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第10話年越し
朝からカーラに教えてもらいながら色紙で飾りを沢山作り、カーラと2人で1階を飾りつけした。飾りつけは昼頃には終わり、中々いい感じにできた。
パーシーが作った昼食を食べた後は、ご馳走を作るパーシーの手伝いだ。
ケリーは以前よりも少し慣れた手つきで蒸かした芋の皮を剥いていた。ケリーはカーラが味付けする芋のサラダが好きなので、ちゃっかり作ってもらうのだ。今回はちゃんと芋が熱いうちにキレイに皮を剥くことができた。芋をフォークで潰して冷やしている間に、カーラと手分けしてサラダに入れる他の具材を切る。
パーシーは丸っと1羽の鶏肉の腹に色んなものを詰めていた。この時期には皆年越しや年明けの日にご馳走を作るから、内臓を処理してある中身が空っぽなまるごと1羽の鶏肉が売っているのだそうだ。鶏肉の腹の中に香草や野菜を詰めて、表面には塩コショウを擦り込んでからオーブンで焼く。結構デカい鶏をまるごと1羽焼くなんて、めちゃくちゃテンションが上がる。副団長時代はそれなりに仕事でパーティーにも参加しなければならなかったので、鶏の丸焼きなど見慣れていたし、他にも本職の料理人が作る豪華な料理の数々にも慣れていた。しかし、一般家庭のご馳走とはケリーは縁がなかった。作る過程を見たこともないし、こうして誰かとワイワイ話ながらパーティーの準備をしたこともない。なんだかパーティー本番前からすごく楽しい。
ケリーはご機嫌にゆで卵を包丁で刻んだ。
料理が全て完成したのは、いつもの夕食の時間よりも少し早い時間だった。熱々の出来立てがいい、ということで、少し早いがパーティーの始まりである。
「はい。今年1年お疲れ様でした」
「おつかれ」
「おつかれー」
「「「かんぱーい」」」
3人で乾杯して、ケリーは以前行った時に杏の酒専門店で買っておいた年代物の杏の酒を口に含んだ。豊かな香りが鼻を抜ける。旨い。パーシーとカーラは林檎ジュースだ。パーシーが鶏の丸焼きを早速切り分けてくれる。焼きたての鶏の丸焼きは皮はパリパリ中はジューシーでかなり旨い。香草の香りもいい。
「旨いなこれ」
「昔、亡くなった父から教えてもらったんです。うちは毎年年越しの日にはこれを作るんですよ。骨や余った肉は翌日に煮込んでスープにして、それで雑炊にするんです」
「それ絶対旨いやつだろ」
「めちゃくちゃ旨いぜ。おっちゃん」
「明日が楽しみだな」
カーラと一緒に作った芋のサラダも旨いし、この時だけしか作らないというパーシーが作ったレーズンと胡桃たっぷりのパンも旨い。野菜が沢山のミネストローネもいい味だ。他にもいくつも食べきれない程の数の料理が大きなテーブルに並んでいる。
「はははっ。うちは年越しの日にいっぱいご馳走を作って、翌日以降は余ったものをリメイクして食べるんですよ。ミネストローネならカレーにしたりとか」
「へぇー。今でもこんだけ旨いんだ。カレーにしても旨そうだな」
「米でも旨いけどさ。このパンにつけて食っても旨いんだよ。おっちゃん」
「いいなぁ」
「デザートもあるし、ゆっくり食べましょう」
「「はーい」」
今年の出来事を話ながら、3人でゆっくり食事を楽しむ。話題は尽きることなく、ケリーは旨いご馳走と楽しい会話に酒が進んだ。気づけばもう普段は寝る時間になっていた。流石にもう腹がいっぱい過ぎたので、3人でざっとテーブルの上を片付けた。残っている料理は鍋に戻したり、魔導冷蔵庫に入れ、パパッと皿を洗ってしまう。風呂の用意を済ませると、ケリーはいいことを思いついた。
「なぁ。3人で風呂に入らないか?」
「は?」
「へ?」
「今年最後だしよー。ここの風呂デカいから3人でも入れるだろ」
「えぇー」
「え?え?」
「なぁなぁ。いいじゃん。カーラ、頭洗ってやるぞ」
「おっちゃん、酔ってるだろ」
「酔ってないぞ。俺はそこそこ酒に強い」
「酔っぱらいは皆そう言うんだよ。まぁ、別にいいけど」
「カーラっ!?」
「いいじゃん、父さん」
「いやでもねっ!?」
「ん?ダメか?」
「…………い、いいです、けど……」
「おーし。じゃあ、風呂行こうぜー」
「はぁーい」
「あ、はい」
ケリーはご機嫌に1度自室に着替えを取りに行った。そういえばカサンドラに来てから公衆浴場を利用したことがない。サンガレアは温泉地で、あちこちに温泉が湧いている。水源が豊かなので、申請して許可が下りれば、一般家庭にも温泉が引けるのだ。宿屋をしていたパーシー達の家の風呂の湯は温泉で、しかも中々に浴槽も洗い場も広い。家で温泉にゆっくり入れるから、街にある公衆浴場に行く必要性をまるで感じていなかった。どうせ男3人なのだ。別に一緒に入ってもいいだろう。きっと楽しい。
ケリーはウキウキと1階にある風呂場に移動した。
脱衣場でケリーはポカンとしていた。目の前のことがうまく脳ミソで処理できない。ケリーは驚きすぎてぷるぷる震える指でカーラを指差した。
「カーラ……」
「なに?おっちゃん」
