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第29話懐かしい顔ぶれ

ケリーは6歳になったアイールを自分の前に乗せて、牧歌的な道をのんびりカサンドラの街の入り口へ向けてゆっくり馬を歩かせていた。馬の名前はトニーである。まだ若い雄だ。アニーは3年前に死んでしまった。寿命だったのだ。ケリー達にとって、アニーもとても大事な家族だった。死んだ時は皆で泣いたし、中庭に小さな墓も作ってやり、アニーが好きだった花(食べる的な意味で)を植えた。去年の春先、街の郊外で馬を売る市場があり、アイールに馬が見たいとせがまれて連れていった先で、アニーと優しい目元がよく似たトニーを見つけた。ケリーは即決でトニーを買い、家に連れて帰った。トニーと名付けた若い雄は穏やかな性格で、すぐにケリー達家族に慣れた。素直で大人しく言うことを聞いてくれる賢い馬だ。小さな子供を乗せても嫌がらないので、トニーが新しい環境に慣れてからは、ケリーはよくアイールとトニーに乗って、のんびり街の外を散策するようになった。トニーは本当に賢くて、すぐに家への道を覚えてくれたので、トニーに任せておけば、ケリーだけでアイールと一緒に外に出かけても、迷わず家に帰れる。本当に可愛くて頼りになるやつである。 カーラは2年前に2人目の男の子を産んだ。カーラとケビンはその子をコリンと名付けた。まだ2歳のコリンは流石に馬に乗せるには早い。特にコリンはアイールよりも元気いっぱいで、好奇心旺盛で、何をやらかすか分からなすぎて兎に角目が離せない。アイールは少し大人しい方なので、わりと世話しやすかったが、コリンはもう大変である。ハイハイをし始めてからは本当に目が離せないし、歩き出してからは早くも悪戯をするようになった。気がついたらトイレの中がトイレットペーパーだらけなんて、よくあることである。アイールは殆んどこういうことはしなかったので、コリンが次は何をやらかすかとハラハラしている感じである。アイールはパーシーに似たのか、外を走り回るよりも本を読む方が好きだ。馬が好きなので、よく一緒に馬に乗ったり、最近では一緒にトニーの世話をしたりするが、それ以外はたいてい日当たりのいいところで絵本を眺めている。文字を書くのはまだ少し苦手だが、もうスラスラ読めるようになっているので、パーシーは毎月1冊アイールに絵本を買ってやっている。 孫達にはパーシーは『おじいちゃん』ケリーは『じいさん』と呼ばせている。ガーナは『じっちゃん』だ。パーシーもガーナも孫達にメロメロである。いやまあ、ケリーもなのだが。早いものでアイールは来年には小学校に入学する。ついこの間産まれたばかりな気がするのに、子供の成長は早い。成長が嬉しい反面少し寂しい。 街の入り口に近づくと、2頭の人を乗せた馬がいた。鮮やかな赤毛の男と横幅の大きな恰幅のいい男がいる。街の方を見ていた赤毛の男が振り向いた。 「あ、ハゲ」 「ハゲじゃねぇ。これは剃ってるんだ」 「あ、副団長さん」 「……お前さん達もしかしてシュルツとフレディか?」 「そうです。お久しぶりです」 「副団長はお変わりないですね。相変わらずピッカピカに眩しいですね」 「シュルツは相変わらず馬鹿だな」 「んだとこら」 目の前にいるのは、副団長時代の元部下であるシュルツとシュルツの伴侶であるフレディだ。フレディは喫茶店を営んでおり、中央の街に店があった頃は一時期通っていた。珈琲とサンドイッチが本当に旨かったのだ。今はバーバラで喫茶店をしている筈である。実際、1度だけバーバラの店にも行ったことがある。 「お前さん達旅行か?喫茶店は?」 「えぇ。