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第11話春がきた

カサンドラに春がきた。 家の中庭にカーラと蒔いた花の種は順調に育ってくれ、中庭は様々な色の花で賑やかなことになっている。小さな蝶々も飛び交う中庭でケリーが毎朝の日課を終えると、カーラが中庭に面した廊下の窓から顔を出した。 「おっちゃん。朝飯できたって」 「おーう。今行く」 ケリーはズボンのポケットに無理矢理突っ込んでいたタオルで頭と顔の汗を適当に拭いた。もう小学校の卒業式も終わり、カーラは学年が1つ上がった。カーラは冬の間にまた少し背が伸びて、先日服を買いに行ったばかりだ。女の子だと年越しの日に発覚したカーラは、今もまんま男の子のような格好をしている。単純に楽だからだそうだ。話し言葉は男所帯で育ったかららしい。カーラの祖父にそっくりだとパーシーが苦笑していた。服を買いに行った時に聞いたのだが、今は女児用の下着も種類が豊富で、普通にボクサータイプもあるのだとか。一般的な形のパンツよりもボクサータイプの方が楽らしい。 パーシーが作った朝食を食べて、片付けをすると、ケリーは仕事に行くパーシーと学校に行くカーラを玄関先で見送った。カーラはケビンと合流するなり、2人で元気よく学校に向けて走り出した。元気なことはいいことだ。 ケリーは元気な子供達を眺めた後に家に入り、洗濯をして、アニーの世話をした。昼間は時間があるしアニーを走らせてやりたいが、カーラがいないと確実にケリーは迷子になる。多分50年もすれば完全にカサンドラの街に慣れて迷うこともなくなるだろうが、ヘタしたらその頃にはもう死んでいる。それだけケリーの方向音痴は筋金入りなのである。カーラが帰ってくるまで暇なので、のんびり家の細かい所までチマチマ掃除をして、家から目と鼻の先の宿屋の食堂で昼食をとる。流石に家から4軒しか離れていない家からも見える場所には迷わず1人でも行ける。午後からはのんびり日向ぼっこしながらパーシーの本を読み、子供達が帰ってきたら一緒におやつを食べて、宿題をみてやる。夕方になるとケビンが帰るので、その後はカーラと2人で洗濯物を取り込んで畳む。パーシーが帰ってきたら夕食を作って、3人で会話をしながら一緒に食べる。 代わり映えしないが、穏やかな日々の生活にケリーは満足している。 ある日のこと。 学校から帰ってきたカーラが2枚の紙をケリーに見せた。 「『家庭訪問の案内』と『教室案内』?家庭訪問ってあれだろ?担任の先生が家に来るやつ。こっちの『教室案内』は……あぁ。体験教室やらの案内か。確かケビンは木工細工の教室に通ってるんだったな」 「そうそう。おっちゃん、暇だろ?なんか通わないかと思って」 「おー。いいな。あ、でも平日は無理だぞ。間違いなく1人じゃ教室やってる場所までたどり着けん」 「あ、それがあったか」 「んー。どうせだ。一緒になんかやるか?金なら俺が出すし」 「いいよ。何にする?」 「そうさなぁ。……あ、料理教室があるな。他には特にピンとくるもんもないし、俺が料理ができるようになったらパーシーが休みの日に空きっ腹抱えて待たずにすむな」 「それだ!それにしようよ」 「毎週日曜日の午前中か。昼飯にもちょうどいいな」 「うん。父さんに今夜言ってみる」 「そうだな。で?『家庭訪問の案内』ね。あー……うちは来週か。毎年どうしてたんだ?」 「父さんが仕事休んでる」 「んー。まぁ、パーシーもいた方がいいよなぁ」 「別におっちゃんだけでもよくない?」 「いや俺小学校のことは、よく分からんし。何年前だと思ってるんだよ。俺が小学生だったの」 「ちょー大昔」 「うりゃ」 「うぎゃ!やめてよ!」 ケリーはちょっと生意気なカーラの頭をわしゃわしゃ撫で回した。カーラの癖のある髪はぼさぼさになった。ケリーは自分の家庭訪問の記憶なんて、昔過ぎて欠片も残っていない。なんの話をするのか、サッパリ分からない。 「両方ともパーシーに見せなきゃな」 「うん」 「お。家庭訪問期間は早く帰れるのか。んー。ケビンも一緒にアニーと出かけるか?まぁ、昼からだから時間は短いが」 「行くッ!」 「おー。担任の先生は……前に言ってたハボック先生か。あ、そうか。基本的に持ち上がりだもんな」 「うん。隣のガミガミ煩いじいちゃん先生じゃなくてよかったよ。ハボック先生、面白いし」 「ふーん。まぁ学校は少しでも面白い方がいいよな。ほぼ1日いるんだし」 「うん。あ、おっちゃん。今日も算数の宿題出た」 「お、そうか。ケビンが来たらおやつ食べてからやろう。今日はこないだ買っといたマドレーヌだぞ」 「よっしゃ!」 嬉しそうな顔をしたカーラの頭をもう1度撫で、ケリーはちょうどやって来たケビンの分まで、お茶とお菓子を用意した。 ーーーーーー カーラの家庭訪問の日がやって来た。今日はパーシーは休みをとり、朝から2人で家の掃除をした。ケリーは思いつきで、ちょっと洒落たグラスに水を入れて、中庭の花をいくつか摘んでテーブルに飾った。 「パーシー。家庭訪問ってなんの話をするんだ?」 「んーと。主に家庭環境の話ですね。あとは子供の学校での様子とか。