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3話 木桶
兄に閉じ込められた地下室は、寒かった。
僕はベッドの上で布団にくるまって、震えていることしかできない。僕の下半身はなにも纏っていないままだ。
鎖のついた足枷のせいで下着すら身につけられない。足枷が取れないならベッドにくくられた鎖をなんとかできないかと思ったけれど、がっちりとした南京錠で固定してあって、結局がちゃがちゃと音を立てただけで終わってしまった。
ベッドを持ち上げて木製の脚から鎖を抜こうにも、下部に向けて丸く膨らんだかたちをしているために、それも叶わない。
うちにある家具は、どれもとってもしっかりとした造りをしていて、綺麗だ。なんといっても僕の家は領主邸だから。ベッドもテーブルも一級品、らしい。
らしいと曖昧な理由は、僕には他のものとの違いがよくわからないからだ。確かに、友達の家のものよりもつやつやしている。それに、どれもものすごく重い。木の材質が関係しているのだろうか。
もっと脆い木でできていたら、ベッドの脚を削ったりして鎖を外せたかもしれないのに。爪で強くひっかいても薄い傷がつくのがやっとの上等品が、僕はすこしばかり恨めしかった。
ぶるりと、もう一度身体が震えた。
せめてパンツだけでいいから、履きたい。股がとてもすーすーして、頼りない気持ちになってくる。
下に力を入れたり僅かに抜いたり、小刻みに足を揺らしたりして耐えていた僕だったけれど、もう限界だ。
トイレに行きたい。どうしよう。
唇を引きむすんで唸っても、尿意の波はもう引いてくれなくなってきている。
漏らしてしまうのはいやだ。
(誰か……! 誰かきて……!)
誰でもいい。母さんでも父さんでも、兄さんでもいいから、僕をトイレに行かせて欲しい。
(はやく……! はやく戻ってきて、兄さん……っ)
まるでそんな僕の心を読んだかのように、地下室の扉が開かれた。
現れた救世主に、僕は涙目になって懇願する。
「おや? どうしたんだい、リタ。泣きそうな顔をして」
「兄さんっ……! ト、トイレ……! トイレいきたいっ……!」
なりふりなんて構っていられない。はやく足枷を外してもらわないと、僕は、もう……!
「ああ、そうだねリタ。僕としたことが配慮が足りなかったよ……。ごめんね」
髪を揺らして『おいで』と言ってくれた兄の言葉に、僕は心から安堵した。
なんとか波が引くのを待ってから、ベッドを降りる。シーツをひっぺがして下半身を隠し、へっぴり腰で歩く僕はとても不格好だろうと自分でも思った。
じゃら、と鎖がざらついた床に擦れる音がする。
兄は倉庫の棚裏に消えて、すぐに戻ってきてくれた。その手にあるのは、なぜか木桶だ。
「にい、さん! はやく……!」
はやく、はやく外して。兄さん!
膝の内側を擦りあわせて必死に堪えていると、兄は優雅で、どこか恭しく見える動きで木桶を置いた。
それから傍らに椅子を持ってきたかと思うと、やっぱり気品ある所作で腰かけて脚を組む。ゆるく組まれた手が片膝に置かれた。どの動きをとっても全てが洗練されていて、綺麗だ。
慈悲も気品も優しさも兼ね揃えたいつものうつくしい微笑みを浮かべて、兄は唇を開く。
「どうぞ?」
「……え?」
兄は一体、なにを言っているんだろう。
「に、兄さん……。この、足のやつ外して……。ト、トイレ、いきたいから……」
僕の意図が伝わりきらなかったのかもしれない。そう思って言ってみても、兄はにこにことした表情のままで、椅子から立ち上がってくれなかった。
「ここでしていいんだよ。僕の、目の前で。さあ」
本当に、兄はなにを言うのだろう。そんなこと、できるわけない。したくない。
それに、僕が感じているのは尿意だけではなかった。
絶対、いやだ。
人前で排泄をするのなんて、いやだ。
ぶんぶんと首を左右に振りながらそう伝えたけれども、兄は微笑みを深くして木桶を手で示しただけ。
僕の下唇が震えた。兄は、本気だ。冗談で言っているんじゃない。兄の変化に僕はまったくついていけない。なにひとつ理解ができない。
なにがどうなっているの、兄さん。どうしてそうなってしまったの。
僕は、泣いてしまいそうです。
