季節は初夏になった。昼間はじわじわ暑くなり始め、ケリーは毎日半袖の服を着るようになった。カーラと一緒に春から通い始めた料理教室も、もう８回目である。 カーラと手を繋いで料理教室が行われる中学校の家庭科室に行き、今は講師のキャシーを待っている。 「おっちゃん。今日はなんだっけ」 「んー。確か鶏の照り焼きだっただろ」 「照り焼きってさー、地味に難しいんだよね」 「ん？そうなのか？」 「うん。焼きすぎたら肉がパサパサになるしさ、タレを入れて煮詰める時に煮詰めすぎたら飴みたいになる」 「へぇー」 「簡単だけど旨いの作ろうと思ったらコツがいる感じ。あと経験」 「なるほど。鶏の照り焼きかー。こうさ、刻んだキャベツと一緒に米にのっけてよー。ちょっと葱と唐辛子かけて照り焼き丼にしても旨いよな。甘辛いタレをいっぱいかけてさ」 「あー。いいねー」 「あ、そうだ」 「なに？」 「そろそろよー、俺もちょっと料理作るのに慣れてきただろ？」 「うん」 「パーシーが帰る前によ、２人で晩飯作らないか？きっとパーシー驚くぜ」 「いいねそれ！何作る？鶏の照り焼きは流石に嫌だよ？昼飯も鶏の照り焼きだもん」 「そうだなぁ……あ、前回習ったハンバーグはどうだ？上手くできてるってキャシーちゃんに褒められたし。挽き肉だけ買って帰れば、あとの材料は多分家にあるだろ？」 「いいね！僕ハンバーグ好き。でもニンジンのグラッセはいらない」 「旨いのに」 「どこが？代わりに付け合わせにジャガイモを炒めようよ。バターで」 「お、いいな。ちょっと茹でてからなら火も通るしな」 「そうそう」 「俺がやると千切りキャベツが極太になるからカーラやってくれよ」 「練習しないと上達しないだろ。おっちゃんがやりなよ」 「えー」 今夜のメニューを話していると、キャシーが教室に入ってきた。今日は淡い青色のワンピースである。半袖なので、露出している二の腕の筋肉がしっかり分かる。中々に逞しい。 「はぁい。今日もよろしくねぇ！今日のメインはぁ、鶏の照り焼きでぇす。あとはぁ、ジャガイモのスープとぉ、さっぱりなキュウリの酢の物よぉ。レシピを配るからねぇ」 キャシーがレシピを配り、今日の料理教室が始まった。ケリーはカーラと協力しながら、いつも通り真面目に授業を受けた。 鶏の照り焼きは少し焼きすぎてしまい、微妙な出来になってしまった。しかしジャガイモのスープはよく出来ているとキャシーに褒められた。キャシーは失敗しても、上手くできているところを見つけて必ず褒めてくれる。褒めて伸ばすタイプらしい。かなり濃い人物だが、講師としてはかなりいい人なのだと思う。 カーラと手を繋いで、満腹の腹を抱えて肉屋に寄って挽き肉を買ってから家に帰る。今日は雲１つない快晴で日射しが強いが、風があるから過ごしやすい。歩きながら、ケリーはくわぁと大きく欠伸をした。 「今、昼寝したら絶対気持ちいいよなぁ」 「豚になるぞ。おっちゃん」 「でもよー、風も気持ちいいじゃねぇか」 「まぁね。帰ったら１階で昼寝する？マットレス持ってきて。あそこが１番窓開けたら風が入ってくるし」 「おー。いいな」 「念のため目覚まし時計はセットしとこうぜ。今日は早めに洗濯物取り込んで、父さんが帰ってくるまでに晩飯作らないと」 「そうだな。へへっ。パーシーを驚かせてやらねぇとな」 「うん」 家に帰りつくと、１階の窓を全て開け、マットレスとシーツ、タオルケット、枕を運び、カーラと一緒に１時間だけ昼寝をした。カーラは一緒に寝る時はいつもケリーにくっついてくる。冬場は兎も角、もう暑いだろうに今日もくっついてきた。カーラは寝つきがいい。一緒にマットレスに寝転がると、すぐに寝息を立て始めた。