うちみたいに片親1人の家庭もありますし、そうなるとどうしても学校行事に全て参加できるわけじゃないですから」 「学校行事」 「年に3回だけですけど参観日とか。あとは夏休み前に保護者も参加の遠足があるんです」 「あ、そういや秋の豊穣祭の前に運動会もあったな」 「そうですね。まぁ、学校行事は年に何回かなので、僕は仕事を休めますし。でも休めない保護者もいますからね。親の仕事のことも少し話すんですよ」 「へぇー」 「もっとも、ハボック先生は入学した時からずっと担任の先生ですから。うちの家庭事情は分かってますし。多分貴方の話だけで終わりですよ」 「ん?俺?」 「はい。下宿してもらってますからね。一緒に住んでますので、一応先生にも言っといた方がいいんです」 「あぁ。なるほどな」 パーシーと2人で昼食の支度をしていると、カーラが学校から帰ってきた。家庭訪問期間は学校給食もない。子供達は皆各家庭で昼食をとる。今日はパーシーに作ってもらうが、家庭訪問期間に入ってからは、カーラに連れて行ってもらって、街中の飲食店で昼食を楽しんでいる。 「ハボック先生さ。ケビンの家に行ったら次はうちに来るんだって」 「ふーん。面白い先生なんだろ?若いのか?」 「オッサン」 「いやいや、カーラ。ハボック先生、まだ30くらいだから」 「オッサンじゃん」 「……いや、父さんと多分そんなに歳が変わらないんだけど……」 「完全にオッサンです」 「ひどい」 ケリーはパーシーとカーラの会話にニヤニヤしながら、昼食の焼き飯と野菜と卵のスープを食べきった。片付けを終え、1階のテーブルでカーラの宿題をみていると、玄関の呼び鈴が鳴った。ついにハボック先生とやらが来たらしい。 玄関で出迎えたパーシーと一緒にやって来たのは、中々に男前な男だった。背は低めだが、そこそこ身体を鍛えているのが服の上からでも分かる。 「お邪魔します。カーラさん。それと初めまして、ケリーさん。カーラさんから貴方のことはよく聞いています。担任のハボック・クインと申します」 「初めまして。ケリー・オズボーンだ」 パーシーがハボックに椅子を勧めて、4人での面談のようなものが始まった。ハボックはなんだか飄々とした雰囲気の男だ。 「ケリーさんはこちらに下宿をされているとか」 「あぁ」 「デリケートな話ですけど、カーラさんのもう1人のパパさんになるご予定とかは?」 「ねぇな」 「あ、そうですか。パーシーさんはお仕事にお変わりは?」 「特にないです」 「はい。了解です。んー……カーラさんなんですけど。去年の夏くらいから苦手な算数の宿題もきっちりやってくれてますし、他の教科の成績はいいですからね。今の調子で頑張ってくれると嬉しいですね。特に仲がいいケビン君以外にも友達もいるみたいですし、僕が見た限り特に問題はないですよ。カーラさんは学校で何か気になることとかあるかな?」 「えー?んー……今のところはない?あ、今年じゃないけどさ。来年から女子だけ化粧の授業やるじゃん。あれ絶対やらなきゃいけないの?」 「ん?小学校で化粧の授業すんのか?早くないか?」 「あー。女の子は中学校卒業したらすぐに結婚する子もいますからね。成人したら女性は化粧をするのが嗜みっていうのが世間一般の認識ですから。化粧に慣れる為にも、基本的な化粧の仕方は小学校高学年で教えるんですよ。他にも役所での諸々の手続きの仕方とかも教えますよ。ほら、結婚や子育てに関することとか、税金関係とか。本格的に教えるのは中学校でですけど、小学生のうちから基礎的なことは教えるんですよ。役所の役割とか、税金のこととか、諸々の仕組みを早いうちからしっかり理解しておくにこしたことはないですから」 「あー……なるほど。役所関係のはそういや習ったな」 「でしょう?ま、そういうことだからね。カーラさん。諦めて化粧の授業も受けてね」 「えぇぇぇぇ……」 「やー。女の子は大変ですよねぇ。はははっ」 「ハボック先生、笑い事じゃないんだけど」 「大丈夫!化粧なんて色塗りみたいなもんだし!多分ね!」 「先生化粧したことあんの?」 「ないね!」 「他人事だと思って……」 「いやほら、来年の話だからね。今年はのんびり他のことを頑張ろうね。料理教室にも通うんでしょ?」 「そう。おっちゃんと通う」 「いいことだと思うよ。子供のうちに何にでも挑戦してみなきゃね」 「はぁーい」 「じゃあ、特に問題ないですし。僕はこれで。お邪魔しました」 「あ、ありがとうございます」 「いえいえ。何かありましたら、カーラさんの連絡帳に気軽に書いてくださいね」 「はい」 「ハボック先生、バイバーイ」 「バイバーイ」 カーラ達に手を振って、ハボックは家から出ていった。カーラが話していた通り、なんだか面白そうな男である。無駄に堅物だったり、『先生』だからと偉そうな奴よりも余程いい。 カーラの担任の先生がハボックでよかった。カーラは1日の殆んどを小学校で過ごすのだ。できるだけいい人に囲まれている方がいい。 ケリーはそんな子持ちの親のようなことを自然と考えた。

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