11 / 24
10話 友達 後編
ねぇ、兄さん。僕さ、ジェイクと親友になれて本当によかった。
兄さんがいなかったら、きっと僕たちはお互いを嫌いあったままで大人になっていったんだろうと思う。兄さんが僕の認識を正してくれなきゃ、僕は嫌みったらしい金持ちの子のままだったんだよ。
「うっ……! ん、んぐ……! うぅぅ……!」
兄さんは、ジェイクに対しても優しいままだった。いや、兄さんはいつだって誰にでも優しかった。
きっと、僕には特に優しかったと思う。ただ甘やかすだけじゃなくて、大切なことをたくさん教えてくれたよね。
それなのに。兄さんは、優しい人だったのに──。
苦しい。僕は今、とても苦しい。
喉の奥を何度も突いてくる兄のものに、僕は幾度となく嘔吐いている。けれど、兄は僕の口を犯すことをやめてくれない。
「はぁっ……! ああ、もう、達してしまいそうだよ……。んっ、んん……! リタ……!」
「んんんッ……!!」
苦くて、熱くて、ねっとりとしたものが、僕の喉を叩く。反射的に口を離して咳き込み、冷たくざらついた床に兄の精を吐き出してしまった。
兄の手が僕の髪を絡め取り、鷲掴んで上を向かされる。頭皮の痛みに顔を顰めても、呻き声をあげても、兄さんはその手を離してくれなかった。
「こぼしてはだめだと言ったはずだよ」
ぱちん、と乾いた音が地下室に響く。
ねぇ、兄さん。僕を叱るときも、兄さんは優しいままだった。絶対に声を荒げたりすることはなくて、僕に目をあわせて、静かに言い諭してくれたよね。
こんな風に、頬を引っ叩くことなんて一度もなかったよね──。
「おや、リタ。泣いているのかい? あぁ、綺麗だね……。大切な君を僕が泣かせているのだと思うと……。はぁ……。感じ入るものがあるよ……」
蕩けた瞳を僕に向けてくる兄。そのうつくしい手が優しく覆う頬以外にも、痛む場所がある。胸の前で縛られた手首だ。一見、黒のように思える濃紺の紐は、兄が締めていたリボンタイ。
「それに」
兄の吐息が、タイの食い込む手首をさわりと撫でる。
「リタが僕の服を着ているのは、すごくいいね。僕のものだと、実感する……」
目を細めて、うっそりと笑んだ兄。
はだけさせられた服のあわせから差し込まれた手が、僕の腰に添えられる。性器を舐るために膝立ちだった姿勢から立たされ、これから社交ダンスを踊るかのように紳士的な所作で、ベッドにエスコートされてしまった。
やんわりと、しかし有無をいわさない眼差しを瞳に湛えた兄さんに肩を押され、僕の身体がマットレスに沈む。前開きの裾が完全に広がって、縛られた手を置いている胸以外の前面が露わになったのを肌で感じた。
そっと手を下げて身体を隠そうとすると、目敏い兄の手に捕まえられて、痛いほどの力で頭上にひっぱられてしまう。薄い唇から赤々とした舌が伸ばされて、僕の乳首をつつくように舐めた。
悪戯っぽい表情。タイを取り去ったせいで、開いた襟元。こんなのは兄さんらしくない。いつも、きちりと衣服を着こなしていたのが僕の兄だったのに。
芸術的なまでに綺麗な鎖骨が顔を覗かせていて、頭がくらくらしそうだ。
「う……、や……。にい、さん……」
「ふふ。可愛いね……。ぷっくり膨らんで。美味しそう……」
乳首に歯を立てられると、恐怖が急速に僕を支配した。痛いのやだ、痛いのやだ、痛いのやだ、と無意識的に心で唱え、身を硬くしていると、すこしずつ力が込められていくのを感じる。
こりこりと食まれる僕の胸。
兄の甘噛みは痛くない代わりに、妖しい快楽をこの身に落とした。
揺れ動く股間を隠すものはなにもない。それどころか、兄の服に擦れて刺激を感じてしまう始末だ。きっと、気付かれてしまっているだろう。
「ううぅー……」
目を瞑って唇を噛み、顔を背けて、必死に快感へ抵抗する。
小さな笑声とともに鋭い吐息を胸に感じると、ぬめりのある熱いものを敏感な性器にあてられた。
兄が動く気配にあわせて、もどかしい感覚が僕の性器を掠めていく。じわじわと、甘い痺れが腰に溜まっていく。それから逃れようと腰を揺らせば、乳首を離れた口が耳元にやってくるんだ。
「えっち……」
びくん! と跳ねる僕の身体。色気のひどい声で囁かれるだけでも大変なことなのに、兄は耳の穴へと舌を突き入れて、くちゅくちゅといやらしい音を僕の頭に反響させてくる。目を閉じているとその音に支配されて気をおかしくしてしまいそうで、僕は慌てて目を開けた。すると、僕に覆いかぶさっている兄の銀髪が目に入ってしまい、ちくりと痛んだ。
