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7話 身体 後編

 ぎゅっと、根本を絞めつけた。 「ごめんよ、リタ。君の可愛いおねだりを聞いてあげたいのは山々なんだけれど、僕は君が大切なんだ」  きりきりと絞められる痛みに、さっきとは違う意味で息ができなくなる。 「外に、行こうとしたね?」 「い、痛いっ! 兄さん、痛いッ!」 「ここから出てはいけないと、僕は言ったね?」  手の節が浮き出るほど強く握り込まれて、大切なところがずくずくと嫌な痛み方をする。一瞬で萎えていてもおかしくないくらい痛いのに、僕のそこは昂ったままだった。集まった血が兄の指圧で止められ、無理やり勃起状態を維持させられているんだ。  兄は後孔のなかから性器側の壁ばかりを捏ねて、諄々(じゅんじゅん)と言い聞かせるように言葉を紡いだ。 「僕の大切なリタに、なにかがあったらどうするんだい? ああ、そんなのはだめだよ。君は可愛いから、素敵だから、ここに閉じ込めておかないと。わかるだろう? 君を、護りたいんだ」 「にいっ……!」 「万が一があってからでは遅いんだ。外は、危険だよ。言うことをお聞き」  視界が、涙で滲む。  兄は言った。これは、おしおきなのだと。  言いつけを破ろうとした、僕への罰なのだと。 「辛いかい? 苦しいかい? あぁ……、リタ……。なんて綺麗な涙……。リタは、どんな姿でもうつくしいね」  ほぅ、と悩ましげな息を吐く兄は、最後にとばかりになかを抉りまわした指を引き抜くと、その指をゆるく噛んだ。 「いじめているのではないよ。リタを愛しているから、護りたいから、こうしているんだよ」  わかるよね? と、妖しい光を瞳に湛え、表情を蕩けさせて、兄は言う。 「う……、ひっ……! 兄さ……、ひぃっ」  絞めつけられる痛みに、呼吸を奪われてはくはくとする。抵抗しようと辛うじてのばした手は、いとも簡単に叩き落とされてしまった。 「もう二度と、ここを出ようなんて考えないと誓っておくれ。リタ」  僕の先端を撫で、小さな穴を指先で(なぶ)る兄。パンパンに腫れあがって小刻みに震えるそこは、薄く撫でられただけでも悲鳴をあげてしまうくらいに敏感になっている。 「あっ、あふっ……! ひぐぅっ……!」  痛みと苦しみと鋭い快感が、螺旋状に絡んで身体を渦巻いていくみたいだ。全神経があそこに集中して、鈴口を抉られるクチッという音まで異様に大きく耳に響いて──。 「約束、できるね?」  おかしく、なりそう。 「するッするぅッ! 約束しますッ! あっあぁっ! にいさっ、ひぁぁぁ……」  ぬめりを採掘するように深くほじくられた瞬間、僕の陰嚢がぎゅうっと縮こまって、身体が微かにだけ痙攣を起こした。  強い力で掴まれている根本よりももっと肉体に近いところで、じわっと熱が暴れている感覚がする。放つことができなかった精が、尿道を逆流していく。 「……おや?」  銀髪を揺らして首を傾げ、兄は僕の性器を戒める指を離した。すると滲み出てきた白濁がぷく、と珠をつくって、とろりと陰茎をつたっていく。  長くて綺麗な指が陰嚢を柔らかに押し、僕は肝を冷やした。そこは男の急所だ。そこへ乱暴するのだけは、どうかやめてほしい。  息を詰めて祈るような気持ちでいると、兄はなにやらぶつぶつと呟きながら、指をゆっくりとすべらせて下腹部をなぞりまわった。それから性器にまで戻ってくると、合点のいったような顔をして照れたような表情を見せたのだった。 「勉強不足だったよ。ふふ、恥ずかしいな。本当は、射精を止めるつもりだったんだけど」  はにかんだ兄の頬が、ほんのりとピンク色に染まっている。高尚な趣の衣服を纏って、そんな少女然としたあどけなさを感じさせる顔をした兄さんは、穢れも汚れもなにひとつ知らない天の遣いにしか見えなかった。  