カーラの子供体温が温いを通り越して少し暑いが、ケリーは気にせず、また大きな欠伸を１つして目を閉じた。 ーーーーーー 昼寝から起きて乾いていた洗濯物を取り込んで急いで畳むと、カーラと２人で厨房へ移動した。各々エプロンをつけて、手を洗い、材料を全て厨房のテーブルの上に出しておく。前回の料理教室で貰ったレシピもテーブルの上に置いてある。 「よし。やるかカーラ」 「おうともさ」 ２人揃って腕捲りをして、調理開始である。 ハンバーグと付け合わせ、野菜のコンソメスープとデザートに林檎をバターと砂糖とシナモンで炒めたものが完成した直後にパーシーが帰って来た。ケリーとカーラがエプロンをつけて厨房に立っているのを見ると、パーシーが目を丸くした。 「「おかえり」」 「ただいま。どうしたの？なんかいい匂いしてるけど」 「晩飯作った！」 「ハンバーグ！デザートに林檎も焼いた！」 「２人で？すごいね」 「パーシー。早く手を洗ってこいよ。ちょうど出来たばっかなんだ」 「熱々のうちに食おうぜ」 「ははっ。うん。楽しみだ。すぐに手を洗ってくるよ」 パーシーが嬉しそうに笑って、急いで手を洗いに行った。カーラと顔を見合わせて悪戯っぽく笑う。ちょっとしたビックリ大成功である。 料理を全て皿に盛りつけてテーブルに運ぶと、パーシーが戻ってきた。 「わ。すごいね。美味しそう」 「こないだはキャシーちゃんに褒められたんだよ」 「キャシーちゃんって講師の先生だよね」 「うん。女装してるオッサン」 「オッサンという程歳くってないだろ」 「いやあれ間違いなく化粧で誤魔化してるだけだし。実際父さんと同じくらいだぜ、多分」 「いやまだ父さんはオッサンじゃないから」 「３０は十分オッサンだし」 「ひどい」 「ははっ。まぁ、冷めないうちに食おうぜ」 「はい。いただきます」 「「いただきます」」 「あ、ハンバーグ美味しい。本当に美味しいよ。このソースも作ったの？」 「ウスターソースとケチャップと牛乳。あとハンバーグ焼くときに使った赤ワイン」 「え？牛乳入れるの？」 「「うん」」 「へぇー。美味しいね。お店のやつみたいだ」 「へへーっ。でしょー」 「簡単だけど旨いよな。キャシーちゃんのレシピ」 「あ、スープも美味しい。香りがいいね」 「ちゃんとローリエ入れて煮込んだんだよ。前に習ったんだ」 「へぇー。ローリエはシチューかポトフの時しか使わないもんなぁ。僕」 「葉っぱ１枚入れただけで全然違うよな。驚いたわ、俺」 「本当にそうですねぇ。ふふっ。美味しいです」 「ふふん。大成功だぜ、カーラ」 「やったぜ、おっちゃん」 「はははっ。林檎も美味しいなぁ。シナモンの香りがすごくいいね」 「これよー、バニラアイス添えても旨いよな。熱々の林檎にさ、バニラアイス」 「それ絶対旨いやつじゃん」 「次はバニラアイスも買っとこうぜ」 「うん」 ３人で中々上手くできた夕食を楽しんだ。片付けまできっちりやってから、３人で一緒に風呂に入ることになった。ご機嫌なパーシーが言い出したのだ。 ケリーは風呂で少し伸びたカーラの髪を洗ってやった。春の誕生日にバレッタをプレゼントしたら、思いのほか喜び、それ以来毎日バレッタを着けてくれている。カーラはまだ自分では上手く着けられないので、毎朝バレッタを着けるのはケリーの役目になった。カーラはバレッタがもっと使いやすいように髪を伸ばすと宣言した。なんだかそこまで喜ばれると、嬉しいが照れくさい。パーシーもケリーが贈った腕時計を毎日使ってくれている。もうすっかり新しい腕時計はパーシーの腕に馴染んでいる。パーシーの腕を見る度に、なんだか嬉しくて腹の底がむずむずする。 ３人でのんびり温泉に浸かって、風呂から上がると着替えてからケリーは風呂を洗った。