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11話 略奪

 目を開ければ、無骨な色味の天井がある。  じんわりとした気怠さ。真っ暗闇にろうそくが一本だけ灯っているような、ぼんやりとした脳内がだんだんとクリアになっていく感覚。  気分は、あまりよくない。 「おはよう。リタ」 「……おはよう、兄さん」  今が朝なのか、夜なのか、昼なのか。太陽の光が射し込むことも、外の景色を見ることもできないこの場所において、兄がおはようというのなら、今は僕にとって朝なのだろう。  相変わらず、僕は薄暗い地下倉庫に閉じ込められたままだ。埃臭さにはすっかり慣れてしまって、もうまったく気にならない。  布団と僕の体温であたたまった黒っぽい金属の足枷も、そのまま。  雑然とものが並んでいた大きな棚たちだけは、最初の頃に比べてものの配置が見やすくなった。兄の手で整頓されたためだ。地下倉庫というだけあって、色々なものがある。実用的なリネン類や椅子、がらくたにしか見えない置物、医薬品から使い道のわからない古びた道具まで。僕は、それらを眺めているだけ。  僕の行動範囲を制限する鎖はそう長くはなく、離れた場所にある棚のものを手にとることもできない。計算されていたかのように、ぎりぎり届かないんだ。  すぐそこに色々なものがあるのに、自分ではひとつも触れない。自由がない。  まるで、僕自身も地下倉庫にしまわれたものみたいに。  ベッドから降りて、冷たい床に置かれた木桶に歩み寄った。僕に与えられているのは、このみじめなトイレとベッド、それに、兄が着せてくれた袖と裾の長いこの服だけ。 (囚人、みたい……)  椅子に腰かけて本を読んでいた兄に背を向け、裾を割り開いて露わにした性器に手を添える。若干前屈みになったまぬけな姿勢で、僕は急いで排尿を終わらせようとした。  兄は、気まぐれに僕の排泄を見たがる。今はその気まぐれがこちらに興味を向けませんようにと、僕は切に願った。  得てして、そういった淡い期待というのは砕かれるのが世の常というもので。 「うん?」  本を閉じるぱたりとした音に続き、微かな衣擦れの音が背後から聞こえる。兄がこちらへ来ようとしているのだろう。  ちょぼちょぼとはしたない水音を響かせるものを更に急がせる。はやく、はやく出しきれ、僕。出にくいなんて思ってる場合じゃない。  間一髪だった。兄が隣に立つ直前に排尿を終えた僕は、ささっと尿をきり終えて、白い衣服の前を素早くあわせた。何事もなかったかのようにベッドに上がり、布団に包まる。  本当は手を洗いたいけれど、兄が濡れたおしぼりでもくれない限りはこのままでいるしかない。本当に、不便でみじめな生活だ。 「リタ」  布団で身体をすっぽりと覆い、膝を抱える僕の頭を兄が撫でた。  ベッドに腰を下ろす兄さん。マットレスが柔らかに沈んで、僕の足先もすこしだけ連れていかれる。  兄の白い指先が、僕の前髪をもてあそんでから頬におりてくる。ぞわっとするなぞり方で顎骨を掠めて、首へと。とても、ゆっくりとした動きで。  そして、僕を覆う布団に触れたかと思うと、乱暴に剥ぎ取ろうとしてきたんだ。咄嗟に布端を強く握り込んで抵抗したけれど、急に動きを素早くした兄の方が一枚上手だったみたいで、僕の手からさらりとした感触が抜けていってしまった。  兄は布団を奪うだけでは飽き足らず、僕の──正確には兄の服をも掴んで、バッと裾を開いた。僕の腿が、お腹が、見られたくなかったそこが、冷えた空気に晒されてしまう。 「ふふふ。やっぱり。用の足し方が可愛かったから、もしかしてと思ったんだ」  僕の顔に、血が集まる。  男には、どうにもならない生理現象があるんだ。朝起きたとき、下が元気いっぱいになってしまうという現象が。  決して、僕だけに起きるわけじゃない。この綺麗な兄さんだって、男である以上は当然……。 「……兄さんも、朝立ちするの」  羞恥を紛らわすがてらにそう問うと、兄は『それはそうだよ』と小さく笑った。 「まぁ、今は夜なのだけど」  ああ、朝じゃなかったのか、とか、やっぱり兄さんでも朝は勃っちゃうんだ、とか、取り留めのないことを考える。  