僕の両腕を縫い止めていた手が、僕らの象徴を一緒くたに握る。ぴったりとくっついた兄の熱さに息を詰めると、一度精を吐いたそれが質量を増し、僕のものにすり寄ってくるようだった。
「う……! はぁ……っ」
「気持ちいいかい? リタのとろとろが、僕はとても心地いいよ……」
兄の精液の名残。僕の、先走り。
それらが兄さんの手で混ざりあって、濡れた感覚を齎す。二本一気に扱かれていると、兄の反応も僕の反応も、お互いに丸わかりだった。
「や、やぁ……! 兄さん……!」
兄が僕の耳へ直接艶声を吹き込むと同時に、兄の下がむくりと膨らむ。
「ん、リタ……。またとろとろが出てきたね」
居た堪れなくなって意味もなく足を揺らすと、鎖が鈍い金属の音を立てた。
「挿れるね。リタの顔が見たいから、このままの体勢でしようかな。キスもしたいだろう?」
ちゅう、と僕の唇を吸って、兄は僕の脚の間を陣取った。足枷のついた左足を抱えらえて、兄の厚くない肩にかけられると、片側だけお尻が浮き上がる。当然、僕の返事なんて待たれることも聞かれることもなく、すぐさま後孔が貫かれてしまう。
一度も触られないままに挿入されて、僕のあそこは鋭く痛んだ。思わず息を止めるくらいに辛かったけれど、心のどこかでその痛みに安堵を抱きもした。
痛ければ、大丈夫。後ろではしたなく感じてしまうことはきっとないから。
そんな僕の心を見透かしたように、兄は僕の性器をぬちぬちと刺激する。すると、性的な気持ちよさに救いの痛みが紛れていってしまって、僕はどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
「はぁっ、リタ……」
体重をかけて僕の脚を押し曲げ、兄が唇を奪いにくる。特別身体が柔らかいわけでもない僕の関節が軋んだけれど、兄も快感も、そんなことはお構いなしだ。
「んんっ! ん、ふぅっ……!」
次第に、お尻の奥がぞわぞわしてくる。
兄の舌は濡れていて、柔らかくて、繊細なタッチで僕の舌べろをなぞっていく。恐ろしいことに、僕は兄のキスでも肩が震えるくらいの気持ちよさを感じてしまうのだった。
「に、にい、さ……! エミリ、にいさ、ん……っ!」
浅ましくておぞましい感覚が這い上がってこようとして、僕は兄の名を呼んで助けを求めようとした。無駄だとわかっているのにそうしてしまうのは、いままでの人生があまりに兄さんに助けられていたからなのかもしれない。
兄さんは一瞬動きを止めて、僕の顔をじっと見つめた。それから、とても嬉しそうな微笑みを浮かべたんだ。
僕とジェイクが仲直りしたときと、まったく同じ表情で。
「あっ、や、だ……! うごっ、動かないで……!」
ねえ、兄さん。僕がいじめられてたこと、父さんと母さんに黙っていてくれたよね。僕が、あのあと必死に頼んだから。心配かけたくないし、格好悪いからって。
兄さん、あの時すごく真剣な顔をして、黙り込んじゃったよね。でも、『わかったよ』って言ってくれた。
『今度からは、なにかあったら相談するんだよ。僕はいつだって君の味方だから』とも。大丈夫大丈夫なんて強がってみせたけど、本当はね、すごく嬉しかった。
「やあっ……! ひ、ああ……!」
ジェイクや仲間たちと初めて遊びに行った日もそう。僕ね、気付いてたんだ。
兄さん、心配して見に来てくれてたよね。『リタは立派な男の子になったね。頼もしいよ』なんて言ってたのに、植木の陰に隠れてさ。街の人たちが兄さんをじーっと見てたから、バレバレだったんだよ。あとでジェイクにもからかわれたんだから。
でも、でもね、兄さん。
「う、うああっ!!」
僕、やっぱり嬉しかったんだよ。
ああ、兄さん忙しいのに、僕を見守りにきてくれたんだ、って。兄さんは、なにがあっても僕を護っていてくれるんだろうな、って。
優しいなぁって。やっぱり僕、兄さんが大好きだなぁって。
そう、思ったんだよ。
「やだああっ! あ、あぁぁッ!」
兄さん……。
「ひ、ひぃううっ!! あぁっ!」
大好きだった兄さんにこんな仕打ちを受ける度、僕の心は抉れていくよ。辛い、苦しいよ。
ジェイクにいじめられてた時なんて、今の状況に比べれば屁でもない。心が伴わない快楽は、苦痛でしかないんだ。
兄さんの優しい姿を思い出す度、もっともっと辛くなる。
「兄さん……! にい、さん……ッ! も、やだあ……っ。 やめてよぉっ! 兄さん、たすけて、兄さあんッ……!」
