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第7話退院後の休日
ケリーは無事に退院し、自宅での療養になった。完全に折れてしまった右足は、完治するまでにどれだけ短くてもあと3ヶ月程かかるらしい。それでも多少マシになったし、完治するまで入院しているわけにもいかないので、自宅療養となった。病院には定期的に通う。松葉杖が必要だが、別に階段の上り下りも問題ない。風呂にもなんとか自力で入れるし、時間がかかるが洗濯物を魔導洗濯機に突っ込んでスイッチを押して、洗濯が終わった服を中庭に干すくらいのことはできる。流石に家の掃除は無理なので完治してからだ。パーシーは洗濯もしなくていいと言い張ったが、やることがないと暇すぎて逆にツラい。そもそもケリーはじっとしているよりも身体を動かすことに慣れきっているのだ。1ヶ月もベッドの上で過ごしていたので身体も鈍っている。いつもよりも時間がかかっても、何かしている方が気分的にいい。パーシーを説得して、洗濯はするようにした。アニーの世話はパーシーがしてくれることになった。アニーが飲む水を汲んだり、飼い葉を用意したり、そういう力仕事は流石に無理だからだ。アニーはケリーが入院する前までにパーシーにもカーラにも慣れてくれていたので、入院中もパーシーがアニーの世話をしてくれていた。世話はパーシーに頼むが、毎日暇があるとケリーは馬小屋に行きアニーと少しでも触れあっている。1ヶ月程ケリーに会えなかったので、入院期間終盤はアニーが拗ねてパーシーが大変だったのだ。流石に蹴ったりはしなかったが、いつも不機嫌そうに鼻を鳴らしていたらしい。
朝に仕事に行くパーシーと学校に行くカーラを見送り、時間をかけて洗濯をして、馬小屋に行ってアニーと触れあった後、パーシーが馬小屋に置いてくれた椅子に座って昼食の時間までパーシーから借りた本を読む。パーシーは本当に面白い本ばかり持っている。昼食は近所の宿屋の食堂に1人で行っている。パーシーが昼食を毎日用意すると言ってくれたが、流石に大変だろうと断った。本当に宿屋は近くだし、ちょっとした運動と気分転換になる。そもそもパーシー達の家に本格的に住み始めて知ったのだが、パーシーは朝に弱い。いつもパーシーが起きる30分前から目覚まし時計が大音量で鳴り響き、ようやく起きてきたかと思えば、半分目が閉じた状態で朝食を作り始める。たまーにだが、オムレツに味噌汁の具だと思われるものが入っていることもある。完全に寝ぼけている。完全にパーシーが覚醒するのは朝食を食べて片付け、身支度を整えて、出勤する直前くらいだ。どんだけ朝に弱いのか。ケリーが住む以前はもっと早めに起きて洗濯もしていたそうで、実はかなりツラかったらしい。
カーラが学校から帰ってくるまで、その日の気分で馬小屋や1階のテーブルで本を読む。カーラが帰って来ると、1度自宅に帰ってから家に来るケビンと共に3人でおやつを食べ、子供達が宿題をするのを見守り、一緒に洗濯物を取り込む。洗濯物を取り込むと、自分の家の洗濯物も取り込まなきゃ、とケビンは帰っていく。のんびりカーラの学校であったことの話を聞きながら洗濯物を畳んでいると、そのうちパーシーが帰ってくる。
ケリーは夕食の手伝いはできなくなったので、カウンターの所に座って、2人と話ながら料理を作る過程を眺める。
夕食を食べて、2人が片付けをしている間に先に風呂に入る。どうしても時間がかかるので最後でいいと言ったのだが、それなら片付けしている間に入ってもらった方が全員早く入れるし、最後に入るパーシーが、風呂から上がる時に掃除もできると言われて、先に風呂に入るようになった。風呂から上がると、いつもカーラが冷たいレモン水をグラスに注いでくれる。酒は残念ながら完治するまで禁止されている。まぁ、仕方あるまい。
風呂掃除まで終わったパーシーと茶を飲みながら、のんびり話して、そこそこの時間になったら自室に戻る。ベッドにゴロッと横になって、ベッド横の窓のカーテンを少し開けて明るい月夜を見上げた。
もうすぐ本格的な秋になる。
ーーーーーー
パーシーもカーラも休日の朝は、いつもより1時間程朝食が遅い。ケリーとカーラが起きる時間は変わらず、パーシーが起きてくるまでに2人で洗濯をすませて、のんびり茶を飲んでパーシーが起きるのを待つ。カーラはまだ1人じゃ火や包丁を使わせてもらえない。ケリーが普段通りならば監督として役に立つが、松葉杖がなければまだ歩けないし、左腕も完全に治っているわけではない。何かあった時に咄嗟に動けない為、パーシーがいないと料理はできない。空腹を誤魔化すように茶を飲んでいると、パーシーがぼさぼさの頭のまま起きてきた。
「「おはよう」」
「…………うん」
