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第2話
「ありがとう~♥里中くん!」
学年一の美女が満面の笑みで悠を迎えた。
「やるじゃん悠!」
光哉も珍しく素直に褒めてくる。その歓迎ぶりに、悠も満面の笑みで答えた。
とりあえず任務は完了した。はずだ。。約束通りあのメモを渡したのだから。
だが、自分が告白してきたとはさすがに言えない。
目の前の美咲が、キラキラとした瞳でこちらを見ているから余計だ。
それに、神崎とて、美咲からの手紙だと分かれば悪い気はしないだろう。
今は生徒だが、来年卒業をすればただの教え子に過ぎない。その気さえあれば、美咲の恋が成就する可能性は十分にある。
美咲も、手紙が神崎の手元に渡ったいま、絶対の自信がある。
今一度「ありがとう」と感謝の気持ちを伝え、美咲はルンルンと去って行った。
悠の目から見ても、美咲は本当に可愛い女子だ。
あの神崎と美咲が・・・
恋が実り、2人が仲良く体を寄せる映像が、ふと悠の脳裏をよぎった。
その映像をブンブンとかき消す。
自分でもよく分からない。なぜ初対面の教師にあのようなことを言ってしまったのか。
これまで告白などしたことがなかったのに、だ。
でも、悠は突然落ちてしまった・・・。
これまで無縁だった【恋】というものに。
「今度は俺のお願いも聞いてもらおうかなあ~」
「え?」
想いにふける悠を現実に引き戻すように、光哉が悠の首に腕を回した。
悠は慌てて笑顔を作る。
「光哉も好きな人いるの?」
「当たり前じゃん!高校3年だぞ、最後の夏だぞ。恋をしないで何すんだよ」
高校最後なんだから勉強しろよ、とは言えない。
全国の高校3年生9割がそう思っているだろうから。
高校生活最後の思い出に・・・
この夏はいい恋をしたい。
それまでそんなことを考えてもいなかった悠は、改めて高校生活を振り返る。
いい恋・・・確かにしていない。記憶もない。
だが今は・・・あの冷たい瞳が蘇る。
「僕も恋したい・・・」
「誰が恋をしたいって?」
「わ!」
2人の間に、突然割って入ってきた人物が1人。さらに悠と光哉を引き離す。
「ほらほら、くっつくな。離れろ」
「阿部ちゃん、どこから出てきたの?」
阿部と呼ばれた男性教師は、ニヤリと笑みを浮かべる。悠と光哉の担任の教師だ。
「暑いんだから、男同士でくっつくな」
「いーじゃん、俺たち仲良しだし!」
「なら俺も入れてくれ」
言って、悠の腕を掴み、華奢な体を包み込む。
「ちょ、先生!」
驚いた悠が阿部の腕から離れようとするが、それを許さずさらに体を抱え込んだ。
「阿部ちゃん、俺の悠に触らないでくださいよ!」
「俺も悠ちゃん好きだし」
「セクハラ教師か」
「なんとでも言え」
「先生!」
バシッと悠が阿部を突き飛ばした。
「校長先生に言いますよ」
「分かった分かった」
パッと手を離した阿部を悠が睨む。
「分かったから、2人とも寄り道せず帰るんだぞ」
「てか、阿部ちゃんが邪魔したんじゃん」
「うるさいうるさい」
放課後の校門前、空を見上げれば、眩しい夏の日差し。
高校最後の夏。勉強も大事だけど・・・
勉強だけでは学べないのが恋心。これも大事な人生の勉強。
昨日まで、恋など皆無だった高校生活から、ふと何かが変わった悠は、光哉とともに校門を後にした。
「やっぱりここにいたんだな」
「おー尊 。遅かったじゃん」
悠と光哉は、ともにいつものカフェに寄り道中。
女子だけがカフェでおしゃべりをするのはもう昔の話。
今は男子だっておしゃべりしたい!