なんとか意地でも排泄欲を堪えたかったけれど、ずっと我慢し続けた僕はもう限界だった。震える足で木桶に跨って、全てをシーツで隠す。
「見えないよ。リタ」
すると兄の手がのびてきて、瞬く間に僕の隠れ蓑を取り去ってしまった。慌てて取り返そうとしても遠くに放られてしまい、木桶ごと移動しようとすれば縁を掴んで止められる。
兄はなにがなんでも僕の放尿が見たいらしかった。
「あっち、あっち向いてて……。お願い、兄さん……」
僕のか細い声とは裏腹に、兄の薄青い瞳は僕の下を食い入るように見つめている。
視線を遮るように手を翳したところで、僕はついに我慢のダムを決壊させた。尿道を勢いよく通っていく感覚。激しい羞恥と、安堵。
ほぅ、と無意識に大きな息を吐いていると、手首がすこしばかりひんやりとした感触に包まれた。
「あっ!」
兄が僕の手をよけてしまったのだ。しょわしょわと音を立てるそれを見られてしまう。
「や、やだよ兄さん! 見ないで!」
もう一度手で覆って隠そうにも、身を乗り出すようにして僕の両手首をとらえている兄が許してくれない。
椅子に座った兄に見つめられている僕のそれは、まだ尿を放っているままだ。
そしてもうひとつ、僕の後ろを押し広げて出ていこうとするものがある。
「兄さん! お願い! お願いだから! 離して! 見ないで! 見ないでよおっ!」
お尻に今更力を入れてもどうしようもなかった。僕の身体は出したいって言っている。もう我慢できない、すっきりしたい、って。
顔は恥ずかしさで表面がぞわぞわとしていて、僕は泣きそうになりながら頬の内側を噛んだ。ぎゅっと目を瞑り、半ばヤケになって身体から不要になったものをひねりだす。兄に犯されたなかとふちの傷が沁みて、すこし痛かった。
僕が排泄したものからたちのぼる、むわりとした匂い。身体はすっきりとしても、心はぐちゃぐちゃだ。
恥ずかしい。やりきれない。
僕は、なんでこんなことをさせられているのだろう。
「……も、なんっ、なの……! 兄さんっ……! 僕をいじめて……ッ、楽しいの……!?」
みじめだ。
すごく、すごく。
こんな恥ずかしくて、みじめなことってないよ。兄さん。
身体も、喉も小刻みに震える。うつむいた僕の目から涙がおちて、木桶の尿溜まりにぽちょりと滲んだ。
「いじめる? 違うよ。愛しているんだ。僕はね、君の全てが見たい。リタの全部が、愛しくて可愛くてたまらないんだよ」
兄の声はふざけているようには聞こえなかった。
「ああ、リタのは、いい匂いがするね……」
おもむろに椅子を降り、木桶の中に手をのばす兄。ほのかに黄色い液体をくるりと混ぜた人差し指が、ゆっくりと持ち上げられた。うつくしい指に僕の汚い尿がつたっている。
ありえない。僕は愕然とするしかない。
この地下室で目が覚めてからというもの、信じられないことばかりが起きている。僕の頭はいっぱいいっぱいだ。もう十分すぎるよ。
それなのに、兄はまだ僕をびっくりさせようとする。
兄の指が僕の眼前を通る。そうして、綺麗すぎる顔に近づいていくのだ。色付いた唇が薄く開かれて、ひどく色っぽい吐息が飛び出したかと思うと──。
「兄さん!?」
ぱくり、と指を食べてしまった。僕の尿がついた、指を。
僕は大慌てになり、木桶に跨ったままの格好で兄の腕を掴んでいた。両手で掴んでひっぱっても、兄は指を舐めしゃぶるのをやめない。蕩けそうな目をして、まるで極上の食べものを口にしたかのような、恍惚の表情を浮かべて。
「やめてよ! き、汚い! 兄さんやめて!!」
ちゅぽん、と指が引き抜かれた下唇が微かに揺れ、あやしい動きをした舌先が舐める。
ぞっとするほど蠱惑的な兄は、熱に浮かされたような声と瞳を僕に向けてくるのだった。
「もっと、もっと、出してごらん」
兄の手が僕のそれに絡みつく。
「に、兄さん!」
握り込んで、絞り取るような動きで上下に擦られる。
僕の顔は、今何色をしているんだろう。赤いのだろうか、青いのだろうか。
とても綺麗で優しくて、大好きだった実兄に、性器を扱かれている、僕の顔は。
「や、やめ……。に、さん、やめ……!」
激しめに動く兄の腕にしがみついて、僕はふるふると頭を振った。
もう、いやだ。なにもかも全部がいやだ。
僕の汚いものが溜まった木桶、僕にひどいことばかりしてくる兄。そんな兄の手が気持ちいいと感じてしまう、僕自身も。
