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第8話パーシー
パーシーは横を向いて、すぐに寝息を立て始めたケリーを見た。退院してすぐに床屋へ行き元通りに頭を剃ったので、ケリーの頭はまたつるぴかになっている。
ケリーは寝顔もなんだか厳つい。鼾をかきそうな見た目なのに、鼾はかいていない。
最近、ケリーといると、なんだかくすぐったくなる時がある。今日もそうだった。
カーラの寝癖をなおしてやったり、トマトソースまみれになった口周りを拭いてやったり、なんだかまるで母子みたいだった。
今日だけじゃない。ケリーはよくカーラの相手をしてくれている。パーシーの職場は人が少なく、来客が少なくても仕事が忙しい。一応子供がいるからと、定時出勤、定時退勤できているが、昼間はどうしてもカーラを家に1人にしてしまう。小学校に入学するまでは保育所に預け、入学してからは学童預かり所に預けているが、どうしても寂しい思いをさせてしまっている。カーラはケリーが来てから、ずっと楽しそうだ。ケリーと一緒に家のことをして、宿題をみてもらい、遊んでもらったり、一緒に出かけたり、話をいっぱいしたり。パーシーには現状難しいことをケリーはしてくれる。
宿屋をしていた父が3年前に亡くなってから、パーシーはいつも必死だった。1人で仕事をしながら、カーラを育てなければならなくなった。カーラは何よりも大切なパーシーの宝物だ。本当に愛している。それでも小さい子供を1人で面倒みるのは大変だし、疲れる時もある。カーラにも色んなものを我慢させている。その事に悩んで、中々眠れない日も少なくなかった。
カーラの母親フリアとは19歳の時に結婚した。フリアはパーシーとは少し歳が離れており、パーシーは彼女の5人目の夫であった。就職したばかりの職場の近くのパン屋でよく顔を会わせて知り合い、歳上の彼女に恋をして、恋人になって結婚して20歳の時にカーラが産まれた。フリアとはカーラが2歳になる時に離婚した。フリアに他に好きな相手ができたのだ。伴侶は5人までしか持てない。『貴方は若いし、小さい子供がいても再婚できるでしょ?』とフリアに言われた。パーシーにはフリアだけだったが、彼女には他にも何人も想う相手がいた。ずっと一緒に暮らしていたわけではない。フリアは1週間ずつ、各々の夫の家を回っていた。他の夫との間にも子供を産んでいた。パーシーはフリアを愛していたが、フリアはパーシー程パーシーのことを愛していたわけではない。その事に気づかされて、なんだか急激にフリアへの想いが冷めてしまい、離婚届けに素直にサインした。その時は両親が存命だったし、カーラと離れるのが嫌だった。パーシーの給料は安いが、父がやっている宿屋はそれなりに繁盛していたから、なんとかなると思っていた。
パーシーの母は父以外にも2人夫がいたが、2人とも役所勤めで、昼間は暇だからと毎日パーシー達の家に通って宿屋の手伝いをしていた。幼いカーラの世話も積極的にしてくれた。しかし、離婚して1年後には病気で亡くなった。いつも元気で明るかった母の死を、父とパーシーが乗り越えることができたのはカーラの存在のお陰だ。日々成長していくカーラの世話や相手をしていたお陰で、なんとか悲しみにうちひしがれずにすんだ。
父はカーラをとても可愛がっていた。宿屋の食堂の料理人も兼ねていた父は忙しかったが、それでも少しでも時間があるとカーラに構っていた。その時は宿屋の従業員も1人だけだがいたから人手があったし、パーシーも安月給とはいえ安定した収入があったので、生活が苦しく大変ということはなかった。
その父も亡くなった時、カーラはまだ小学校に入学するギリギリ前だった。パーシーは途方に暮れた。カーラはまだ1人にはさせられない歳だし、宿屋の経営などパーシーにはできそうになかった。小さい頃からずっとマーサが好きで、父に無理を言って、少し離れた大きな街の高等学校に行かせてもらい、やっとなれた資料館の職員兼研究職を辞めることも考えた。しかし、マーサの研究をすることは子供の頃からのパーシーの夢だった。それに研究職につきたいとパーシーが言った時、父が『宿屋は僕の代で終わりでいい』と言っていた。パーシーは父のその言葉に甘えさせてもらうことにして、宿屋を閉めた。パーシーの給料は安いが、それでもカーラ1人を養うくらいのことはできる。贅沢はさせてあげられないが、それでもできるだけのことはしてやりたかった。
ケリーが現れたのは、カーラと2人だけの生活にも随分慣れ、それでも少し疲れを感じていた頃だった。カーラが連れてきたケリーは、見た目は厳ついが、悪い人には見えなかった。元軍人だと言うし、カーラも気に入っているようだったから下宿をお願いしてみた。それが大正解だったと今になってしみじみ思う。
ケリーのお陰で生活もかなり楽になった。カーラが毎日楽しそうで、それが何よりも嬉しい。
できたら、ずっとこのままパーシー達と一緒に暮らして欲しいくらいだ。ケリーは優しい。カーラにもだが、パーシーにも何かと気遣ってくれる。
もう3人で賑やかに食事をとるのが当たり前に感じるようになった。カーラが寝た後にケリーと2人で大好きなマーサについて話をするのも楽しくて仕方がない。
ケリーは隠居生活をするためにカサンドラへとやって来た。今は怪我をしているから無理だが、いずれは土地を探して家を建てて、パーシー達の家から出てそこに住むのだろう。いつまでケリーと暮らせるのか分からない。