それなのに、ベルトを触るかちゃかちゃとした音のあとに飛び出してきたのは、紛うことなき欲望の塊。白く、丈の長い服のあわせを割って出てくるうつくしくも凶悪なそれは、聖者の皮を破ってあらわれた本性のよう。  それを僕のものに擦り、二本まとめて数回扱き上げ、兄は僕のお尻の孔に昂りをあてがった。 「こんな情けないところも、愛嬌だと思って許してくれないかい?」  僕の白濁を纏ったものが、ぬちぬちと僕のなかを割り開いて進入してくる。少女のような表情をした、兄の男が。 「はっ、あぁ……っ!? あ、っひ……!?」  僕の身体が無意識にくねる。内腿が震えて、股で力尽きているものも、ひく、ひく、と怪しい呼吸をした。  どうなっているの、兄さん、これなに!?  そう叫んで訪ねたかったけれど、僕の声は裏返って、呼吸と混ざって、高く上擦った変なものしか出てくれなかった。  指であれだけ弄りまわされたせいか、いつもの刃物で切られるような痛みはひとつもない。代わりに、指とは比べものにならない質量と熱さが肉壁を擦って擦って、腰が砕けそうなる危ない感覚を生み出している。 「あっ、あ、はぁぁっ……!?」 「ふッ……ぅ。リタ……、なかが、とろとろだね……。あぁっ……! 絡み、ついてくる。リタ……!」  兄の柳眉が切なげに寄っている。揺れた瞳を覆ったまぶたに生える睫毛も、薄く開いた唇から漏れている吐息も、微かに震えて。  僕に挿入して、感じ入っている。  それは、いけないくらいうつくしくて、色っぽくて、犯されているにも拘らず僕の心を鷲掴んでやまない。 「僕を、求めてくれている……」  儚く揺れる声が、僕の胸の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜるようだ。  じわ、と目に涙が滲んでくる。なんだろう。兄に齎される危険な快楽のせいだろうか。  奥へ奥へと、兄の熱が進んでいく。僕を、甘く激しく痺れさせながら。 「あぁぁーっ……! ん、あぁぁっ……」  声と息が、一体になってしまったみたいだ。縋る場所を探してシーツをひっかいていた手をとり、兄が指を絡めてくる。結合を深くして、僕の脚を身体で押し曲げて、口付けてくる。  ああ、いやだ。いやだ。男根を挿れられて感じるなんて、そんなのいやだ。こんなのは間違っている。兄弟の在り方としてもそうだし、僕個人の在り方としてもだ。 「はぁぁぁっ、あ、んあぁぁ……っ」  気持ちは血の気を失ってがたがたと震えているのに、浅ましい肉体はひたすらに熱をあげていって、兄の手をぎゅうぎゅうに掴んでいる。  心と身体が、解離していく。 「ん、はぁ……っ。ん、んっ……。リ、タ……」  その心すら、兄の詰めた吐息に揺さぶられて溶かされてしまいそうだった。耳元で紡がれる声の色気がひどい。切なくて、熱くて、全てを明け渡してしまいたくなる。  なにもかも、委ねて──。 「愛してる。愛してる……。ああ、リタ……っ。僕を、愛しておくれ……」  小刻みに揺すられながら、僕ははっとした。  だめだ。僕の心は兄にはあげない。  僕の心は、既に一人の女性に捧げられているのだから。 「んーっ! んっ、んぅぅー……!!」  僕は唇をぐっと噛んで、はしたない声をこれ以上あげてなるものかと息を止めた。  脳裏で、お下げ髪が揺れている。僕の彼女だ。ずっと好きだった、幼馴染みのミィナ。  なけなしのプライドがズタズタにされていても、身体を淫らに作り替えられても、君への想いだけは失いたくない。 「はぁっ……。我慢、しなくていいんだよ。君の声は、素敵だ……」  兄の言葉は驚くほど甘くて、優しくて、情熱的だ。この声で愛を囁かれたい女性はたくさんいる。兄さん、どうしてそれを僕に向けたの。 「リタ、リタ……。君のなかっ、気持ち、いいねっ……」  やめて、兄さん。そんなことを言わないで。兄さんと交わっている事実を、これ以上突きつけないで。 「っ君も、同じだね……。