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第5話夏休みの宿題
洗濯と掃除を終え、ケリーは1階の大きなテーブルでパーシーから借りた本を読んでいた。マーサに関する専門書で、ケリーが読んだことがないものだ。これが中々に面白い。子供達は2人で黙々と夏休みの宿題をやっている。
掃除は今は使っていない3階も毎日チマチマやって、今ではすっかりキレイになっている。雑草でぼうぼうだった中庭も、子供達に手伝ってもらって草むしりをしたのでキレイになった。ケリーはカーラと2人で中庭に花の種を蒔いた。カーラの祖父が生きている頃は中庭には花が溢れていたらしい。亡くなったカーラの祖母が花が好きで、カーラの祖父はいつも暇をつくっては中庭の花の手入れをしていたそうだ。ケリーは花なんて育てたことがない。種を蒔いて、毎朝水やりをしているが、うまく育って花が咲くかは分からない。まぁ、単なる気紛れでやったことだ。無事に花が咲いたら嬉しいが、失敗しても別に構わない。
宿題をしている子供達の邪魔にならないよう、静かに本の頁を捲っていると、突然子供達が叫びだした。
「「だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
「うおっ!なんだっ!?」
「やってられるかぁぁぁぁ!!」
「もぉぉぉやだぁぁぁぁぁ!!」
「はぁ?どうしたんだよ、お前さん達」
「キャサリンの気持ちなんぞ知るかぁぁぁ!!」
「分数なんて無くなってしまえぇぇぇぇ!!」
「あ?宿題か?分からんのか?」
「俺、国語なんてだいっ嫌い」
「算数なんてやる意味分かんない」
「えー?国語も算数も必要なもんだぞー」
「『キャサリンの気持ちを答えよ』ってさー。キャサリンの気持ちはキャサリンにしか分かんないじゃんっ!」
「誰だよキャサリン」
「教科書に載ってる『ナーサリー物語』に出てくるめちゃくちゃ面倒くさい性格の女。現実にいたら僕絶対に友達になんかなれないね」
「あ、あー。あれか。古典文学の。えーと、主人公の友達かなんかだったか?俺も小学生の時に読んだわ」
「そうそう」
「キャサリンの気持ちは一応本文に書いてあるだろう?教科書に答えが載ってるようなもんじゃないか」
「どこよっ!どこにあるのよっ!」
「ほら。ちょっと見せてみろ。あー、これか?問題文。これなら……あった。ほら、ここに書いてあるだろ?『キャサリンはそれが欲しいけど、なんだか素直に受けとる気がしなかった』って。問題の答えはこれだろ」
「うぅ……めんどい……おっちゃん代わりにやって」
「いやいや。ダメだろ、それ。宿題は自分でやらないと意味がないぞ」
「やーだー」
「カーラはなに?分数?」
「分数のかけ算。意味分かんない。そもそもさー、なんで分ける必要あるわけ?」
「ちょっと教科書貸せ。ほら、ここにやり方が書いてあるだろう?あとは問題の数字を当てはめるだけだぞ」
「やぁだぁぁぁ。もう意味分かんないもん。かけ算もわり算も分数も大嫌い」
「算数なんて基本のやり方さえ覚えれば、あとは数字を当てはめるだけじゃねぇか」
「そのやり方が覚えられないんですぅー。算数なんて大人になっても絶対に使わないし」
「いや、めちゃくちゃ使うからな。1番使う経理関係の仕事以外でも書類仕事やらなきゃいけなかったりするし、そもそも何を作るでも計量計測が必要だし。ていうか、仕事で使わなくても毎日の生活で使うだろ。買い物とか、税金払う時の計算とか」
「……誰か代わりにやってよー」
「自分でできるようにならないとダメだぞ。それこそ誰かに頼んで騙されたらどうするんだ。損するだけだぞ」
「うぅ……めんどい……」
お子ちゃま達はすっかりやる気を無くしたようで、テーブルに頬をつけて懐いている。
「ほら、2人とも。教えてやるからやってみろ。終わったら何か旨いもん食いに行くぞ」
「うぅ……先に食う」
「……やらなくても食う」
「はいはい。終わったらな。ほらー。教科書開けー。問題文見せろー。やるぞー」
「「はぁーい……」」
ケリーは昼食の時間になるまで、嫌がって宿題を途中放棄しようとするお子ちゃま達を宥めながら、小学校の教科書を片手に2人に勉強を教えた。
なんとか2人が今日の分の宿題を終えると、2人と手を繋いで歩いて、街中の拉麺屋に行った。ケリーは今日は麺類な気分である。
3人で店に入って、各々好きなメニューを注文する。ケビンの分も金はケリーが出すようにしている。家事の手伝いと街の案内の駄賃である。ケビンの親とも、そういうことで話をつけた。ケビンの親は最初は流石に毎日昼食を奢ってもらうのは申し訳ないと渋っていたが、手伝いと街中案内の単なる正当な報酬だと説得した。
拉麺が運ばれてくるまで、水をチビチビ飲みながら待つ。
「お前さん達、夏休みも後半に入っているだろう?」
「「うん」」
「宿題は終わりそうか?」
「僕はあとは算数と自由研究だけ」
「俺は国語と読書感想文と自由研究」
「自由研究残ってんのかよ。ある意味1番面倒なやつじゃねぇか」