完全に覚醒するまで、パーシーはいつもこんな感じである。それでも朝食を作る手際はいい。小さな子供の頃から宿屋を手伝い、料理人でもあったカーラの祖父を朝早くから手伝っていたらしい。だから半分寝ぼけたままでも危なげなく朝食を手早く作っていく。今日は味噌汁と挽き肉と野菜のオムレツ、夕食の残りのカボチャの煮物と炊いた米だ。ケリーはそこそこ大食いな方だし、カーラは食べ盛りだ。茶碗に山盛りの米をおかずと共にガツガツかきこんでいく。パーシーは食が細い方で、小さめの茶碗を使って、ちびちび食べる。覚醒していないパーシーは食べるのが遅い。パーシーが食べ終わるのを茶を飲みながら待ち、朝食の後片付けをすると、漸くパーシーがほぼ覚醒した。
この辺りで大事な話がある時はしないと、パーシーの頭には残らない。
「パーシー」
「はーいー」
「服を買いに行かないか?俺秋物も冬物も持ってないんだよ。カーラも背が伸びてズボンが短くなってる」
「靴も最近キツい」
「あ、なら靴もだな」
「あー……じゃあ、買い物いきましょー」
「おう。昼飯もどっかで食おう。俺は今日はピッツァな気分だ」
「ピッツァ!僕も食べたい!」
「旨い店知らないか?」
「んー……んー?んー……」
「なぁ、カーラ」
「なに?おっちゃん」
「パーシーまだ覚醒してなくないか?」
「微妙」
「……起きてるよ。ピッツァの店を思い出してただけだし。服屋から少し離れてるけど、美味しい店があるよ。最後に行ったのは随分前だけど、潰れたって話は聞かないし多分まだやってると思う」
「よっしゃ。昼飯はピッツァだ」
「よっしゃ!ピッツァ!」
「じゃあ、行こうか」
「その前にパーシーは寝癖をなおしてこい。カーラもだ」
「僕は寝癖なんかついてない」
「後ろがはねてんだよ」
「後ろなんて見えないし」
「もぉー。櫛とアイロン用の霧吹き持ってこい。なおしてやるから」
「えぇー。いいよー。僕は気にしない」
「寝癖をつけたままだとみっともないぞ。ほら、早く持ってこい」
「はぁーい」
「パーシーはいっそシャワー浴びた方が早くないか?殆んど頭が爆発してるぞ」
「あー、ははっ。寝癖なおしがあるんで、それで十分です」
「そうかい」
「はい、おっちゃん。持ってきた」
「よーし。後ろ向けー」
「はぁーい」
カーラのはねている癖のある髪を霧吹きで軽く濡らして、櫛で優しく髪をすいてやる。カーラの髪はパーシーに似て癖がそこそこ強く、おまけに柔らかい猫っ毛だ。だから結構髪が絡まりやすい。カーラは寝癖がついていてもあまり頓着しないので、学校に行く日もたまにケリーがなおしてやっている。誰かの髪を櫛で整えてやるなんてことしたことがなかったが、やってみれば意外とできるものだ。
カーラの寝癖がなおり、パーシーが着替えて多少マシな頭になると、3人で家を出た。
ケリーは松葉杖をついていない方の手でカーラと手を繋いだ。カーラはケリーに比べれば格段に小さい手をしているが、多分同じ年頃の子供にしては手が大きい方だ。実際、ケビンよりもカーラの方が手が大きく、指が長い。多分父親同様、背が高くなるのだろう。
服屋まで3人並んでのんびりと歩いた。
ーーーーー
服屋に着くと、ケリーは長袖の白いシャツを何枚か手に取った。ズボンも何着か無造作に手に取る。
「……おっちゃん」
「ん?」
「何で同じような白いシャツばっかなわけ?夏場も白い襟なしのやつばっかだったじゃん。おっちゃん、お金はあるんだろ?もっと違うのにしたら?」
「選ぶのが面倒くさいんだよ」
「せめて色くらい変えたら?白だと汚れが目立つじゃん。おっちゃん、1度ケチャップ派手にシャツにつけて1枚捨てただろ?勿体ないじゃん」
「いやだって。あれは洗っても無理なレベルだっただろ」
「白じゃなくて黒とかだったら普通に大丈夫だったし」
「いやほら。俺見た目が厳ついだろ?」
「うん」
「黒とか派手な柄物着るとな、露骨に人相悪くなるんだわ」
「えー。またまたー。ていうか、白でもそんなに変わんないし」
「いやマジなんだって。昔よー、当時の上司に言われたんだわ。ヤバい筋の奴にしか見えないって」
「えー」
「という訳で無難な白にしとくわ」
「ぶー」
「はいはい。ぶーぶー言わない。ほら。お前さんも服を選んでこいよ」
「はぁーい」
ケリーの後ろをついて回っていたカーラがパタパタと子供服売り場へと向かっていった。パーシーは肌着と下着を買うと言って下着売場へと行っている。ケリーも新しい下着が欲しい。買う予定の服を片手に下着売り場へと向かった。
「あれ?ケリーさん、もう服を選んだんですか?」
「あぁ」
「……なんか同じものばかりな気がするんですが」
「選ぶのが面倒くさいんだよ」
「はぁ……左様で。あ、コートは買わなくていいんですか?」
「んー。今はまだ秋物しかないだろ?別に秋はコートなんて着ないしな。寒くなってきてからでいい」
