12 / 30
第12話料理教室とパーシーの誕生日
ケリーはカーラと共に初めての料理教室へと来ていた。会場は中学校の家庭科室である。6つのテーブルがあり、そこに水道とシンクや魔導コンロがついている。
ケリー達以外にも参加者はいた。親子参加が2組と友達グループらしき中学生くらいの数人の女の子集団、同じく中学生くらいの少年グループがいる。筋骨粒々でゴツくてデカいケリーは若干浮いていた。
テーブルの所にある椅子に座って、講師の先生を待っていると、部屋のドアが開いて1人の人物が入ってきた。
「お待たせしましたーん。講師のキャシーちゃんでぇす」
なんかめちゃくちゃ濃いのがきた。
キャシーとやらは、キレイな化粧をして、春らしい淡い桃色のワンピースに白いフリフリのエプロンをしている。男である。それも中々にいい筋肉をしている男である。
「え、えぇぇぇ……」
「うわ。なんかすごいのきた」
ケリーとカーラは若干引いた。他の面子もざわっとしている。キャシーは素敵な笑顔で何枚かの紙を各々のテーブルに配って回った。
「はぁい。1年間よろしくねぇ。今配ったのはぁ、1年間の予定とぉ、今日のお料理の作り方よぉ。今日はぁ、超基本なお味噌汁と、家庭料理の定番で簡単な豚肉のしょうが焼きを作りまぁす。あとお米の炊き方ね」
野太い低い声を無理矢理高くしてるような感じの声である。うわぁ……と思いながら、ケリーは年間予定表を見た。見た感じ、簡単なものから徐々に難易度を上げていく感じで、年間予定自体はしっかりしている。今日作る予定のレシピも絵がついていて、とても分かりやすい。基本的な道具の名前や使い方、野菜や肉の扱い方も書かれており、更にちょっとしたコツもしっかりと書かれている。ただ講師に若干の不安を感じるだけだ。
「はぁい。じゃあ、始めまぁす。手はちゃんと洗ったかしらぁ?お料理をする時は清潔じゃないとダメよぉ。まずはお米の計り方からねぇ。あ、そこにも書いてあるけどぉ、今日のお味噌汁のお出汁は一般的な鶏肉を使うわぁ。干した魚はちょっとお高いしぃ、豚肉でも別にいいけどぉ、鶏肉の方がお安いものぉ。この教室ではぁ、ご家庭での簡単お手軽お安いお料理を教えまぁす」
サンガレアは内陸地である。川があるので川魚は一応あるが、海産物は基本的に乾物しか出回らない。その乾物も結構値段が高いので、一般の家庭ではあまり使われない。パーシーもいつも安い鶏肉で味噌汁を作っている。
なんとなく講師に不安を感じつつ、調理が始まった。話し方がなんというか、ねちっこいが、キャシーの説明はとても分かりやすかった。魔導炊飯器で米を炊き、味噌汁を作っていく。味噌を入れる前の段階まで味噌汁を作ったら、今度は豚肉のしょうが焼きだ。
ケリーはいつものようにカーラと協力しあいながら、黙々と真面目に授業を受けた。
完成した料理は中々上手くできていた。キャシーにも手際がいいし、上手にできていると褒められた。ケリーは子供の頃から褒められ慣れていないので、なんだか褒められるとむず痒くなる。それでもじんわり嬉しい。
後片付けまでして、貰ったレシピが書かれている紙を失くさないように大事に鞄に入れてから、カーラと手を繋いで家へと帰る。
「なんかもう、めちゃくちゃ濃かったな」
「うん。あんな面白い人初めて見たよ、僕 」
「でも分かりやすかったし、結構良さそうだったな」
「うん。全部旨かったし」
「次は春野菜のシチューか。楽しみだな」
「うん。ニンジンは抜きたいけどね」
「相変わらずニンジンが駄目だな、カーラ」
「だって旨くないし」
「んー。まぁ、大人になれば旨いと感じるようになるんじゃねぇか?」
「えー?ならないよー」
「まぁ、味覚は変わるって言うしな。実際、子供の頃食えなかったもんが大人になると食えるようになるしな」
「ふーん。あ、そうだ。来週さー、父さんの誕生日なんだ」
「ん?そうなのか?パーシーは春生まれか」
「僕もね。誕生日が10日しか違わない。僕のが後」
「おー。なら祝いをせんとな」
「去年はさ、誕生日のプレゼントはマグカップを渡したんだ。ケビンと一緒に1日だけの体験教室に行って作ったやつ」
「へぇ。今パーシーが使ってるやつか?」
「あれは買ったやつ。使ってうっかり割ったら泣いちゃうからって、僕が作ったのは部屋に飾ってる」