カサンドラのもう1つ向こうの街のフリージアまで。珈琲の産地として有名ですから、1度行ってみたくて。息子ももう結婚して子供がいますし、思いきって喫茶店を任せて長期旅行中なんです」 「へぇ!いいじゃねぇか」 「そっちのお子さんは副団長さんのお子さんですか?」 「いや、孫だ。下にもう1人いる。アイール。挨拶」 「こんにちは。熊さん」 「はい。こんにちはー。お名前は?いくつかな?」 「アイール。6歳。熊さんは?」 「僕はフレディだよ。こっちがシュルツ」 「うちの孫と同い年ですね。あ、写真見ます?副団長。マジ天使ですよ。うちの孫」 「おーう。とりあえず馬から降りるか」 「あ、そうですね」 馬から降り、少し移動して、街の入り口の脇に固まった。入り口のど真ん中あたりに立ち止まっていたので、通行の邪魔になるといけないからだ。 シュルツがいそいそと胸ポケットから端末を取り出した。シュルツはケリーよりも15年程早く領軍を辞めている。『押しかけ女房をする』と言って辞めた割とアホな元部下である。見た目だけはかなりいいのだが。もう肉体年齢は50代の筈だが若々しく、無駄に美形である。伴侶のフレディも同年代で、こちらは相変わらず恰幅がよくて熊のようである。2人とも白髪がちらほら増えている。 シュルツの端末を見せてもらうと、若い頃のシュルツによく似た男とどことなく見覚えがある男と可愛らしい女の子が写っていた。 「こっちはコンラッドさんの孫なんです」 「おおっ!?マジか」 「はい」 「オーランドの成人と同時に手を出しやがったクソ野郎です」 「アンタまだ根に持ってるんですか?」 「だってフレディ!まさか16歳で結婚しちゃうなんて思ってなかったじゃないですかぁ!」 「いいでしょ、別に。可愛い孫だってできたんだし」 「確かにアンジーはマジ天使ですけどぉ!」 「あ、アンジェリーナっていうんです。アイール君と同じ6歳です」 「へぇ!可愛いなぁ」 「「でしょう?」」 シュルツとフレディが声を揃えて頷いた。じじ馬鹿か。ケリーもあまり人のことは言えないが。ケリーも胸ポケットから端末を取り出した。ささっと操作してからまた胸ポケットに戻す。 「お前さん達泊まるところ決まってないんだったら、うちに泊まれよ。昔宿屋をやっててな。馬小屋もあるし、部屋もある。まぁ、この子の下にもう1人孫がいるから散らかってるし、かなり賑やかだがな」 「いいんですか?」 「あぁ。旦那と娘と娘婿にはもう連絡した」 「副団長も男と結婚したんですか?」 「あぁ。相手がバツ1でな。まぁ、結婚と同時に娘ができた感じだな。歳はお前さん達の息子の1コ下だ」 「へぇー」 「ハゲと結婚するなんて物好きですね」 「ぶっ飛ばすぞ爺」 「誰が爺だハゲ爺」 「孫がいる時点で2人とも爺ですよ。じゃあ、お世話になってもいいですか?」 「おう。カサンドラにはどれくらいいるんだ?」 「3日の予定です」 「じゃあ帰りも寄れよ。ついでに俺の分の珈琲豆も買ってきてくれ」 「いいですよ。珈琲は変わらずお好きなんですね」 「煙草はアイールが産まれた時にやめたけどな。子供の世話で吸う暇なんかなくなってな」 「はははっ。小さいうちは本当に目が離せませんからね」 「そういうこと」 再び馬に乗って、4人で家へと戻る。家に着いて馬小屋に馬達を入れると、2人を連れて家の中に入った。1階の元食堂に入るなり、ピューッとコリンが勢いよく走ってきた。 「じーさーん」 「おー」 ケリーは走る勢いのまま飛び付いてくるコリンを抱き上げた。ちょうど昼飯前なので、カーラが厨房から顔を覗かせた。 「おかえりー」 「ただいま」 「ただいま、母さん」 「「お邪魔します」」 エプロンで手を拭きながら、カーラが厨房から出てケリー達に近寄ってきた。 