カーラも手伝ってくれる。風呂掃除が終わって１階のテーブルがある所に行くと、パーシーが空いているスペースにマットレスを運んでいた。どうやら今日は３人で寝るらしい。少しずつ暑くなりつつあるが、ケリーは３人で寝るのが好きなので多少暑くても気にならない。誰かと一緒に寝るなんて１００年以上なかったので、パーシーとカーラと一緒に寝るのが心地よくて好きなのである。なんだか落ち着いて、とても熟睡できる。 ケリーは少し酒を、パーシーとカーラは氷を浮かべた冷たいお茶を飲んでから、少し早いがシーツを敷いたマットレスに３人で寝転がった。すかさずカーラがくっついてくる。腕枕をしてやるように腕を伸ばすと、カーラが素直にケリーの腕に頭をのせた。カーラの頭はまだそんなに重くない。朝までこのままでも、そんなに痺れないだろう。 「あ。そういえば。２週間後にさ、遠足あるよ。保護者も参加のやつ」 「あー。もうそんな時期か」 「保護者参加の遠足って、どこに行くんだ？」 「街を出て、たまにアニーに乗って行く原っぱあるじゃん。あそこまで歩いていくんだ」 「子供の足じゃ、そこそこ遠くないか？」 「まぁね。あそこまで歩いて行って、弁当食べて、ちょっと遊んでからまた歩いて帰って終わり」 「ふーん」 「低学年と中学年と高学年で日程が分かれてるんです。カーラは中学年だから、マートルの息子の学年と一緒ですね。ほら、カーラのバレッタを買った店の」 「あー。そういや息子がいるって言ってたな」 「はい」 「じゃあマートルにも会うかもな」 「多分会いますね」 「弁当さー、僕たまにはサンドイッチがいい」 「あ、サンドイッチといえばよ。ふわふわの分厚い甘いオムレツをパンに挟んでサンドイッチにしても旨いんだよ。パンにケチャップとマスタード入りのマヨネーズ塗ってさ」 「「へぇー」」 「１度バーバラの喫茶店で食ったんだ。元部下の伴侶がやってる喫茶店でな。そこのハムサンドとフルーツサンドも旨かったんだよなぁ」 「フルーツサンド！それも食べたい！デザートそれがいい！」 「えー？一応挑戦はしてみるけど、作ったことないからあんまり期待しないでね」 「一緒に作ればいいだろ？皆で早起きしてよ」 「うん！」 「そうですね。サンドイッチと……唐揚げでも作りますか？」 「いいな。あとは茹でたソーセージも欲しい」 「僕は唐揚げは骨付き肉がいい。デカいやつ」 「あー、いいな。思いっきりかぶりつくやつだろ？」 「そう」 「はははっ。じゃあ、それで」 「けどそれだと酒も欲しくなるよなぁ。流石に小学校の遠足に酒持ってくわけにもいかんよなぁ」 「ダメだろ、おっちゃん」 「ダメですね」 「だよなー」 「お昼ご飯と被りますけど、夜も骨付き肉を揚げますか？揚げたての骨付き肉に冷たいエールとか。ジャガイモも切って素揚げして塩を振ったりして」 「いいなぁ！それ絶対旨いやつだぜ！」 「ジャガイモはケチャップもつけたい！」 「はははっ。いいね。マヨネーズでも美味しいんじゃないかな」 ３人で遠足の日の話で盛り上がり、早めの時間に横になっても、結局寝たのは日付が変わる少し前だった。 ふっと夜中にケリーが目を覚ました時、カーラはいつも通りぴったりケリーにくっついて熟睡しており、パーシーも何故かケリーの手を両手で握って、ぐっすり眠っていた。パーシーに手を握られていても別に不快ではない。むしろなんだか落ち着く。 ケリーは男もイケる方である。たまに花街にも通っていたし、男の恋人がいたこともある。パーシーをそういう目で見てはいないが、こうしてパーシーに手を握られると、落ち着く反面少しむずむずする。なんだこれ。 ほんの少し、そんな自分を疑問に思いながらも、ケリーは気にせず目を閉じて、また眠りに落ちた。