「あ、あー。あるな、そういや。パーシーの部屋に。何でマグカップを飾ってんのか不思議だったんだわ」
「今年はプレゼント何にするかまだ決まってないんだよ。おっちゃん、何か思いつかない?」
「えー?んー?そうだなぁ……」
「できたら手作りで、僕のお小遣いでも大丈夫なやつがいい」
「んー……あ、栞はどうだ?」
「栞?」
「パーシーは本をよく読むし、確か、なんだっけ?押し花?それで栞を作ればいいんじゃねぇか?確か半日の体験教室あったよな」
「あ、あー……あったね」
「俺も一緒に行くわ。パーシーには世話になってるしな」
「うん。じゃあ今年は栞にする」
「パーシーには当日まで内緒な」
「勿論。そういや、おっちゃんは誕生日いつなの?」
「秋の豊穣祭の少し前だな」
「えっ!?言ってよ!去年お祝いしてねぇじゃん!」
「んー?いや、誕生日祝うような歳でもねぇし。つーか子供の頃から祝ってもらったことねぇから普通に忘れてた」
「えぇー……今年は絶対お祝いすっからな!去年の分も!」
「……ははっ。ありがとな……」
なんだか腹の底がムズムズする。嬉しいのだと思う。ケリーは誕生日なんて祝ってもらったことなんてない。ケリーの誕生日も祝うのが当然といった風のカーラの気持ちが嬉しい。
具体的にいつパーシーへのプレゼントを作りに行くか話しつつ、ケリーはカーラと繋いだ手をご機嫌に振った。
ーーーーーー
パーシーの誕生日の数日前に、半日の栞作り教室へとカーラと共に行った。ちょうど花が多く咲いている季節だから、押し花を使った栞を作った。我ながら中々に上手くできたと思う。
パーシーの誕生日の朝。
覚醒したパーシーにカーラと2人で手渡すと、パーシーはとても喜んでくれた。嬉しそうにはにかんで笑い、そっと優しく大事そうにケリーとカーラが作った栞を撫でた。
「ありがとう。大事にするよ」
「折角使えるものを作ったんだよ。使ってよね、父さん」
「んー……うっかり失くしたら確実に泣いちゃうしなぁ」
「そんときゃ、また作ればいい。作り方は覚えたしな。なぁ、カーラ」
「そうそう」
「……ふふ。ありがと」
パーシーはいそいそと通勤用の鞄から本を取り出して、2つの栞を本に挟んだ。
「帰ってきたら今夜は飯を食いに行こうぜ。俺の奢り。ケーキも買っとくし」
「ありがとうございます。ケリーさん」
「誕生日おめでと。父さん」
「ありがとう。カーラ」
「30代突入だね。オッサンの仲間入りじゃん」
「いやいや。まだまだ父さん若いから。まだまだ父さんピチピチだから」
「その言い方が既にオッサンっぽい」
「ひどい」
「ははっ。ほら、そろそろ2人とも行かないと遅刻するぞ」
「「あっ!」」
「いってきます」
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
ケリーは慌てて家を出た2人を玄関から見送った。家の中に入り、手早く洗濯と掃除を終わらせると、ケリーも1人で家を出た。
その日の夜。
どうせなら普段食べない旨いものを、ということで、ケリーはカサンドラで1番人気の高級店にパーシーとカーラを連れていった。道案内はいつもの如くカーラに頼んだが。
昼間にガーナに協力してもらって、2人用と自分用のキチッとした服を用意しておいたのだ。カーラはスカートは嫌がるかもしれないと思い、子供用のスーツにしておいた。パーシーにもそれなりに上等なスーツを用意し、ケリーも久しぶりに質のいいスーツを身につけた。パーシーは背が高くかなり細いから、パーシーに合うサイズがあるか不安だったが、なんとか見つけた。少し袖がだぼついているが、許容範囲内である。
個室に案内してもらったので、マナーを気にせず、めちゃくちゃ旨い料理をのんびり楽しめた。ケーキも買って、家の魔導冷蔵庫に入れてある。
家に帰って、3人でケーキも食べて、風呂にも3人で入って。カーラが今日は3人で寝ると言い出したので、1階にまたマットレスと布団を運んだ。
かなりはしゃいでいたので早々と寝てしまったカーラを横目に、ケリーとパーシーは各々飲み物を片手にのんびり小声で話をしていた。
「今日はありがとうございました。あんなに美味しいもの、初めて食べました」