パーシーは日に日に、ケリーとずっと一緒に暮らしたいと強く思うようになっていた。
家のことをしてくれるからではなく、カーラの相手をしてくれるからでもない。ただ、ケリーと家族になりたいと思ったのだ。ケリーとカーラと3人で家族になれたら、とつい思ってしまったのだ。
思いは日に日に大きくなっていく。ケリーと一緒の日々の何気ないことに幸せを感じて、それを手放したくないと思ってしまう。
パーシーは男ともセックスができる。他の誰にも言ったことがないが、幼なじみで親友の、ケビンの父親ガーナと10代の頃に何度もセックスをしていた。初めてのセックスは単なる好奇心だった。14歳の時で、精通もむかえて性に興味津々な年頃だったのだ。学校で少しませた子達が話す男同士のセックスのやり方を2人でこっそり試してみた。ローションは未成年に売ってもらえるのか分からなかったし、なにより店で買うのが恥ずかしかったから、代用としてパーシーの家にあったオリーブの油を使った。直腸内をキレイにしてくれる浄化魔術は小学校で習っている。本来は浄化魔術は別に直腸に使う為のものではない。身体を清潔にしたりする為のものだ。消費魔力が少なく、簡単な為、誰でも使える超初歩的な魔術である。
最初に抱かれたのはパーシーだった。ガーナとじゃんけんをして負けたのだ。多少の痛みはあったが、気持ちよかった。交代でガーナを抱いたが、それも気持ちよかったし楽しかった。若かったパーシーとガーナは親にも誰にも秘密の遊びに夢中になった。しかしそれも16歳になり成人する頃までだった。お互い、セックスはしても、恋なんてしていない。中学校を卒業すると、パーシーは別の街の高等学校に進学したし、ガーナは本格的に自分の家の家具屋で働き始めた。お互い単なる幼なじみの親友のまま、各々殆んど同時期に結婚して、子供ができた。今考えても、パーシーはガーナに恋はしていない。家族になりたいとも思ったことはなかった。
じーっと寝ているケリーの横顔を見つめる。どこからどう見ても厳つい。ハゲ頭だし、整えてあるが髭ももっさりだし、可愛くはない。身体も筋肉だるまと評していいくらいゴツい。でも何故だかパーシーの目には魅力的にうつるし、できることならケリーに触れてみたい。
そっと寝返りをうって、ケリーの方を向く。おそるおそる両手で眠るケリーの手を握ってみた。ゴツくて分厚い固くて大きな手だ。毎朝剣を振っているからだろう。子供の頃からの日課だと聞いている。女のような柔らかさなど欠片もない。でも、不思議と気持ちが落ち着く手だ。この手が優しいのは知っている。カーラといつも出かける時は繋いでいる。最近は少しカーラが羨ましかった。パーシーもケリーと手を繋いでみたかった。初めて触れたケリーの手は温かくて、なんだか少しくすぐったい気持ちになる。
パーシーはケリーの手を両手で握ったまま、穏やかに眠りについた。
ーーーーーー
月日は少し経ち、今日は秋の豊穣祭である。カサンドラの街は少し前から賑やかな落ち着かない雰囲気である。カーラも年に1度の大きな祭りが楽しみで数日前からソワソワしている。
当日の朝はカーラはいつもよりも早く起きたらしく、パーシーが起きて部屋から1階に降りた時には、既に出かける準備万端でケリーに寝癖をなおしてもらっていた。
ソワソワしながら朝食をとり、片付けが終わった途端、カーラは椅子に座るケリーの手を両手で握って引っ張った。
「おっちゃん!早くいこう!」
「ん?俺は今回は行かねぇよ?」
「「え?」」
パーシーもケリーと一緒に秋の豊穣祭に行く気満々だった。目を丸くするパーシーとカーラに、ケリーはポンポンと自分の右足を軽く叩いて見せた。
「この足だからな。人混みはちょっとな」
「えぇーーー!!大丈夫だよ!杖ついたじいちゃんとか普通にいるしぃ!」
「座れる所もありますよ」
「酒も飲めねぇし、今回はいいわ。人が多い所を松葉杖ついて歩いたことねぇしな。2人で行ってこいよ」
「えぇーー!!おっちゃんいないとつまんないじゃん!」
「なに。俺はカサンドラに定住すんだからな。来年一緒に行けばいいだろう」
「ぶーー!」
「ははっ。カーラ。おつかい頼まれてくれよ」
「おつかい?」
「財布預けるからよ。カーラが1番お気に入りのもんを買ってきてくれ。帰ってきたら3人で食おう」
「むぅ……わかった」
「じゃあ、お昼に1度戻りますね。いっぱい色々買ってきます」
「おう。頼むわ。できたら中央の街じゃ見ないものがいいな」
「……中央行ったことないから、わかんねぇし」
「あー。だなぁ。ま、それは来年一緒に行って見てみるか」
「うん」
「ほれ。財布。旨いの頼むぜ」
「わかった!」
「いってきます」
「いってきまーす」
「おう。いってらっしゃい」
笑顔のケリーに見送られて、カーラと一緒に家を出た。豊穣祭の屋台が並んでいる通りへとカーラと並んで歩く。
「おっちゃんも一緒ならよかったのに」
「仕方ないさ。来年もあるよ」
「そーだけどー」
「ははっ。……カーラはケリーさんが好きだな」
「うん。父さんもでしょ?」
「……うん。好きだね」
人混みの中へと入ったら、パーシーははぐれないようにカーラと手を繋いだ。カーラはケリーに何を買おうかと、キョロキョロしている。
「……好きなんだよなぁ……」
パーシーの小さな呟きは、誰に聞かれることもなく、賑やかな人混みの中に溶けていった。
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