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14話 幼馴染 後編

 身体の震えが止まらない。ミィナの虚ろに開いた目が、頭を離れない。  死んだ。死んだ。ミィナが。  嘘だ。いや、嘘じゃない。あれは、彼女だった。  ああ、ああ。ああ……。 「あああぁぁぁぁ……!!」  意味を持たない叫びを漏らしても、身体を折っても、過去は変えられない。  ミィナ。ミィナ。ミィナ。  ああ、そんな……。ミィナ……。  力無くベッドに座り込み、僕は彼女の名前を呟く。とてつもない後悔が、身体から気力を奪っていくようだった。  暫くして一人で戻ってきた兄は、地下室に入ってすぐに顔を顰めた。すん、と空気を嗅ぐ素振りを見せたかと思うと、テーブルを見つめて目を細めている。 「お腹が空いたね。パンを持ってきたよ。食べられるかい?」  兄が、濡れたタオルを僕の頬にあてる。次は、手に。氷のような冷たさで血を拭われながら、首を左右に振った。もう、お腹なんて空いてない。ものを食べる気になんて、到底なれそうにない。  兄の服装はさっきとは違うものに変わっていて、右手も血に汚れていなかった。ほの甘いシトラスが強く香るから、どうやらシャワーを浴びてきたらしい。  僕の手や頬を拭ったタオルでテーブルを──ミィナの残滓を拭き取り、兄は扉の向こうに置きにいったみたいだった。  椅子に腰かけ、斑点のあるパンをちぎる。口に入れた瞬間に眉がぴくりと動き、細い顎が咀嚼するさまを、僕はぼんやりと眺めていた。  難しい顔をして、兄は噛む。時々、止まる。たった一口を随分と長いあいだ噛んだあと、眉間に皺を寄せて喉仏を上下させた。  それきり、パンを口に運ぼうとはしなかった。 「ん?」  兄の目が、僕を向く。  品性を感じる足取りで歩んできて、そっと、ベッドに乗り上がる。 「待っていたのかい? ああ、そうだね……。いいところで、放って行ってしまったね。ふふ。ごめんよ」  輪郭に沿ってすべらされる指。持ち上げられる顎。顔にかかる、兄さんの濡れた髪。  小刻みに震える僕のことなんかお構いなしに、兄は唇をあわせてくる。舌を忍び込ませて、ぺちゃぺちゃ音を立てて口のなかを舐めまわるんだ。  い、やだ。こわい。きもちわるい。  ぶわりと背中を粟立たせる憎悪と嫌悪感が、腕を突き出して兄を突き飛ばそうとする。それを、恐怖心が必死に留めている。  兄さんを拒絶すると、どうなる? きっと怒るよ。  でも、兄さんは、この男は、ミィナを。ミィナを……。  マイナスの感情が対立しあって、僕の手は奇妙に持ち上がったままになった。  上顎をねっとりと舐めていく舌べろ。飲めとばかりにおくられてくる、兄の唾液。  吐き気と莫大な嫌悪を兄の唾液で飲み込む瞬間、無意識のうちに兄の腕を強く掴んでしまっていた。 「っつッ!」  僕が顔を背けるよりもはやく、兄が離れていく。目を眇めて、痛みをこらえたような表情をして、僕の手首を掴んだ。 「ちょっと……、ひっかかれてしまってね。怪我をしているんだ」  剥がされる僕の手。その下で、じわりとシャツに滲んだ赤。 「利き腕だから大変だったけれど、ちゃんと処置はできたよ。大丈夫。心配はいらない」  ミィナは、抵抗したのか。そうだよね。当たり前だよね。周りの大人たちは? おじさんとおばさん──ミィナのお父さんとお母さんはどうしたのだろう。 「だから、そんな不安そうな顔をしないで。僕は大丈夫だよ」  兄さん。  どうして、兄さんは笑っていられるの。そんな嬉しそうな顔、どうしてできるの。 「ああ、リタ。……可愛いね」  血の滲む右の上腕を掻き抱いて、兄はぞくぞくと身体を震わせている。指に血を纏わせて、僕に、手をのばす。 「さっきもね、似合うなと思っていたんだ」  僕の唇を、ぬるぬるした赤い指でなぞっていくんだ。 「ふふ。やっぱり。綺麗だ……。お嫁さんにしたいくらいだよ……。リタ……」  甘ったるい言葉とともに、またキスを与えられる。今度は、触れるだけの紳士的なものを。  僕の唇に塗られた血が兄さんの唇に移って、まだらに染まる。  