきてるからデザートに食おうぜ。ばあちゃんが作ってくれたんだ」 「ん?ケビンは親父さんとじいさんと3人暮らしじゃないのか?」 「ばあちゃんはじいちゃん以外に3人旦那がいるからさ。月に1度1週間だけ家に来るんだ。母ちゃんも一緒」 「へぇー」 この世は男女比が平等ではなく、6:4で男の方が多い。当然溢れる男が出てくるので、土の宗主国では複婚や同性婚が認められている。女は最大5人まで夫をもつことができる。男もかつては5人まで伴侶がもてた時代もあったが、いつの間にか廃れてしまい、男が伴侶とできるのは1人だけである。王都とサンガレア領には男同士で子供をつくることができる施設がある。特にサンガレアは同性愛に寛容な土地柄なので、男同士の恋人達や男夫婦が多い。 「ばあちゃんはさ、めちゃくちゃ料理が上手いしお菓子も作れるんだけどさー。俺の母ちゃんは全然ダメなんだよなぁ。帰ってくる度にクッキー作ってくれるんだけどさー。毎回黒焦げか生焼けなんだよなぁ。俺も父ちゃんも毎回腹壊してる」 「いや、腹壊すの分かってんなら食うなよ」 「だってよー。たまーにしか母ちゃん帰ってこないし。それにめちゃくちゃ不器用なのに、火傷とかしながらすげぇ頑張ってクッキー作るんだもん。食わないとか言えねぇし」 「ケビンの母さん、優しいよなぁ。すげぇ不器用だけど」 「へー。いいお袋さんだな」 「まぁね。でも本当に不器用なんだぜ。母ちゃんがさ、学校で使う布の袋を作ってくれたことがあるんだよ」 「あぁ」 「色んな所に血の染みがあってさ。流石に学校では使えなかった」 「あー……そこまでかー」 「でも本当にケビンの母さん、優しいんだよ。僕が道で転んで怪我した時も怪我の手当てしてくれたし」 「包帯巻きすぎて、なんかヤバい感じになったけどな」 「まぁ、あれだ。ご愛嬌ってやつ?不器用なところも可愛いじゃん」 「まぁな」 「いい母親だな」 「おっちゃんの母さんってどんな人?」 「さぁ?会った記憶がないから知らん。写真で顔を見たことはあると思うんだが、かなりうろ覚えだな。死んだ時は一応連絡がきたけど、結局葬式にも行ってないな。会ったこともない人間の葬式なんぞ行く気が起きんでな」 「何で会ったことがないの?」 「うちみたいに離婚したの?」 「んー……そもそもな。俺の両親の結婚は俺の祖父が決めたものだったらしいのよ。大袈裟に言えば、政略結婚みたいな?母親の父親がさ、父方の祖父の部下でよー。なんか殆んど無理矢理結婚させたらしいわ」 「「うげぇ」」 「母親は俺の父親が嫌いだったんだろうな。俺を産んでからは1度も家に来たことがないし、俺と会ったこともない。父親は仕事が最優先だったからな。俺は殆んど使用人に育てられた感じだなぁ。父方の家系は全員軍人でな、お前も軍人になるんだって言い聞かせられて育ったんだよなぁ。だからよー、子供の頃は自分に軍人になる以外の選択肢があることを想像さえもしたことなかったな」 「なにそれ。サイテーじゃん」 「まぁ、今にして思えばどうかと思うな」 「うちの父さんみたいに、おっちゃんもマーサが好きなんでしょ?」 「マーサって、土の神子マーサのこと?」 「そうそう。小学生の時にな、『土の宗主国中興物語』って本を学校の図書館で見つけたんだよ。今からならざっと600年くらい前に書かれた、まぁ古典の小説だ。約6000年前に召喚された土の神子マーサが主人公の物語でさ。気紛れで読み始めたら、これが本当にめちゃくちゃ面白いんだよ。当時の俺には難しい表現とかもいっぱいあったからよー。父親から課せられてた毎日の鍛練の合間をぬって無理くり時間をつくってさ。街の図書館に行って、よく分からないところを調べながら夢中で読んだんだ。他にもマーサ関連の本を寝る時間を削ってまで読み漁ってな。中学校に入学する頃には、すっかりマーサおたくになってたな」 「へぇー」 「うちの父さんみたいに、いっそ研究者になればよかったのにね」 「ははっ。今にして思えばそうなんだが、子供の頃はそんなこと考えもしなかったな」 「うちの父ちゃんはさ、『興味を持ったら何でもやってみろ』って言うよ?実際、俺は木工細工が好きだからその教室に通ってるし。けどさー、父ちゃん達が家具を作ってるとこ見るのも好きだし、やってみたいから、そろそろ本格的に家具の作り方教えてもらうんだ。店も継ぐつもり」 「僕の父さんも『まずはやってみたいことをやりなさい』って言うよ。まぁ、やってみたいことって中々見つからないんだけどね」 「お前さん達の親はいい親だな」 「おっちゃんの父ちゃんに比べたらね」 「ていうか、おっちゃんの父さん酷すぎだもん」 「まぁなぁ。ま、そんな状況に疑問すら持たなかった俺も悪いんだろうがな」 「何でおっちゃんが悪いの?」 「んー?結局よー、自分の道を切り開くってのはよ。まずは自分自身がおかれている状況を客観的に理解して、疑問を持ち、打開策を考えることが必要なんだろうよ。俺はそれをする気もなかった。ただ父親に言われるがままに、鍛練して、勉強して、軍人になって、働いて、出世して。それだけだ。出世は確かにしたさ。でもよ、軍人辞めたら俺には殆んどなーんにもなかった。貯金だけだな。家族もいないし、恋人もいないし、伴侶もいない」 「なんか難しくてよく分かんないけど、マーサが好きなんでしょ?好きなことはあるじゃん」 「そうだよ。資料館に行くためにカサンドラに来たんだろ?」 「はははっ。まぁな」 「それに今は僕達と住んでるじゃん。下宿の人は家族同然だって、父さん言ってたし」 「ん?そうなのか?」 「パーシーおじさんが言ってたなら、そうなんじゃねぇの?パーシーおじさん、学者先生だし」 「へぇー」 「だから今は父さんと僕がおっちゃんの家族だよ」 「……ははっ。そうか……」 ケリーはなんだか目頭が熱くなってきた。カーラの、慰めではない単なる事実を言ってるだけ、という雰囲気に、嬉しさが込み上げてくる。 ケリーは父親のことは正直好きじゃなかった。殆んど家に帰ってこないくせに、毎日キツい鍛練をケリーにさせて、たまに帰ってくると、いつもの鍛練メニューとは別に剣の稽古でボコボコにケリーを痛めつけていた。父親に褒められた記憶はない。いつも怒られていた。『何故こんなこともできないのか』『怠けていたのだろう』『こんな出来損ないの息子で恥ずかしい』そんなことばかり言われていた。ケリーは父親が帰ってくると憂鬱なだけだった。食事の時も会話はなく、あっても、ただひたすらケリーがねちねちと一方的に怒られていただけだった。 パーシーとカーラのような仲がいい親子がずっと羨ましかった。学校の友人から聞く、優しい父親や母親がずっと羨ましかった。 パーシーとカーラと仮初めでも家族なりたい。ケリーは素直にそう思った。

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