「おま、おま、おま……」
「おま?」
「お、お前さんっ!女の子だったのかよっ!!」
「そうだよ?本当に気づいてなかったんだね」
「はぁぁ!?ちょっ、パーシー!!」
「……気づいてないんだろうなぁ、とは思ってました」
「言ってくれよっ!!そういうことはよぉっ!!」
「えー?普通自己紹介で自分は女の子です、とか言う?」
「いや言わないけどもっ!だ、だってほら!髪が短いし!『僕』って言うし!スカートなんか穿いてるとこ見たことないし!」
「一人称は言葉を覚える頃に僕の真似しちゃって……まぁ大きくなったら自然と『私』って言うようになるかなって、特に直さなかったんです」
「今時女でも普通にズボン穿くぜ。おっちゃん」
「え?そうなのか?俺が子供の頃は皆女はスカートばっかだったぞ?体育の授業の時以外」
「いつの話だよ、それ」
「髪は小学校に入学するまでは伸ばしてたんですよ。でも邪魔くさいって自分で切っちゃって」
「だって毎朝めちゃくちゃ髪が絡まるんだもん。櫛やんのもめんどいし。父さんだって、ちゃんと髪結えないじゃん」
「え、えぇぇぇ……?」
「とりあえず賭けは父さんの勝ちだぞ。カーラ」
「あっ!そうだった!!くっそ!忘れてた!!えぇー!もお!おっちゃんのせいで負けたじゃん!」
「は?賭け?」
「おっちゃんが今年中に僕が女だって気づいたら父さんの勝ちで、気づかなかったら僕の勝ち。もうー。1ヶ月分のお小遣い賭けてたのにぃ」
「いや、賭けんなよ」
「はははっ」
「いや、はははっじゃなくて」
「まぁ、いいや。さっさと入ろー」
「ん!?ちょ、ちょっと待て。女の子じゃん!お前さん女の子じゃん!」
「そうだけど」
「な、7歳以上は風呂は男女別だろっ!?」
「え?おっちゃん、子供にハァハァするとかいう変な人?」
「んなわけあるか」
「じゃあ、いいじゃん。それ街の公衆浴場の決まりだろ。ここ家じゃん」
「いや、そうだけど」
「身体が冷えちゃうから入りましょうか」
「あ、うん」
「おっちゃん、頭洗ってー」
「あ、うん」
ケリーは驚きすぎて、すっかり酔いが醒めた。本当の本当にカーラは男の子だと思っていたのだ。いや確かに、なんか女の子っぽい名前だなぁとは思ったのだ。でも人様の名前をどうこう言うのは失礼だし、女の子は基本的に髪が長いのにカーラは肩のあたりまでしか髪の長さがないし、毎日ズボンだし、毎日洗濯する下着だってボクサータイプである。完全に男だと思っていた。
ケリーは小さく溜め息を吐いた。完全に自分は間抜けである。ケリーは驚きすぎて、なんかもういいかぁ……、という心境になり、普通に脱衣場から洗い場に移動してカーラの髪と背中を洗ってやり、カーラに背中を洗ってもらって、広い浴槽に3人でのんびり浸かった。
酔いが醒めたので風呂上がりにまた酒を飲みつつ、3人でカードで遊んでいると、そろそろ日付が変わる頃である。日付が変わる直前にはパーシーの目覚まし時計をテーブルに置いて、3人で動く針を見ながらカウントダウンした。
日付が変わった瞬間、3人で『新年おめでとう!』と言いながら、ハグをしあう。パーシーがどうせだから3人で仮眠しようと言い出し、3人で手分けしてマットレスや毛布、掛け布団などを1階の空いているスペースに運んだ。またケリーが真ん中である。温い、と言って、ケリーはまた親子サンドイッチの具にされた。両側からピッタリとパーシーとカーラにくっつかれる。
「おっちゃん、温い」
「筋肉あるからな」
「目覚ましかけとかなきゃ。朝日が昇る前には起きて移動しないと」
「どこに行くんだ?」
「街の高台です。そこだとキレイな朝日が見れるんですよ。ちょっと歩かなきゃいけないから……寝れるのは3時間くらいかな?」
「朝日見たら帰って寝るよ。いつも」
「なるほどな」
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみー」
「おやすみ」
ケリーは親子に挟まれたまま、眠りについた。
大音量の目覚まし時計に起こされ、覚醒していないパーシーをなんとか着替えさせてから、朝日を見るために暗い道をカーラと手を繋いで歩いて街の高台を目指す。街の高台には朝日を見るために大勢の人が集まっていた。
じわじわと朝日が昇っていく。ケリーはこんなに美しいものを見るのは初めてだった。朝日が昇ると、パーシーに手を握られた。
「今年もよろしくお願いします。ケリーさん」
「おう。よろしくな、パーシー。カーラも」
「よろしく、おっちゃん」
帰りはカーラがうとうとし始めたので、ケリーがカーラをおんぶして帰った。家族連れで賑わう道を歩き、家に帰りつくと、また3人で昼過ぎまで1階で一緒に寝た。
天井を見上げ、2つの穏やかな寝息を聞きながら、自分でもうまく表現できない思いが込み上げる。多分、幸せってこういうことなんだろうなぁ、とぼんやり思いながら、両側からくっついている温かな体温に誘われて、ケリーも静かに目を閉じた。
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