赤く。うつくしく。  猟奇的で、残忍に。  ぎゅっと目を瞑り、僕は身を丸めた。僕の前にいるのは、殺人鬼だ。人を、幼馴染を殺して平然と笑っている、本物の狂人なんだ。  助けて。誰か、助けて。  父さん。母さん。助けにきてよ……。  兄さん──。  背中に感じるあたたかさ。ほの甘い、シトラス。殺人鬼の──兄の手が、僕の股間を撫でさする。  さわさわと、ごねごねと。 「……あれ? 勃たないね」  快感なんて微塵も感じない。あるのは、ひたすらな恐怖だけ。 「リタ? どうしてなにも言わないんだい?」  首筋に触れる兄の髪の感触すら、恐ろしくてたまらない。恐怖が僕をがんじからめにして、呼吸を奪っていく。 「リタ。ねぇ、リタ……?」  耳元で、ひどく弱々しい声がした気がした。  それでも、僕は。  怖くて、怖くてたまらなくて。石になったみたいに、身体が動かなくて。身を硬くすることでしか、自分を守れな──。 「リタッ! なにか言いなさい!」  大声で怒鳴られ、僕の肩は飛びあがりそうなほどに大きく跳ねた。  頭にはしる鋭い痛み。前髪を掴まれて、引き倒される。 「僕を見て! 見るんだ!! 鳴きなさいッ! 声をあげなさい!! リタッ!!」  振り上げられる手。僕を打つ、兄の手。  僕の顔を、庇った腕を、何度も何度も兄は打つ。 「────ると、言いなさいッッ!!」  ほとんど喚くようなその声は、全てを聞き取れなかった。 「お鳴き! お鳴きよ!! リタ! リタァッ!! 僕の名前を呼んで! 僕を見て! 君は僕のだ! 僕のものだッ! 僕を一人にするな! リタッッ!」  兄は止まらない。喚き散らして、叩いて、髪をひっぱる。どこらじゅうが痛んで、奥歯ががちがちと音を立てて、息ができない。このまま、気を失うんじゃないかと思った矢先だ。  首に、ぢりっとした痛みを感じた。爪でもあたったのだと思う。恐らく、たまたま。  だけど、僕の恐怖心は限界まで膨れ上がっていて、首を絞められた記憶までもが鮮明に蘇って、パニックになったんだ。  ──殺される。今度は、僕が。  兄さんに、殺される! 「うわああああぁぁっっ!!」  叫ぶ。喉の奥まで開ききって。  襲いくる手を払い退け、肩を押して。  気がつけば、僕は兄の身体に馬乗りに跨っていた。 「ふーっ……! ふーっ……!」  眼下で仰向けになっている兄さんは、ぽかんとした顔をしている。放射状に広がった髪が、シーツの上で煌めいている。  髪と同じ色の睫毛が瞬くと、煌めきがもうひとつ生まれて白い肌をすべっていった。 「ふぅぅぅ……! うぅぅぅ……!」  頭の奥をじんと痺れさせて、僕は歯の隙間から息を吐く。そうして兄の手をつかまえて、手繰り寄せて。 「にい、さん……ッ」  自分の股へと、導く。 「ああっ、ああっ! 兄さん! に、兄さん! エミリア兄さんッ!!」  ふにゃふにゃのそこに、兄の手を擦りつける。がちがちとぶつかり続ける歯で舌を噛んでしまいそうになりながら、声をあげるのだ。  羞恥なんてなかった。ただ、怖くて。死にたく、なかったんだ。 「ちゃ、ちゃんと感じてる! エ、エミっ、エミリア兄さんの手ッ、感じてますッ! ああっ!」  無意味に身体をくねらせて、嘘くさい喘ぎ声を作る。  いくらでも、声くらいあげられる。兄さんのあそこだって、いくらでもさすってあげる。 「ああん! ああん! エミリア兄さん! 兄さぁん!」  なんでもします。言うこと、ききます。  死にたくない。死にたくないよ。  殺さないで、兄さん。お願いだ。兄さん。エミリア兄さん。  胸だって、自分から肌蹴けてみせるよ。ほら、見て! 乳首も、自分で弄るから。 「エミリア兄さん。エミリア、さま……。にい……エミリアさまの手が、い、一番いいよぉ……っ」  陳腐な媚を売って、兄の股間をまさぐる。  ああ、どうしよう。思うように大きくなってくれない。  気持ちよくないのかな。口でしたら……。だめだ、喘がないと。声、出さなくちゃ。 「リタ」  平坦な声音で名前を呼ばれて、ぎくりとした。  なにか間違えてしまっていたのだろうか。兄の気に触ることをしてしまったのか。 