排尿を終えてすこし落ち着いてもまだ鎌首を擡げているそこを、兄はどこか無邪気な指遣いで弾いていた。痛くはなかったけれど、放っておいてほしい。誰にでも起こる生理現象だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。 「舐めて。リタ」  目を細め、兄が指を差し出す。  言葉は優しくて柔らかいけれど、これは命令だ。僕に拒否権はない。拒むことは、許されない。  ほんのすこしだけ口を開くと、無遠慮に挿し入れられる兄の二本指。舌をカリカリとひっかくそれは、はやくはやくと急かしているみたいだった。  なめらかな指に、恐々と舌を這わせる。 「唾液は飲まないで。もっと、べたべたに……。ふふ。リタは物分かりがいいね……」  上手上手と褒められたあと、口を開けさせられた。てらてらと輝く指を抜いた兄が、自分のベルトに手をかける。  また、セックスするのか……。また、はしたない気持ちに支配されるのか……。そう思うと、胸のなかが混沌とした。  片手と唾液に濡れていない指だけで、兄は器用にズボンを脱ぎさる。肉付きの薄い脚が露わになって、下着までも取り払われると、シャツの裾からかたちが綺麗すぎるお尻がちらりと見えた。  僕と向かい合わせになるように座り直し、片腕を後ろについて、兄は膝を開く。何度も僕に押し入った兄の男根が姿をあらわし、傷も染みもない白くてうつくしすぎる太ももが僕の視線を釘付けにする。  兄のうつくしさは、異常だ。そして、とても危険なものだと、僕はこの場所に閉じ込められてから学んだ。  倫理とか人の心とか、全てを塗り替えてしまおうとするんだ。こんな状況にあっても、なにもかもを忘れて見惚れてしまうほどに。 「僕の愛を、証明してあげよう」  僕の唾液に濡れた指が、性器よりも下の場所へと潜り込んでいく。 (……えっ?)  腕を伸ばして、手首を曲げて。 「に、にいさ……?」  兄の上体が後ろへ傾ぐと、そこは僕に丸見えになった。  初めて目にする窄まりに、兄の中指が第二関節ほどまで呑み込まれている。ぬぬぬ、と出てきたと思えば、ぐぐぐ、と入っていって──。 「っぅ……」  止まったかと思えば、手首を揺らしながらぐりぐりとねじ込もうとしている。  呆然として兄の顔を窺い見れば、前髪の隙間から覗く片眉は顰められて、すこしばかり不快そうに見えた。  指が、増える。兄の手に節が浮き出て、眉間にうっすらと皺が刻まれる。  僕は、いったいなにを見せられているのだろう。ぎこちない指の抽挿が止まったのに、付け根にある骨の膨らみが動いているように見えるのは、なかで曲げたり伸ばしたりしているからだろうか。 「ふ、ぅ……っ」  言葉を失った。  兄が、後ろの孔でオナニーをしている。それも、僕に見せびらかすみたいに。 「なかなか、うまく……、いかないものだね……」  挿し込んだ二本の指を開いて、兄は孔を拡げようとしているみたいだった。白い指の隙間から見えたあまりにも鮮やかな赤色に、僕の喉がこくりと鳴る。  だめだ。兄さんのそんな姿は、背徳的すぎる。これは見てはいけないものだ。  僕は顔ごと目を逸らし、視界に入っている兄の脚を意識から弾こうと努めた。股のものが朝立ちとは違う事象でぴくりとしていることには、気がつかないふりをしたかった。  兄の詰めた声を聞く。呻めきを聞く。  兄さんは姿形だけじゃなく、声まで綺麗で、うつくしくて、魔性だった。  感じているんじゃない、苦しそうな息だったけれど、僕はなにをしているのか知ってしまっているから、それがとても色の乗ったものに思えてしまう。  自分がひどい節操なしに思えて、泣きそうだ。  あわせた服の前を握りしめ、下をぎゅうっと押さえつけて、僕は必死におさまれおさまれと命令し続けた。兄が背徳的な行為に耽っているあいだ、ずっと。 「もう、いいかな……。リタの可愛い行動を見てると、我慢できなくなってくるね……」  自慰をやめて僕の肩に手をかけた兄の息は、すこし乱れていた。体重をかけられて、ベッドに倒されると、色づいて弧を描く唇を目の当たりにする。  なにかが、おかしい。いや、なにもかもがおかしいんだけど、いつもの──僕を犯す前の兄さんとは、すこしだけ目の光が違う気がする。