「ん……。いいよ。たくさん、イかせてあげようね」
願いを叶えてくれるって、言ったのに。やめてって、言ったのに。兄は僕の求める助けを、おかしな解釈で捉えてしまったみたいだった。
がつんがつんと抉られる僕の身体。辛いほどの、甘い責め苦。
「うああああんッ!」
脳裏が真っ白に塗り潰されて、息ができなくなって。そこからの感覚は、最早地獄も同じだった。
兄がなかを擦っていく度、身体が勝手に跳ねて、くねる。僕の口からはわけのわからない叫びが漏れ続けて、ぐちゃぐちゃに掻きまわされた感情が眦から流れ落ちていった。
「ひ、ひあああっ!? やあっ! やああぁッ! ひぃぃいいんっ!」
シーツを掴んで、精神を踏み留めておきたい。けれど、リボンタイで縛られた手首では、指ですこしばかり手繰り寄せるのが精々だ。もっと、ちゃんと鷲掴みたい。爪を立てて、しがみつきたい。
「リタ、僕のリタ。君の乱れる姿は、うつく
しいね……。ぁ……、そんなに、締めないでおくれ。まだ、君を堪能したいから……」
苦しい、苦しい。こんな快感は、おかしい。もう、前も後ろもわからなくなってしまいそうだ。
兄さん。兄さん、兄さん。助けて。なにかが、僕を飲み込もうとしてる。
僕はそれに、一生懸命抗い続けているんだ。
「にいさッ、にいさん、にいさああんッ!!」
目の前で、星がはじける。背中が反ってマットレスから浮き、尿道を勢いよく通っていく熱い欲を感じる。自分の胸やお腹を汚しても、拷問めいた快楽はひとつもましになってはくれなかった。
滲んではクリアになる視界に映る兄は、抱えた脚に舌を這わせながら、伏せた横目で僕を見ていた。ぢゃりん、ぢゃりんと動きにあわせて鎖の音を鳴らして。
すこし乱れた衣服から、眼差しから、表情から、危険な色っぽさを放って。
「あぁぁっ……! うああッ! ひいいいんッ」
もう、この気持ちよさに溺れよう。僕にはもうそれしかない。苦痛から目を背けるには、それしか。
だって、もう僕は限界なんだ。心も身体も、口からも悲鳴をあげている。
相手が誰だとか、お尻の孔だとか、余計なことを考えるのは今はやめよう。どうせ、激しい快楽の波が来る度に頭が真っ白になるのなら、今から真っ白なままにしてしまえばいい。
兄さんの肌みたいに、真っ白に──。
ほら、気持ちひとつで……。
「リタ……」
かわる。
「ああああんッ! ひゃん、ひゃああん! あ、あ、あ、あっ! いくっ、いくいくッ! いく、ぅぅ……!!」
笑えてしまいそうなくらい高い声が出たって、気にするもんか。口の端から涎が垂れたって、兄さんの肉棒をぎゅうぎゅうに締めつけたって。
倫理も恥じらいも悲しみも、なにもかも捨て去っても、身体に齎される奔流は激しいままなんだ。おかしくなったって、仕方ないよ。
「あぁーっ、あああーっ! 溶けるっ、溶けるよおっ!! 兄さんっ、兄さん! 僕、溶けるぅぅ!」
「っ……! はしたないよ、リタ……ッ。はぁっ、く……! ああ、もう……。そんな艶やかで可愛いのは、卑怯じゃないかい……っ?」
「ひぃんっ! ひぃいんっ! 奥、奥ぅっ!! 兄さん、奥うう!!」
「お、待ち。お待ちよ。う……、そんなに誘わないでおくれ。出てしまうから。ああ、わかったよ。わかったから。奥を、突いてあげるから。ッも、リタったら……。ふふふ」
ぐずぐずになって、溶けて、ぐちゃぐちゃになって、もっと変になりたくなる。
気がつけば、前も触ってと叫んでいて、兄は、仕方がないねみたいなことを言いながら、嬉しくてたまらない様子の表情を浮かべていた。
「ひあああーーッ! ああーッ!!」
性器からなにも出ていないのに、絶頂して。何度も何度も、頭を真っ白に灼いて。
兄が僕のなかに精を放つ感覚にすら、仰け反って痙攣した。
兄は気をよくしたのか、自身の象徴をしまってからも僕の後孔を弄り続けた。多分、あまりにも僕が鳴くものだから、面白くなったんだと思う。
「リタ……、リタ、可愛いね。気持ちいいかい?」
「うんっ、うん、うんッ!! うああ、ああっ! また、またいくっ! あっ、あっ……!」
この日は、いつ行為の終わりを迎えたのか覚えていない。
きっと、兄は僕が気を失うまで責め苦を続けたんだ。そして、僕は、その瞬間まで激しく喘ぎ続けていたのだろう。
頭がおかしくなったんじゃないかってくらい、乱れに乱れて。
「あああーッ!! ひぁああッッ」
リボンタイの跡が赤紫色になっていることにも気付かないほど、快楽の虜になって。
ともだちにシェアしよう!