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第15話鋭い子供
パーシーは風呂上がりにのんびりカーラと2人で冷たいお茶を飲んでいた。
ケリーは今夜は不在である。ケリーがいつも昼食を食べている4軒隣の宿屋の主人に、一緒に酒を飲まないかと誘われたのだ。宿屋の主人は酒が大好きで、たまに酒好きな仲間を集めて1階の食堂で飲み会をしている。毎日のように通って宿屋の主人とすっかり仲がよくなったケリーはその飲み会に誘われ、パーシーも折角だから行ってこいと言って、ケリーを宿屋まで送り届けたのだ。帰りはケリー1人で帰ってくる。流石に重度の方向音痴のケリーでも、目と鼻の先にある見えている距離の家までに迷うことはない。ケリーはカサンドラの街に定住するのだ。親しい者が多い方がいい。
明日はパーシーは仕事だが、世間一般的には休日だ。カーラも当然学校は休みである。最近ケリーと2人で通い出した料理教室は明後日なので、ケリーが飲み過ぎて明日潰れていても問題ない。
冷たいお茶をチビチビ飲みながら、カーラが口を開いた。
「父さんさー」
「んー?」
「おっちゃんが好きだろ」
「……ごほっ。な、なんだ急に」
「僕は別におっちゃんがもう1人の父さんになってもいいよ」
「へぁっ!?」
「そしたら、おっちゃんはずっとうちにいるし」
「や、そ、その、だな、あの、だな……」
「好きなんでしょ。おっちゃん」
「す、す、す……そ、そりゃあ!好きか嫌いかの2択なら好きだけども!」
「なんでそんな極端な2択なんだよ。父さん頑張っておっちゃん口説けよ」
「えぇっ!?」
「だって父さんがおっちゃん好きなのバレバレだし。父さんさ、なんか駄々漏れだもん」
「うそぉっ!?」
「マジ」
「ま、まじで?」
「おっちゃんは気づいてないっぽいけど。まぁ、おっちゃん鈍いし」
「あ、よかった。気づかれてないんだ」
「よくないよ。気づかれなきゃ意味ないじゃん」
「い、いや、そうだけど……」
「父さんさー。自覚あるか知らないけど、特にここ最近ずーーーっとおっちゃんのこと見てるからな。僕が贈った誕生日プレゼントは使わないくせに、腕時計はずっと着けてるじゃん。それ、おっちゃんから貰ったんだろ」
「う、や、だって……いやほら!カーラだって毎日バレッタ着けてるじゃないか!それもケリーさんに毎日着けてもらってるし」
「自分じゃできないもん。それに使ってみたら意外と楽だし」
「あ、それはよかったね」
「うん。でもさ」
「うん」
「おっちゃんに髪をやってもらってる間、ずーっと父さんが羨ましそうに見てんのがいい加減鬱陶しい」
「ひどい。そ、それに別に羨ましくなんか……」
「いや、めちゃくちゃ見てるし」
「うっ」
「なんとか口説いてよね。おっちゃんを」
「そ、そんなこと言われても……あ、ほら。ケリーさんが男も大丈夫な人が分かんないし」
「聞けばいいだろ」
「うぐっ。そ、そうだけど……」
「おっちゃん、にぶちんなんだからな。父さんがぐいぐいーっといかないと、絶対無理だし」
「やー……でもなぁ……」
「物欲しそうに見てるくらいなら口説きなよ」
「……う、うまくいかなかったら、最悪ケリーさん出ていっちゃうじゃないか」
「うまくいくようにしろよ」
「あ、はい」
「秋のおっちゃんの誕生日までにはなんとかしてよね」
「えっ!?期限決めるの!?」
「じゃないと父さん絶対動かないだろ」
「うぐぅ……」
「つーか、こないだ同じ教室の子のお母さんに聞かれたし。『あの人独身かしら?』って」
「えぇぇぇっ!?」
「物好きは父さん以外にもいるんだぞ」
「そ、そんな……ちなみにその人美人?」
「それなりに。おっぱいもデカい」
「……僕、勝ち目なくない?」
「そこをなんとかしてよ」
「なんとかって言われても……」
「おっちゃんをとられるの嫌だからな。僕」
「僕だって嫌だけどぉ!」
「頑張れ父さん」
「……うぅ……はい…」
まさかのカーラからの言葉にパーシーはしょんぼりした。カーラがパーシーがケリーのことを好きなのに気づいていたのにも驚きだが、ケリーを狙っている(かもしれない)女の存在にも驚いた。それなりに美人でおっぱいもデカいなんて……。そんなのと比べられたら、ひょろ長いだけで特に見た目がいいわけでもない、単なるマーサ馬鹿のパーシーに勝ち目がある気がしない。そもそもケリーが男もいける方なのかも分からない。
カーラは言うだけ言うと、寝ると言って自分の部屋に行った。パーシーは頭を抱えた。ケリーを口説くってどうすればいいんだ。フリアの時はまぁ、デートに誘ったり、装飾品をプレゼントしたりして、告白して恋人になった。しかしケリーとはもう一緒に住んでいるのだ。今更デートに誘うのもなんだし、装飾品にはケリーは興味がない。女を口説くようにするわけにはいかない。パーシーは男を口説いたことがない。知り合いに男夫婦もいるが、その2人は子供の頃から幼なじみな関係でずっと仲がよく、男の口説き方を聞いてもあまり参考にならないかもしれない。そもそもこの歳でそんなことを聞くのは恥ずかしくて無理だ。
ぐるぐる考えながら、グラスの中のお茶を飲み干して、パーシーは自室へとフラフラしながら戻った。ベッドに潜り込んでも、ずっとケリーを口説く方法ばかり考え、結局その日は朝まで眠れなかった。
ーーーーーー
ケリーはご機嫌に酔って家に帰った。ちょうどパーシーが仕事に出る少し前の時間になっていた。
「おかえり、おっちゃん」
「おかえりなさい。どうでした?」
「おー。ただいまー。やー、めちゃくちゃ楽しかったわ。こんだけ酒飲んだの久しぶりー」
「うーわ。おっちゃんヤバい。酒臭い。煙草臭い。なんか臭い」
「ひでぇ。臭いとか言うなよー。カーラ」
「うわっ!酔っぱらい!くっつくな!」
「はははっ!」
ケリーは中々に酔っていた。ふわふわするし、なんだか意味もなく楽しい。猫の子のように嫌がってジタバタするカーラをぎゅうぎゅう抱き締めた。
「よっしゃ!風呂入るぞカーラ!」
「はぁ!?今朝だし!つーか、おっちゃんマジで酔ってるじゃん!」
「あ?酔ってねぇよ。俺は酒に強い!」
「酔ってるし!酔ってるし!」
「ケリーさん。お風呂は1度寝てからにしましょうね」
「えー?よし!じゃあ寝るぞカーラ!」
「僕もかよっ!やだよ!おっちゃん臭い!」
「はははっ!気のせいだー」
「気のせいじゃねぇよ!酔っぱらい!」
「パーシーはもう出るのか?」
「はい。いってきます」
「おー。いってらっしゃい。気をつけてな」
「はい」
ケリーはジタバタしているカーラを片腕でぎゅうぎゅう抱き締めたまま、笑顔でパーシーに手を振った。パーシーはちょっと笑って玄関から出ていった。にゃーにゃー騒いでいるカーラをぬいぐるみのように抱き抱えて、ケリーは自室に戻り、そのままベッドに直行した。
カーラの子供体温で急速に眠気が訪れる。ケリーは大きな欠伸を1つすると、そのまま深い眠りに落ちた。
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