そう思って身を硬くする僕の唇を舐めて、兄はほんのり湿った手で僕の性器を握った。  そして、誰にも秘密の内緒話をするような、ほとんど吐息の声で、囁いたんだ。 「挿れるよ……」  ぞわあっと全身の毛が逆立って、僕は慌てて兄を止めようとした。  兄にとらえられた性器の先に、危険なあたたかみを感じる。まずい。それはまずい。  それだけはやめて、兄さん。お願いだ。それだけは、どうか。 「や、やだ! 兄さん、やっ……あぁッ……!?」  兄の腰を掴むも、ぐっと体重を乗せられれば、非力な僕の腕力では止めることは叶わなかった。亀頭がぐぶっと呑まれる。火傷するんじゃないかと思うほどの熱に、包まれる。 「ッ……!!」  思わず息を止めた僕の耳朶を、ぎりっ、と鈍くて微かな音が叩いた。  すぐ目の前にある兄の顔が、顰められている。片目を瞑って眉間に皺を寄せて、強く歯を噛んでいる様子だ。もしかすると、今の音は奥歯が擦れあった音なのかもしれない。 「っく、ぅぅ……」  兄は身体を起こし、僕の胸に片手をついて、僕を更に呑み込んでいく。 「ひ、ああぁぁ……!!」  目の前が、ちかちかする。  兄のなかは熱くて、ぎゅうぎゅうで、凄まじい抵抗感があった。つるんと入っていくにはぬめりが圧倒的に足りない。僕の性器と兄の肉が摩擦して、痛いくらいだ。 「結構……っ、痛いね……ッ」  兄の痛みは、結構なんて言葉で片付けられる程度のものではないはずだ。  だって、僕は知っている。あの、刃物で切られるような、なかを削られるようなひどい痛みを。他でもない、この兄に与えられたあの痛みを。  それなのに、兄は挿入をやめようとしない。もっと深くまで貫かれようとして身を落とし、髪を暴れさせて苦痛に呻いている。 「にいさっ……! ぬ、抜いてっ! お、おねが、ああッ!!」  ぎゅうぎゅうに締めつける孔が、大振りに動き始めた。  拒絶する場所に無理やり押し込められていっては、搾られるように外へ出される。くびれのぎりぎりまで熱を失ったかと思うと、また呑まれて。  あまりに壮絶な刺激だった。  兄さん、兄さん。息ができないよ。  やめてよ、そんなにぎゅうぎゅうしないで。擦らないで。  もっと、膨らんでしまう──。 「い、っ……。これが、リタの愛なんだね……。ああ、痛い……。いた、いよ……」  ズン、と腰を落とされると、僕と兄は同時に悲鳴をあげた。 「なんて、素晴らしいんだろう……ッ」  兄は、脂汗を滲ませながら自身を掻き抱いている。ひどく嬉しそうに、笑いながら。  ごりゅ、と僕の性器の先が、肉の壁にぶつかって抉ってしまう感覚がした。 「っうう……!!」 「ひあああ……!!」  目の前に細かな星がとんで、いけない欲がせり上がって来ようとする。 「に、さ……! おねが……! もう、どいて……!」  涙ながらに懇願する僕の声は、兄のなかが収縮する度に途切れた。 「ふふっ……。ふふふっ、リ、タ。可愛いね。僕の、なかで……っ、ぴくぴくしてる……」  やたらに色っぽい息を吐きながら、やわやわと締めつけを強くする兄。  難しいね、なんて言っているけど、細胞のひとつひとつまで操っているんじゃないかってくらい肉襞がぴったりとくっついてくる。  蠕動して、微かなぬるつきで撫で擦ってくるんだ。 「兄さん……! 兄さん、お願い……! 僕、初めてなんだッ! もう、もうっ、やめて……。お願いだから……」  言葉にすると、恥ずかしくて情けなくてみじめで、それに悔しくて仕方がなくなってしまった。  童貞なんていつまでも持っていても、なんにもならないとは思う。けれど、持ち続けていたものはしょうがないし、ここまでくると、僕は僕なりに夢見た童貞の捨て方というものがあった。それは、決してこんな錯綜的でおかしなシチュエーションじゃなかった。もちろん、相手だって間違っても兄さんじゃない。  ぽろん、と僕の目尻から涙が転がっていく。 「ああ、リタ……。また、そんな可愛いことを言って……。初めてだなんて……。ふふ、光栄だな。……ん、ぅっ、張り切って、あげたくなるだろう?」  痛みに顔を顰め、それなのに喜びを表情に咲かせて、兄が揺れる。僕の胸に両手をつくと、今度は跳ねるような動きに変わった。 