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第9話カサンドラの冬

ケリーはカーラと手を繋いで、ウキウキと上機嫌に歩いていた。やっと折れていた右足が完治したのだ。もしかしたら半年くらい完治までかかるかもしれない、と医者からは言われていたので、最悪完全に治るのは新年を迎えてからかと思っていた。それがなんとか今年中に完治した。軍人時代はひたすら仕事で、年末年始をのんびり過ごすなんてことはできなかった。折角の初めてゆっくり過ごせる年末年始なのに、酒も飲めないなんてつまらないと思っていたのだ。定期的な病院通いも今日で終わりである。今夜はちょっとした祝いがしたい。カーラは学校が昨日から年末年始の休みに入っている。パーシーはまだ仕事だ。パーシーの年末年始の休みは明後日からである。 「カーラ。酒となんか旨いもん買って帰ろうぜ」 「年明けの準備には少し早くない?」 「違う違う。俺の完治祝いだ」 「それなら父さんが秋の豊穣祭で酒買ってたよ。内緒にしてたけど」 「ん?そうなのか?」 「うん。カサンドラってさ、杏をつけた酒が有名なんだよ。毎年秋の豊穣祭でその年に採れた杏を浸けた酒がいっぱい売られてるんだ。じいちゃんも酒飲まなかったし、父さんも飲まないから今まで買ったことなかったけど。完治祝いに買っておくって。ちゃんと保管したら、時間が経つほど、なんだっけ?こく?が出るんだって」 「へぇぇ!そいつは楽しみだ!あ、じゃあ肉だけ買って帰ろうぜ。旨くてでっかいの」 「肉っ!やった!」 「パーシーに焼いてもらおう。あとケーキも買おう。なんつーの?ホール?あの丸っと1つのやつ。3人で食べればいい」 「僕、苺のやつがいい!」 「お。いいなぁ。栗のも捨てがたいけどな」 「あ、栗もいいなぁ」 「ケーキ屋でとりあえず見てみよう」 「うんっ!」 カーラが嬉しそうにケリーと繋いでいる手を振った。病院の帰りに少し遠回りして、美味しいケーキ屋に寄り1ホールの苺が沢山のったケーキを買って、肉屋に寄って1番いい肉を3人じゃ食べきれそうにない量を買った。重たい荷物を持って家に帰る。 ケーキと肉を魔導冷蔵庫に入れた。パーシーが帰ってきたら、きっと驚く。ケリーはカーラと顔を見合わせて、悪戯っぽく笑った。 帰ってきたパーシーに肉の塊とホールケーキを見せるととても驚いていた。ケリーが完治したことを伝えると、パーシーもすごく喜んでくれた。パーシーはいそいそとエプロンをつけて、かなりデカい肉を切り分け、ステーキにしてくれた。味付けは塩コショウだけだが、上等な肉だからか焼き方が上手かったのか、めちゃくちゃ旨かった。かなりの量の肉を3人で食べてしまった。パーシーがくれた杏の酒も旨く、意外と肉にも合った。ご機嫌なままケーキも食べて、食べ終わる頃には食べ過ぎて腹が苦しくなる程だった。 「カーラ。明日はアニーに乗って、ちょっと遠出しようぜ。やっとアニーも走らせてやれる」 「やった!乗るっ!」 「前に乗せた時は歩くだけだったからな。今度は少し走らせてみよう。ちと寒いが、馬を走らせると気持ちがいいし、楽しいぞ」 「楽しみっ!父さん!明日おにぎり作ってよ!」 「いいよ。水筒も用意しなきゃね。温かいお茶がいいかな」 「そうだな。最近また冷えてきたしな。馬に乗ってたらそれなりに身体も温まるが、降りた後がな」 「ふふーっ。ケビンに自慢してやろ」 「はははっ」 ケビンは年末はずっと家の手伝いである。ケビンの家の家具屋は、年越しの時に家の玄関に飾るものも作っている。玄関飾りはだいたい毎年替えるものなので、年越しの日までは毎年ケビンの家は修羅場になる。ケビンは手先が器用だし、家具職人である祖父や父親のガーナから戦力として扱われている。 新年を迎えるまでケビンとは遊べないカーラは、少しつまらなそうだったので、ちょっとした気分転換だ。ケリーも久しぶりにアニーに乗りたいし。 わいわい話ながら夕食の後片付けをして、カーラから先に風呂に入らせ、ケリーはパーシーが風呂から上がってから最後に風呂に入った。明日の朝から日課も再開できるし、洗濯だろうが、掃除だろうが、アニーの世話だろうが、なんだってどんと来いだ。湯船に浸かってゆっくり身体を温めると、ケリーは手早く着替えて風呂のお湯を抜いて風呂掃除を手早くやった。 風呂から出てきた頃には、カーラは『明日があるから早く寝るっ!』と言って、自室に引き上げた。パーシーはカウンターの所に椅子を運んでそこに座り、温かいチャイを飲んでいた。スパイシーな甘い香りがする。ケリーはパーシーの隣に座り、風呂上がりに飲もうと思って残していた杏の酒をグラスに注いだ。少し口に含むだけで、軽やかな甘さが口の中に広がり、杏の爽やかな甘い香りが鼻を抜ける。実に旨い。 「そのお酒、結構色んな飲み方があるらしいですよ」 「色んな飲み方?」 「氷を浮かべたり、お湯で割ったり、炭酸水で割ったり。浸けてある杏を取り出して刻んでケーキに入れたりとか」 「へぇぇ」 「家からはかなり離れているんですけど、中央の街方面とは反対側の街の入り口近くに、杏の酒の専門店があるんですよ。そこで杏の酒とか杏を使った加工品が販売しているんです」 「ほう。じゃあ明日はそこに行こうかな。