浅ましい。僕は、なんて浅ましいんだ。
「にい、さん……!」
兄の綺麗ですべらかな手が擦れる感覚が、すごく気持ちいい。自分でするのとは大違いだ。気分は最低なのに、最高に気持ちいい。
ああ、いやだ。僕のそこが膨らんでいく。血が集まって、硬くなっていく。
兄の手で、勃起させられてる。
「兄さんっ、僕いっちゃう……! もう出ちゃう……! にいさん!」
止めるためにしがみついていたはずが、僕は今や兄の腕に縋っていた。不安定な姿勢を助けてもらうように。抱きつくみたいに。
兄のうつくしい銀髪が揺れる。ほの甘い香りがする。頭の奥がじんと痺れて、どうしようもなく恥知らずな欲を解放したくなる。
兄はなにも言わなかった。手を止めてもくれなかった。それをありがたいと思っている肉欲が、どうしようもなく嫌になる。
「んんんッ!!」
僕は兄の肩に顔を埋めながら、ぎゅっと目を閉じて射精をした。
人に導かれて至るのは、初めてのことだった。
「はああっ……!」
木桶の中で液体が跳ねる音がする。僕の精液が落ちたのだろう。
速くなった鼓動にあわせて、ねっとりとしたものが鈴口から出ていくのがわかる。ああ、兄さんの手が、まだ僕から絞り取ろうと動いている。
だんだん、ゆるく。ああ、僕は射精したあといつまでも擦ったりしないから、こんな感覚がするなんて知らなかった。くすぐったい。でも、射精感が気持ちいい。こんなに長く精を吐いていられるなんて、知らなかったよ兄さん。
心地いい倦怠感に身体から力を抜いてしまいそうになる。けれど、最後の精を吐き終わった僕の頭は一瞬で、妙なまでの冷静さを取り戻してしまった。
「ご、ごめ……! 兄さん、ごめん……っ」
僕は恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらなくて、咄嗟に謝罪を口にした。
兄の顔は見れなかった。いい匂いがする兄から身体を離すと、思い出したようにむわっとした異臭が鼻をついて、僕を更なる羞恥の渦に落とし込もうとする。
消えてしまいたい。
「えらいね、リタ。たくさん、出して……」
ねっとりと囁く兄さんの声は、嬉しそうだった。
「ごらん?」
精液でべとべとになった手を掲げられると、いたたまれない気持ちになってしまう。顔を背けようとした僕を兄は許してくれなくて、白濁まみれの指を頬に食い込ませてくる。痛みを感じるくらい強く掴んで、無理やり目線をあわせさせられて。
手のひらについた青臭いものを、唇に塗られた。鼻も口も覆われ、自分の放った精液の匂いを嗅がされる。気持ち悪くて苦しくて、僕はうーうー唸りながら髪を暴れさせた。
「美味しそうだね……。僕にも、分けておくれ」
「んっ、んんんぅっ!!」
手がよけられると同時にすかさず噛みついてくる兄の口。
上唇も下唇もまとめて歯で挟まれて、こそげ取るように唇を奪われる。後ろに身体を引いて逃げようとすると、後頭部を押さえつけられて、もっと深く唇を捧げさせられてしまった。
痛くて、青臭くて、苦いキスだ。
美味しいわけがない。それなのに、兄の瞳は蕩けている。うっとりと細められた薄青の目が、僕の視線を絡め取っていくんだ。
「んはぁっ……!」
僕はまた兄に縋りつくような格好になって、荒い息を吐き出した。
もう、足が辛い。しゃがみこんだままの体勢で居続けた僕の太ももが、僅かに痙攣を始めている。けれど僕は兄に捕らえられたままで、自由になることができない。
「リタ……」
艶やかな声を滲ませた吐息が耳を掠めていく。びくっと身体を震わせて、兄の肩で顔を隠したその時だった。
ぬるついた兄の指が、焦らすような動きで僕の下肢をなぞりまわる。しゃがんでいるせいで尻たぶに隠されてもいないそこへ、指先が触れ──。
「だめ! 兄さん! 汚い!」
僕は悲鳴のような声をあげた。
そこに触れられるだけでもとんでもないことだけど、今はもっともっと嫌だ。僕はまだ拭いてもいない。排便したあとのお尻の孔なんてもってのほかだ。
「汚い? 気になるのかい?」
気にならないわけがない。こくこくと何度も僕は頷いた。
「それなら……、綺麗にしてあげよう……」
兄が立ち上がる。