「こっちのオジサン達が元部下の人達?」 「そう。無駄に顔がいい方が元部下のシュルツで、こっちが伴侶のフレディだ。あれだ。オムレツサンドの喫茶店のマスター」 「あぁ。娘のカーラです。親父に抱っこされてるのが次男のコリン。よろしく」 「こりーーん!」 「はははっ。コリン君は元気がいいねぇ。僕はフレディです。喫茶店を経営してます。よろしくね」 「俺はシュルツ。ハゲの元部下で今は素敵な奥さんしてる。よろしく」 「ハゲじゃねえっつてんだろ爺」 「爺じゃありませーん。まだピッチピチですぅー」 「その言い方がもう爺だろ」 「失敬なハゲめ」 「んだとこら」 「親父と仲良かったんだ」 「この2人昔からこんな感じだよ」 「へぇー。昼飯まだなら一緒にどう?僕が作ったやつでよければ」 「いいのかい?突然お邪魔しちゃってるけど」 「昼飯カレーだから大丈夫。いつも多めに作ってるからさ。子供用も別に作ってるし」 「じゃあ折角だから厚かましいけど、いただきます」 「うん。3階に使ってない部屋があるし、掃除もしてるからね。そこ使ってよ。親父」 「おう」 「案内よろしく。僕は昼飯の支度終わらせるし」 「おう。シュルツ、フレディ。着いてこいよ」 「僕もいく」 「ぼくもー」 「おーう。アイールとコリンも一緒に案内してくれ」 「「はぁーい」」 シュルツとフレディを3階の使っていない部屋に案内する。3階は4部屋あり、うち2部屋しか使っていない。若夫婦の部屋と子供部屋である。空き部屋も定期的に掃除しているのでキレイだし、十分使える。シーツを持ち込んで、予備の布団と枕を今から中庭に干したらいいだけだ。 荷物を置いた2人と孫達を連れて1階に戻ると、カーラがテーブルにいい匂いのする皿を並べてくれていた。楽しく昔話に花を咲かせ、昼食が終わると布団などを干してから、カーラと孫達も一緒に2人にカサンドラの街を案内した。ケリーは未だに1人じゃ迷う。基本的に誰かと一緒に出歩く。1人で行くのは4軒隣の宿屋の食堂に飲みに行く時だけだ。 夕方までのんびり街中を観光し、途中で寝てしまったコリンを抱っこして家に帰ると、パーシーが帰ってきていた。パーシーは40を過ぎたあたりから早くも老眼が入り、眼鏡をかけるようになった。パーシーとただいま・おかえりの軽いキスをしてから、シュルツとフレディを紹介した。 その夜は軍人時代の昔話などで盛り上がった。翌朝にはフレディが皆に珈琲を淹れてくれた。ケリーもカーラも珈琲が好きだから、毎朝ケビンが珈琲を淹れてくれている。昨年亡くなった祖父から仕込まれているので、ケビンも中々珈琲を淹れるのが上手い。しかし本職のフレディには敵わない。ケビンはフレディに珈琲の淹れ方を教えてもらう約束をしてから仕事に出かけた。パーシーも仕事に行ったので、カーラと孫達も連れて、また街中観光に出かけた。 シュルツとフレディのカサンドラ滞在4日目の朝に、旅立つ2人を玄関先で見送った。孫達はすっかり2人に懐いており、コリンは離れたがらなくてグズグズ泣き出した。また必ず帰りに寄ることを約束して、2人は笑顔で旅立っていった。 「ふふっ。親父」 「ん?」 「面白い人達だね」 「まぁな」 「親父の昔の話が聞けてよかったよ」 「はははっ」 グズグズ泣いているコリンを抱っこしながら、ケリーは空を見上げた。今日もよく晴れている。洗濯物もよく乾きそうだ。 ケリーはカーラ達と一緒に家の中に入り、アイールを連れて洗濯物を干しに中庭へと向かった。

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