蕩けそうな、顔をしてる……。んっ、可愛い……。愛しい、リタ……」 「んんっ! んあぁっ! う、うぅぅ……!!」  悲しみや悔しさ、なにより情けなさが胸の中であふれて、ぽろぽろと目からこぼれていった。  ミィナ、ミィナ。ごめん。  僕の心は、君のものだから。 「あぁぁーっ!! ひっ、あッ!? ん、んあぁーッ!!」  心は、絶対に渡さないから……。 「ひぁぁあぁぁッ!!」  許して……、ミィナ……。 「ッ……! イ、ったのかい……? ふふ。リタ……。僕で絶頂してくれるほど、気持ちよかったんだね……。ああ、ああっ……! 僕もッ、あいしてるよ……ッ」  兄の律動が激しくなる。  本当は、腕で顔を覆って隠してしまいたかった。自分に絶望して、情けなくて浅ましくて、けれど涙を流すことしかできないみじめな顔を。  まるで愛し合っているみたいに絡められた手は、兄の体重がかかっていてほどくことができなかった。 「んっく……ッ」  手が、強く握り込まれる。背中を曲げた兄の髪が僕の胸をくすぐって、ほの甘い香りがした。  僕のなかで、兄が大きく膨らむ。わかるんだ。奥へ向けてひどく熱いものを叩きつけられている感覚も、それが、いつもより長くて、濃そうだってことも。 「は、ぁ……」  目を細めて射精の余韻に浸っている兄は、すごく満ち足りたような顔をしている。  綺麗な薄青の瞳を、愛と恋に(けぶ)らせて、慈しむように僕の頭を撫でながら見つめてくる。 「最高の、気分だよ……。僕は今、人生で一番の幸せを感じているよ。愛しいリタ」  背けた頬に柔らかくキスをされる僕は、最低の気分だった。ひどくぬるついた兄のものが名残惜しげに出ていく感覚も、それにびくりと跳ねてしまう身体も、最低だ。  僕は今、人生で一番自分が嫌いかもしれない。  兄はベッドから立ち上がって倉庫の棚裏に消えていくと、タオルやシーツといったリネンを手に戻ってきた。  甲斐甲斐しく、優しく──本当に優しく、僕の身体を拭き清めて、水や精液で汚れたシーツも取り替えてくれた。  僕の手を取って甲にキスをする兄は、びっくりするくらい様になりすぎている。絵画や物語のなかに住む、王子のように。 「僕の愛する人。君を永遠に護り、愛し抜くと誓うよ。望みはなんだって叶えてあげる。君は、僕のすべてだからね……」  兄は、嘘付きだ。  地下室から出してくれないし、足枷を外してもくれない。危険なのは、外よりも明らかに兄さんの方だ。  それとも、今の上機嫌な兄さんなら本当に望みを叶えてくれるだろうか。  足枷を外して、ここから出してと懇願したなら──。 「……ふ、く。ふく、着たい……」  言えるわけがなかった。  兄は絶対にそれを叶えてはくれない。それを口にしたら、また罰を与えられるだけだろう。身体か、心か、もしくは両方をズタズタにする罰を。  うつむいてベッドに座り込んでいる僕をふわりと兄の香りが包み、ゆるゆると顔を上げれば、慈しむような微笑みを浮かべた綺麗な顔がそこにある。  薄着の兄は恭しく僕の手を取って、わざわざ袖を通す手助けまでしてくれる。司祭さまのような白くて高尚な衣服を、僕に着せるのだ。 「これはね、僕のお気に入りなんだ。……リタが、天使みたいで綺麗だって褒めてくれたから。覚えてるかい?」  兄の体温が残る服は、冷えていた身体を包み込んで、優しく抱きしめてくれているみたいだった。すこしだけ余る袖口を握って膝を抱えると、長い裾が脚まで覆ってくれる。  喉も、肩も、どこらじゅうが震えてきて、情けなくて憐れな嗚咽が漏れてしまうと、柔らかに髪を撫でられる感触がした。 「懐かしいね……」  兄の服は、あたたかかった。おかしくなってしまう前の、兄さんの心のように。  とてもとても、あたたかだったんだ。

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