「エミリアさま、なんて呼ばれるのは、距離を感じて寂しいよ」  表情を緩め、兄は僕の手を撫でた。うまく開くことができないでいる前立てのなかへ案内されて、ここだよと小さな声で教えられる。 「あっ……。そんな、急に激しく……。慌てなくても、僕は逃げていったりしないよ」  握り込んで、がむしゃらに兄を扱く。ある程度の硬さをもったら、すぐさま僕の孔へ。  ……と思ったけれど、上手に狙いが定まらない。手が震えて、切っ先がすべって、逃げていってしまう。 「リタ……。可愛い。可愛いね……。そんなに僕を求めて……。ああ、なんて、愛しい」  兄さんの手を借りて、ぐぷりと呑み込んでやる。すべりが足りなくてなかが痛んだけれど、もう慣れた。これくらい、なんてことない。これで、生かしてもらえるなら。  ほら、兄さんも嬉しそうな顔をしている。情熱的だね、と囁いて、熱い息を吐いている。  この地下倉庫に閉じ込められて、……何日? 何週間? わからないけれど。いくつか、学習したことがある。  兄は、僕が嬌声をあげていると痛いことをしない。優しくしてくれる。今もそう。僕の目からあふれた涙を指先で拭ってくれた。  それに、名前で呼ぶと喜ぶみたいだ。  だから、僕は。 「ああ! 兄さんッ! エミリア兄さんッ! 気持ちいっ、気持ちいいよおっ!」  兄の機嫌をとれそうな言葉を、吐く。  僕のなかの屹立はむくむくと質量を増し、硬い感触で奥を抉る。腰を落とす度、腿裏を擦りつける度。  ぐりぐり、ごりごり。  ああ、吐きそうだ。お腹の奥深くまで、突き刺さっている。 「う、うぐぅ。……あ、ああっ!」  内臓を押し上げて、吐き気とは違う、ぞわぞわしたものを込み上げさせる。  うわあ、なに。この音。  ぬちぬち。ぐじゅ、ぐじゅ、って。僕が、自分から立ててるの?  お腹のなかが苦しくなって視線を落とせば、薄青色の泉と目が合った。  抱擁を求めるようにのばされる手。そっとその手に触れてみると、やわらかに指を絡めとられてしまった。手のひらをぴったりとあわせさせられて、強く握り込まれて。 「愛しているよ。リタ。僕の、すべて……」   泉をあふれさせ、兄は囁く。  ひどくうつくしく、どこか可憐な微笑みを浮かべて。 「うあんっ! あっ、あぅんっ! エミ、エミリアにいっ……! あっ、あ……!」  ごめん。ごめんよ、ミィナ。  僕が会いたいなんて言ったばっかりに、君を死なせてしまった。  それなのに、僕は──。  君を殺した兄さんの上に跨って、自分から腰を振る。馬鹿みたいに媚びた声をあげて、悦がり狂って。  あんあん、あんあんって、娼婦みたいに。自分の、命かわいさに。  僕は、君の彼氏失格だ──。 「あ、あ……。とても、深いところまで届いているね。ああ……。強く、抱きしめてもらっているみたいだ……」  僕の下で、兄の腰が波打つように動いた。  ああ、僕たちは、どこまでも兄弟だ。動きが、びっくりするほどぴったりなんだ。  僕が腰を跳ねさせ、下ろすと、丁度兄さんが突き上げてくる。同時に声をあげて、身体を揺する。  兄とあわせた手のひらが汗ばんで、頭の奥がちかちかしてくる。  ああ、熱い。いつの間にか、僕の股間は目一杯に張り詰めてしまっていた。 「兄さんっ、兄さあん!! いくっ! はぁー……っ、はぁぁぁっ。僕、いきそうっ!」 「一緒に、イこうね……」  綺麗な兄の顔を見て、シャツに滲む赤色を瞳に映し、目を閉じる。  真っ暗な世界でお下げ髪を揺らした彼女は、身体を失ったままで僕を見ていた。とても、とても悲しそうに。 「あああっ! あ、あ、あああぁぁんッ!!」  どくん、と身体の中心が鐘を打つ。すると白い波が頭のなかを染めて、彼女の姿を押し流してしまった。 「う、締まる……! リタ……ッ!!」  ミィナ、ミィナ。  ミィナ……。 「うわああああああッ……!」  涙をこぼして仰け反って。精を放ちながら、思ったんだ。 「はあ、はあ……。んっ、は……、あ……」  ああ、僕、生きてる。って。

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