支えを失った僕は慌てて足に力を入れ、ざらついた床に手をついた。木桶の上からどきたいのに、足がぷるぷるして思うように動いてくれない。
なんとか腕を使ってにじるように前へ身体を送っていると、剥き出しのお尻にひやりとした感覚がした。驚いて後ろを振り返ってみれば、兄が白くて綺麗な左手で僕の尻たぶを掴んでいるじゃないか。
「えっ!?」
ほんのすこし進んだ分を一瞬で引き戻されたかと思うと、ぷつ、となにか細いものが後孔に入り込んでくる。
「な、なに!? 冷たいッ!」
びゅるびゅると冷たいものが、傷を苛みながら僕のなかを満たしていく。未知の感覚が怖くて逃げ出そうとしたけれど、兄がお尻を離してくれない。
「リタ。力を入れて」
なにかが入り込んでいる後孔のふちをつつかれると、僕はびくりとして、勝手にそこがこわばって縮こまる。いい子だねと兄が呟き、柔らかに臀部を撫でられる感触がした。
そうしているあいだにも、僕の中になにかが満たされていく。
いっぱいいっぱいになっても、まだ、満たそうとする。
「に、さん……! これ、なに……! くるし……っ」
終えたはずの便意がまたも湧き上がってくる。出したい。僕のお尻の中にあるものを、排泄したい。そんな気持ちに支配されてしまいそうだ。
「にい、さん……!」
「だめだよ。まだ、我慢」
腕が、震える。腕だけじゃない。足も、唇さえも。
ぬるん、と細いものが出ていく感覚がする。その刺激ですら、僕を追い込んでいく。
「あ、あ、にいさ、ん……!」
僕はなにを言おうとして兄を呼んだのだろう。あっちへ行ってて? それとも、身体を支えて?
やだ、やだ。兄さんの前でこれ以上排泄なんてしたくない。
でも、今すぐ出したい。思いっきり、出したい。
「う、う、うう、ううう……!」
出したい。出したくない。出したい。いやだ、出したい。
おかしく、なりそうだ。
「だ、だめだ兄さんッ! 出る、出る出るッッ!!」
ぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたままで、気がつけばそう叫んでいた。
ぶしゃ、ぶちゃ、と恥ずかしい音がする。
「あ、あああっ。あぁぁぁ……!」
兄さんがなにかを言ってる。
ああ、でも、わからない。聞き取れない。
僕の全身が粟立っている。毛が逆立ってるのがわかる。
だって、なんだかすごいんだ。感情もお尻も変になったみたいで。
ぷしゃあ。びちゃ。そんな音がする度に、恥ずかしさと排泄の快感がごちゃまぜになって僕の全身をかけめぐる。
「ひ、ひあぁぁ……!」
ぱちん、と鳴った乾いた音は、お尻を叩かれた音だ。その痛みすら、わけがわからない感覚で鈍く感じられる。
下品な水音が止んだ頃、僕の腕はふにゃふにゃになって崩れてしまった。
床に顔が擦れて、痛い。脚にはもうまったく力入っていないのに体勢を維持できているのが不思議だった。
じわじわと、色んな感覚が戻ってくる。
お尻が、じんじんする。腰に感じるのは兄さんの手の感触だろうか。片方がぬるぬるしていたのは、さっき放った僕の精液のせいかな。
ずり、ずりと音がする。視界の端で木桶が動いている。兄さんがひっぱっているみたいだ。僕の下から木桶が退かされると、身体が傾いでいった。兄の手が僕を支えてくれていたのだと気がつけたのは、この時だった。
「ああ、リタ……。可愛いお尻が真っ赤だね……。ふふ。ここもヒクヒクして……。綺麗になって嬉しかったのかい?」
放心してしまった僕には、兄の言葉がいまいち理解できないでいる。
頭が薄らぼんやりとして、なんとなく、目を開けていることしかできなくて。
「リタの、ああ……。たくさん、たくさん……」
宝物を抱くように木桶を持ち上げた兄さんが、少女のような表情で微笑んだのを見ていた。
兄が歩いていく。地下室の、扉へ向かって。
(あ、れ……)
ぼーっとした意識の中で、僕は兄の足元を眺めていた。
兄さんの裾が、汚れてる。泥、いや、土? なんだろう。わからない。
けど、綺麗な兄さんに汚れなんて似合わないとだけは、とても強く思った。
大切に大切に、僕の汚いものを運んでいく兄。それを見送る僕の腿を、後孔から流れ出た雫がほんのすこしだけ濡らした。
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