「たまにはいいだろう?キチッとした格好すんのもよ」
「ははっ。個室じゃなかったらドキドキだったでしょうね」
「今回は既製品だったけどよ、1着仕立てるか?お前さん手足が長いし」
「着ることがないですよ」
「誕生日に着ればいいだろ。……それにいつかはカーラも結婚するしな」
「あー……まだあんまり考えたくないですねぇ」
「だぁよなぁ。あ!そうだった」
「なんです?」
「ほい。昼間のはカーラの付き合いだからよ」
ケリーはズボンのポケットから、ラッピングされた小さめの箱を取り出した。パーシーに部屋に引き上げる前にでも渡そうと思っていたのだ。うっかり忘れるところだった。
驚いて目をパチパチさせているパーシーに手渡す。
「えっ!?あの、いいんですか?」
「そんなに大したもんじゃねぇよ。普段使いできるレベルのもんだ」
「はぁ……開けても?」
「おー」
ケリーがパーシーに贈ったのは腕時計だ。パーシーが今使っているものは、革のベルトがもうボロボロになっている。うっかり失くそうが汚そうが壊れようが泣かないレベルの値段の、それでもその値段の中では1番使いやすそうでデザインもいいものを選んだ。
「腕時計……」
「お前さんのはベルトがボロボロだろ。仕事で毎日つけるしな。安心しろ。汚れようが壊れようが大丈夫な程度の値段だからよ」
「……値段じゃないですよ。貴方からいただいたっていうのが大事なんです」
「できたら使ってくれよ。使いやすさ重視で選んだんだから」
「勿体ない……」
「飾っとくだけの方が勿体ねぇよ」
「そうですけどね……ケリーさん」
「ん?」
「ありがとうございます。本当に大切にします」
「おー。……ははっ。なーんか照れくさいもんだな。でも俺も楽しかったよ。誰かの誕生日にさ、そいつのこと考えながらプレゼント選んで、ちょっと特別な食事とか考えたりしてよ。今までやったことねぇわ」
「その、恋人とかは?」
「んー……いたこともあるがなぁ。仕事優先してたからよ。すぐにフラれてたな。プレゼントもしてたけど、俺が自分で考えるっつーより、相手にねだられたもんを買ってやるって感じだったな。ふはっ。初めてかもな。こうやって何日も考えて店をいくつも回って、めちゃくちゃ真剣にプレゼント用意したの。ガーナに付き合ってもらったんだわ。俺1人じゃ道に迷うからな」
「……ありがとうございます。本当に。貴方の気持ちが1番嬉しい」
「そうかい。なーんかむず痒いな」
「ふふっ」
「明後日はパーシーは休みだろ?今度はカーラの誕生日がくるからよ。買い物付き合ってくれよ」
「はい。僕も用意する予定でしたし」
「カーラはまだ決まってないんだよなぁ。10歳の子が何を欲しがるか、いまひとつ分からんし」
「ふふふっ。あ、万年筆以外でお願いしますね。僕は今年は万年筆をプレゼントする予定なんです。もう去年から決めてたんで」
「お、そうか」
「えぇ。将来はどうなるか分かりませんけど、持っていて困るものでもありませんから」
「男なら仕事でも使えるしな」
「はい。女の子でも日記を書いたり、役所関係の書類を書いたり、使うこともあるかなぁ、と思いまして」
「んー……俺はどうすっかなぁ。カーラが喜びそうなもん……」
「明後日は朝から色んな店を回ってみますか?明後日見つからなかったら、その次の僕の休みの日に。僕は基本的に平日が休みですから、カーラの誕生日までに明後日含めて2回休みがありますし」
「おー。頼むわ。付き合ってくれ」
「はい」
「あ、もうこんな時間だ。パーシーは明日も仕事だし、寝るか」
「はい。時計を部屋に置いてきますから、先に寝ててください」
「おー。おやすみ」
「おやすみなさい」
ケリーは大事そうに両手で腕時計を持って自室へと向かうパーシーを見送り、布団を蹴っ飛ばしているカーラの隣に寝転がった。カーラに布団をちゃんとかけてやって、自分の身体にも布団をかけると、無意識なのか、カーラがすぐにピタッとケリーにくっついてきた。
温かい子供体温に誘われてうとうとしていると、パーシーが静かに隣に寝転がった。手に少しひんやりとした体温を感じた。ペンだこのある手で手を握られる。
ケリーはかさついたパーシーの手の感触になんとなく落ち着いて、そのまま眠りに落ちた。
ともだちにシェアしよう!