「だってさー。何やるか考える段階で面倒くさいじゃん」
「だよな」
「んー……あ。そうだ。飯食ったらよー、資料館行ってみるか?」
「え?何すんの?」
「あそこって客入ってんの?見るものあんの?」
「いや、俺もまだ外から眺めただけだから中には入ってないんだよな。パーシーの話じゃ、マーサが生きた時代の文化に関する展示もしてるらしいしよ。展示で見かけた物の歴史を調べるってのはどうだ?」
「「えぇーー」」
「例えばだ。お前さん達も端末持ってるだろ?これも元々はマーサの時代に発明されたもんなんだよ。えーと、当時は確か『携帯通信具』って呼ばれてた筈だ」
「あ、そうなの?」
「ふーん」
「味噌とか醤油とか、今普通にある調味料もマーサがもたらして普及させたもんなんだぞ。そういうのでな、面白そうなのを1つ選んで、その歴史を調べてみたらいい」
「……まぁ、それなら最悪父さんに聞けばいいかな?」
「あ、その手が使えるな」
「そうそう。パーシーはマーサの時代の文化の研究者なんだろ?専門家じゃねぇか」
「んー……行ってみるか」
「そうだな。まぁ、ダメ元で行くかー」
「よし、決まりだ。お、拉麺もきた」
「やった!僕、拉麺って初めて食べる!なんか美味しそう!」
「ここの拉麺旨いぜ。俺ちょー好き」
「お。焼豚が分厚いな。いいないいな」
中々に旨い拉麺を楽しみ、満腹になって3人で店を出た。手を繋いで3人で『土の神子マーサ資料館』へと向かって歩く。いよいよカサンドラでのお目当てだった資料館へと行ける。ケリーはワクワクしながら、足取り軽く資料館への道を歩いた。
ーーーーーー
夕方。『土の神子マーサ資料館』から3人は出た。もう少ししたら日が暮れる。早く帰って洗濯物を取り込まなければならない。しかし……。
「帰りたくない。ここに住みたい」
「何言ってんの。おっちゃん」
「ほら帰るよ。また来ればいいじゃん」
資料館が楽しすぎて本気で帰りたくないケリーの手を、カーラとケビンが握って引っ張った。仕方なくケリーは歩きだした。
パーシーに案内してもらいつつ、詳しい解説までしてもらって、それはもう楽しかったのだ。
マーサが生きた時代風景についてのパネル展示や当時実際に使われていた道具のレプリカ、マーサが着ていた服のレプリカや現存している当時の写真の数々など、実に様々なものが展示されていたのだ。ものすっっっごく楽しかった。パーシーの解説も分かりやすくて、ケリーは子供達そっちのけでパーシーを質問責めにした。パーシーは嫌な顔などせず、むしろ目を輝かせて、ケリーの質問に詳しく答えてくれた。大人2人がひたすら盛り上がる様子を子供達は冷めた目で見ていた。
カーラとケビンは各々、興味をもった1つを自由研究の題材として選んだ。カーラは当時開発され、今もある魔導製品について、ケビンは当時作られていた装飾品について調べる。マーサはピアスが好きで、自分でも作っていたと記録に残っている。資料館にも、当時流行っていたピアスが沢山展示されていた。
明日はパーシーが仕事が休みだから、家でパーシーが持っている本を使って詳しく調べる予定である。ぶっちゃけ街の図書館に行くよりも、専門家のパーシーが持っている専門書を使った方がより詳しく調べられる。子供達が読むには少々難しいだろうが、そこはケリーとパーシーが噛み砕いて読んでやったらいいだけの話だ。
3人で手を繋いで、夕陽に照らされる道を家へと向かって歩く。
本当に毎日が穏やかに過ぎていく。こんなに毎日心が安らぐ日々は初めてかもしれない。子供と接する機会は軍人時代には殆んどなかったが、カーラもケビンもちょっと生意気だがいい子だし、2人ともケリーに懐いてくれている。パーシーともうまくいっている。パーシーが作ってくれる料理はなんだか優しい味がして、ケリーはとても気に入っている。夕食と風呂を済ませてカーラが寝た後は、晩酌をしつつ、子供達の話をしたり、マーサの話をしたりしている。パーシーは酒を飲まないから、お茶で付き合ってくれている。これがすごく楽しい。パーシーは知識豊富で、話上手だ。美形ではないが、人のよさそうな顔を楽しそうに輝かせて、いつもマーサに関する話を聞かせてくれる。今まで職場や滅多に会わない研究者仲間以外で、マーサの話ができる人がいなかったらしい。それにパーシーの父親が亡くなってからは、家のことも子育ても1人でしなくてはならなくなったので、余裕がなくて、誰かとのんびり好きなマーサの話をすることが無くなっていたそうだ。『貴方が来てくれて本当によかった』とパーシーが嬉しそうにケリーに言ってくれた。なんだか照れ臭いが、そう言ってもらえると素直に嬉しい。
ケビンを家に送って、カーラと一緒に急いで洗濯物を取り込む。洗濯物を畳んで、各々の部屋に置くと、パーシーが帰ってきた。
3人で夕食を作り、のんびり話ながら夕食を楽しむ。明日の話をしながらの温かい食事は、心まで温かくしてくれる。
毎日が楽しく、穏やかで、心が安らぐ。ケリーは今の生活に非常に満足している。
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