ぐるっと街の外周をアニーで走って、そこで買い物して、またぐるーっと走って戻ればいい」 「カーラも一緒でアニーは大丈夫ですか?」 「カーラはまだ全然軽いからな。まるで問題なしだ」 「……この間は買わなかったんですけど、杏のカップケーキがあるんです。僕は子供の頃、ものすごくそれが好きで。たまに父からお小遣いをもらえると、いつも結構距離がある街の入り口まで走って行ってましたね」 「ここは中央の街方面の入り口には、まぁそこそこ近いが。反対側は結構遠いだろう?」 「えぇ。子供の足では家からだと2時間半は余裕でかかりますね」 「いつも、そんなに走ってたのか?」 「はい。好きだったんですよ。本当に」 「どんだけだよ。なら明日の土産はそれで決まりだな」 「いいんですか?」 「おー。旨いんだろ?」 「はい。すっごく」 「じゃあ買って帰って3人で食おうぜ。明日の夜のデザートだ」 「ふふっ……楽しみです。すごく」 パーシーが嬉しそうに微笑んだ。ここに住み着き始めた頃よりも、なんだか最近パーシーはよく笑うようになった。初めて会った頃も笑っていたと思うのだが、その時の笑顔とは少し違う気がする。よく分からないし、うまく表現できないような微妙な違いだ。でも、ケリーは今のパーシーの笑い顔の方がいいと思っている。 パーシーは明日も仕事だし、ケリーも明日はカーラを連れて遠出だ。いつもより少し早めに部屋に引き上げた。 ベッドに潜り込んで、ケリーは大きく欠伸をした。パーシーが喜ぶなら杏のカップケーキは沢山買おう。他にもパーシーが好きそうなものがあったら買ったらいい。カーラと一緒に選べば間違いない筈だ。明日が楽しみだ。 ーーーーーー いよいよ年越し前日である。 パーシーが年末年始の休みに入ってからの2日間は3人とも忙しかった。何せ、ほぼ全ての飲食店や食料品や日用品を扱う店が年明け7日まで休みになるのだ。店が再開するまでの間に必要なものを買いだめしないといけない。パーシー、ケリーとカーラの2組に分かれて、メモを見ながら必要なものを買いに行った。生物も乾物も日用品も買わなくてはいけないので、いくつか店をハシゴしては家に帰り、買ったものをしまって、また買い物に出るという感じの2日間であった。 年越し前日の今日は、朝早くから1日かけて家の大掃除をした。夕方近くになって漸く掃除が終わり、最後にケビンから貰ったケビン作の玄関飾りをつけた。 「よし。なんとか無事年越しの準備が終わりましたね」 「おー。意外と忙しかったな」 「毎年こうだよ。今年はおっちゃんがいたから少し楽だった」 「そうかー。ははっ。仕事じゃない年越しなんて初めてだわ」 「子供の頃は?」 「父親は仕事だったからな。まぁ、基本1人だよな。使用人にも家族がいたし。年越しは家族で過ごすもんだからなぁ」 「……もしかして、まともな年越ししたことないんですか?」 「ないな。子供の頃は年末年始の休みは、いっつも1人で1日中家で本読んでた。飯は使用人が年明け7日の分まで用意してくれてたしな。まぁ、小学校に入学する前はどうだったかは記憶にないが。飯をよ、作り置きして冷凍してくれてたんだわ。食べる時は魔導レンジで温めればよかったし。見張りのいない年越しの日から7日間だけはキツい日課をサボれたからな。子供の頃は年末年始の休みがすげぇ好きだったな」 「……ケリーさん。年越しパーティしましょうか。3人で」 「さんせい!」 「お。いいなぁ。なに?世間一般のご家庭では年越しの時にパーティすんのか?」 「各ご家庭によります」 「ふーん」 「うちはいつもより豪華な食事を食べて、ダラダラ新年になるまで起きといて、ちょっとだけ仮眠してから朝日を見に行くんです」 「朝日?」 「新しい年の最初の太陽ですからね。カサンドラは農業が盛んですから。よい太陽の恵みを得られますようにっていう、まぁ、願掛けのようなものです」 「なるほど」 「あとはカサンドラにもある土の神の神殿にも詣でますよ。1年の無病息災を祈るんです。いやまあ、祈るのは何でもいいんですけどね。土の神は愛と豊穣を司りますから、縁結び的なのを祈ったり、子宝を祈ったりと様々なんです」 「ほー」 「おっちゃん。新年のお祈りもしたことないの?」 「ないな。警備をしてるか、不測の事態に備えて詰所で待機してたし」 「おっちゃんさー。なんか長生きしてても、やったことがないの多いな」 「……そうだな」 「これからしていけばいいんですよ。一緒に」 「ははっ。そうだな」 「そろそろ寒いし、中に入りましょう。明日も昼間は忙しい。ご馳走とパーティの準備がある」 「僕、飾りつけやる!色紙あるし!おっちゃんも手伝ってよ」 「おーう。任せとけ。やったことないけどな!」 「はははっ。じゃあ僕は1日ご馳走の仕込みかな」 「旨いの頼むぜ」 「頼むぜー」 「りょーかい」 カーラから色紙の飾りの作り方を聞きながら、家の中に入った。ケリーはそんなに手先が器用な方ではないが、カーラに教えてもらえば多分できる筈だ。 仕事以外で誰かと過ごす年越しは、記憶にある限り、本当に初めてである。ケリーは明日が楽しみで楽しみで仕方がなかった。

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