「じゃあカーディガンは?もう少ししたら朝晩が肌寒くなりますよ」
「んー。それでも中央の街よりカサンドラは暖かいしなぁ」
「1枚だけ買ってみては?全然着なかったら古着屋に売ればいいですし」
「それもそうだな。パンツ選んだら見に行くわ」
「はい。サイズと色は?」
「黒の……あ、そこにあるサイズ」
「何枚ですか?」
「あー……今のがへたってきてるからな。4枚くらいか?」
「はい。……服も合わせたら量が多いですね。籠を持ってきます。僕が持ちますから、ケリーさんは先にカーディガンでも見ててください」
「悪いな。助かるわ」
「いえ」
パーシーが軽く微笑んで、ケリーが片手で持っていた服を全て受け取り、籠が置いてある店の隅の方へと歩いていった。ケリーはカーディガンが置いてありそうな場所へと歩き出した。結局、カーディガンはケリーの元にやってきたパーシーに選んでもらった。一口にカーディガンといっても、色も形も種類があり、どれがいいかケリーには分からなかったからだ。ケリーはお洒落とは縁がない。いつも白いシャツと黒いズボンだ。靴は常に軍用ブーツである。今はブーツが履けないので、適当なサンダルを履いている。サンダルは少し心もとないが、楽ではある。しかし、もう少し月日が経ち寒くなれば、サンダルではキツくなる。カーラの靴を見るついでに自分の靴も見てみよう。
カーラも籠に服を入れてケリー達の所へ歩いてきたので、会計を済ませて服屋を出た。
靴屋は服屋の3軒隣だ。靴屋に行き、カーラの靴を見て、ついでに履くのも脱ぐのも楽な靴をケリーも買った。足が完全に治るまではこれでいい。
増えた荷物をパーシーが持ってくれたので、ケリーはカーラと手を繋いだ。パーシーの案内でピッツァが食べられる店へと行く。
パーシーお勧めのピッツァを2枚とサラダを頼んだ。ピッツァを食べ慣れていないカーラは口の周りがすごいことになった。トマトソースで真っ赤になっている。
「カーラ。お前さん、人でも食ったみたいだぞ。ほら。ちょっと顔を貸せ。拭いてやっから」
「むむむむむ……ぷはっ。おっちゃんゴシゴシし過ぎだよ」
「顔につけないようにして食えよ。落ち着いて食えば普通に食える。ピッツァは逃げんぞ」
「ピッツァは逃げないけど、おっちゃん達が食ったら減るし、なにより冷めるじゃん。僕は熱々のチーズとろーりのが食べたいの」
「まぁ、分からんでもないな。舌を火傷しそうなくらい熱々が旨いんだよなぁ」
「だろ?」
「ふふっ……」
「ん?」
「なに1人で笑ってんの。父さん」
「……いや?仲いいなぁと思って」
「「まぁな」」
「はははっ。ここの店ね、デザートのシャーベットも美味しいから、お腹に余裕持たせといた方がいいかも」
「マジで!?」
「ほー。いいな。シャーベット」
3人でわいわい話ながらピッツァを食べ、デザートにシャーベットを楽しんだ。満腹になるまで食べて、急速に訪れる眠気に、ケリーもカーラも大きな欠伸をした。
同じタイミングだったからかもしれないが、そんな2人にパーシーが吹き出した。
「帰ったらお昼寝しようか」
「おー。いいなぁ」
「さーんせーい」
クスクスと何故か笑いが止まらないパーシーが会計してから、店を出た。
3人並んで歩いて家に帰って、各々の部屋で寝ようとするのをパーシーが止めた。パタパタとどこかへ行ったかと思えば、1階の空いているスペースにマットレスを2つ並べて置いた。
「父さん。何してんの?」
「あ、カーラ。予備のシーツ持ってきてよ。2枚ね」
「え。なんで?」
「ふふっ。ここで皆でお昼寝したら気持ち良さそうだなぁ、って思って」
「「えー」」
「ほらほら、カーラ。シーツシーツ。僕は薄めの毛布持ってくるからさ」
パーシーがまたパタパタと何処かへ行った。両手に枕を3つと毛布を持って、すぐに戻ってきた。
「カーラ。シーツ」
「はぁーい」
カーラが洗濯済みシーツを持ってくると、くっつけたマットレスの上にシーツをひいて、枕を並べて3人で寝転がった。
「…………なぁ」
「なに?おっちゃん」
「何で俺が真ん中なんだよ」
「父さんに聞いてよ」
「パーシー」
「特に理由はないです。じゃあ、おやすみなさい」
「……おー。おやすみ」
「おやすみー」
3人は夕方になるまで、そのままお昼寝をした。夕方にケリーが目を覚ました時、右にはカーラがくっつき、左にはパーシーがピッタリくっついていた。熟睡している親子サンドの具にされているケリーは動けない。
子供のカーラは体温が高くて地味に暑い。パーシーは何故かケリーの手を両手で握っている。なんだこれ。
ケリーはなんとなく2人が自然に起きるまで、そのままでいた。
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