「あっ、あっ! やあぁっ!」 「う……! っく……うっ」  煌めく銀の髪が暴れ、兄さんの顔を細かに打っている。兄の体重が乗り、支点にされた僕の胸は強く圧迫されていて、ついつい苦しみに息が詰まる。そこから開放されたくて無意識に手首へと手を添えれば、激しく揺れる兄から、玉の汗が一粒飛んできた。 「う、く……! っつ……!」  兄の呻き声は、とても辛そうだった。  痛いよね、兄さん。苦しいよね。  兄が動く度にすこしずつすべりがよくなっているのは、きっと傷付いたお尻からの出血のせい。そこ、ヂリッヂリッ、って焼かれているみたいな痛みがするよね。  僕、知ってるよ。兄さん。  本当に、辛いんだよね。 「にいさんッ! も、やめて! んんっ!! っも、もうッ……!」  兄が、手をつく位置を変える。シャツを纏った胸を張るようにして後方に手をつくと、僕には全てが見えるようになってしまった。  ほのかに赤く染まった僕の昂りが、白くうつくしい身体に打ち込まれては出現し、また呑まれていく。結合部からほんのすこしだけ視線を上げたところにあるそれを見て、僕は愕然とした。 「に、にいっ……!」 「っは……! ッ、リタ……!」  喉仏を晒す兄の性器が、勃っている。  あんなに痛いのに、辛いのに。強く張り詰めて揺れている。  動きにあわせてぶるんぶるんと。シャツの裾を先走りで濡らしながら。 「あ、大きく、なったね。んっ、……くぅッ。イきそうかい?」  頬を上気させ、荒い息を吐く兄。僕に向けられるその表情は、すこし悪戯っぽくて、ちょっと苦しそうで、おかしいくらい魅惑的だった。 「ひ、やッ!! だめ、だめっ……! 兄さん、だめっ! あぁっ、はげ、し……! やあっ……!!」 「あ、は……! ッくぅぅ……!」  僕に跨る兄が、跳ねる。揺れる。僕の性器を激しく締めつけて、搾り取ろうとしてる。  抗いたくて手を宙に彷徨わせたけれど、一体どこに手をつけばいいのかわからない。兄はそんな僕の手を取って、余裕をなくした表情で自身の昂りに導いたのだった。 「はっ、あ……」  兄さんの睫毛が、伏せられる。傾いた顔は無防備で、ほのかに開いた唇からは信じられないくらい艶やかな息を漏らして。 「あっ、あっ……!? や、やぁっ!! いくの、やだああーっ!!」  煌めく茂みに彩られた兄さん自身は熱くて、硬くて、ひどくエロチックに思えた。  兄さんの綺麗な顔も、吐息も、全部。 「ひぃぃぁああんッッ!!」  僕の意思に背く身体にぐっと力が入って、喉と性器から(ほとばし)りを感じた。 「ん、んっ……! ああ、リタのが、リタのが僕に染みていくよ……! ああ、ああっ……!!」  僕の精液が兄の身体に吸い取られていく。  無意識に力を込めてしまった手のなかで兄の脈動を感じたかと思うと、お腹に白濁をぶちまけられてしまった。  ひくんひくんと微かに震え、綺麗で艶やかな人が倒れ込んでくる。ぶつかる! と思って咄嗟に顔を庇ったけれど、心配はいらなかった。兄はちゃんとマットレスに手をついて、自分の身体を支えていた。 「はっ……、は……」 「う……」  身体も心も、お腹に放たれた兄の精液も急速に冷えていく。  空虚だ。ぐちゃぐちゃになった気持ちさえも呑まれてしまうような、ぽっかりとした穴が心に空いている。後ろを貫かれたときより、今の方が喪失感がひどかった。  彼女に捧げたかった、僕の初めて。  いつか、いつかプロポーズをしてミィナと……。そう夢見ていたのに。僕の淡い気持ちは、こんなにもあっさりと散らされてしまった。 「これで、わかったろう? 僕はね、リタのものなんだ」  ふふ、と笑って、兄は髪を耳にかけた。僕の鼻先をくすぐる銀の糸から、ほの甘いシトラスの香りがたちのぼる。  色づいた唇。すこし潤んだ薄青の瞳。頭に腕が添わされる感触を覚えると同時に、それらがゆっくりと近付いてくる。 「そしてもちろん、リタは僕のもの。愛してるよ」  熱い吐息を纏ったキスが、僕に与えられる。いや、違う。奪われる。  前も後ろも、唇も、なにもかもが。  兄さんに、奪われていく。

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