青春ど真ん中・男子高校生である悠たちも、学校帰りはカフェに立ち寄るのがルーティンとなっていた。2人の席に、もう1人の悪友・尊が加わった。
「香織がなかなか離れてくれなくて」
「あー、出た出た!香織に困ったシリーズ!!」
香織とは、尊の彼女である。
「良いよね~。尊だけは、3年間ずっと香織ちゃんと青春しちゃってさ」
「そんなに良くもないけどな」
「またまた~」
この幸せ者!と光哉が突くが、どうも尊の表情はすぐれない。
しかし、それ以上に神妙な顔つきをしている悠に、尊が顔を覗き込んだ。
「どうした悠。いつになく真剣な顔して」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「悠!」
「へ?」
「へ、って、どうかしたのか?」
周りからクローズ状態にある悠を尊が突いた。
「悠は今日大役を務めたからな!」
「大役?」
あの場にいなかった尊のために、光哉はまるで自分が活躍したかのように経緯を話した。
「美咲のキューピットになったって??」
有名人である美咲と、噂のイケメン教師の話題にクールな尊も目を丸くする。
しかも、恋愛沙汰に悠が巻き添えになるとは・・・。
「で、悠の協力はうまくいったわけ?」
「いや、それが・・・」
「うまくいったよな、悠!美咲ちゃんの誘いを断る男はいない。イケメン教師でもね」
悠の言葉を遮るように光哉が言う。相変わらず我がことのように話す様が滑稽だ。
「別に俺は断るけどね。美咲みたいな女子はタイプじゃないし」
「おいおい尊。なんてこと言うんだよ。あんなに可愛い女子はそうそういないじゃん」
サラッと発言する尊に、光哉が喰いつく。
「顔がどんなに可愛くても、別にタイプじゃないし」
「はあ~?」
無理無理、理解できない~、と光哉。
しかし、尊はそんな2人のやり取りが全く目に入らない悠が気になった。
「どうした悠。さっきからずっと大人しいじゃないか」
「え・・・いや、、別に・・・」
美咲以上に、かは分からないが、悠の心はイケメン教師・神崎のことでいっぱいだった。
悠自身、どうしてこうなったのか分からずに戸惑っている。
神崎が言っていたように、2人は初対面。男同士。教師と生徒。
恋に落ちる要素なんて一つもないはずなのに・・・。
悠は、これまで経験したことがないような想いに支配されていた。ほんの数十分前に初めて会ったばかりなのに、もう会いたくて仕方がない。
「おーい、聞いてるか~、悠!」
こりゃ重症だ、と嘆く光哉の隣で、尊が悠の視線に入り込んだ。
「まるで、恋をしている女子のようだぞ」
「え?」
こい?恋愛経験なんて全くない自分が・・・恋??
尊に言われ、悠は自覚してしまった。この感覚は、恋なのか。
よく分からないけど、おそらくそんな気がする。
昨日まで、ほぼ知らない存在だったはずが、今はただただ会いたい。
会って話がしたい・・・。触れたい・・・。もっと神崎のことを知りたい・・・。
こんな衝動に駆られるのは、あの教師に恋をしてしまったからだ。
これまで17年間の人生をまっすぐ歩いてきた悠は、突然「恋」というポイントにストン、と落ちてしまった。
隣では、光哉がしつこく尊に話しかける。香織との関係に興味津々だ。
しかし、尊は悠の変化に少なからず不安を感じていた。恋愛に疎い友が、今日は明らかに表情が違う。直感が、恋をしていると訴えている。
「心配だ・・・」
心の中でそう呟いた尊をよそに、悠の心はすでに明日への希望に満ち溢れていたのである・・・。
「恋」を覚えた男子高生の行動は早い。
翌日の放課後、悠は科学室へすっ飛んで行った。
10年を超える学生生活で、こんなにも放課後を待ちわびたことがあっただろうか。
今日一日、いや、昨日の出会いからずっと悠の胸は高鳴り続け、脈拍だけでなく、血圧までも上がりそうだった。
いや、実際に上がっていたと思う。
今から神崎に会えるかと思うと、それだけで胸がドキドキした。
昨日とは別人のように、躊躇なく準備室をノックし、返事が返ってくる前に扉を開け中へ入る。
そこには、会いたくて仕方がなかった神崎の姿があった。
「先生!」
「わ!なんの真似だ!」
いきなり抱き着こうとする悠をギリギリで交わし、神崎が声を上げた。
「先生、好きなんです」
「断る」
「少しは考えてください!僕、真剣なんですから」
今にも喰いつきそうな悠に、神崎はため息をつく。まさか、昨日の今日で、悠が再びここへやって来るとは思わず、完全に不意を突かれた。
「簡単に、真剣だなんて口にするな・・・」
「先生、休みの日は何をしているんですか?」
「人の話を聞け!」
”ちぇっ”と、悠が唇を尖らせる。
「生徒の質問に答えてくださいよ!。休みの日は何をしているんですか?」
「プライベートな質問にはノーコメントだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ジロッと悠が睨み、再び神崎がため息をついた。
もはや今の悠には、何を言っても声は届かない。
「恐竜の研究」
「出かけないの?」
「用がないから出かける必要がない」
「じゃあ今度僕とデートしませんか?」
「しない、、、その前に、君に聞きたいことがある」
「何ですか?」
なぜか悠の瞳は期待に溢れている。その期待をぶち破るように神崎が切り出す。
「部外者の君がなぜここにいる?」
「会いたいから」
はあ・・・・。
大きなため息が準備室内を木霊する。
「ここは準備室で、関係者以外立ち入り禁止だ。もちろんその部外者には生徒も含まれる」
「もうすぐ関係者になりますから」
「ならん!!」
「わ!先生ー」
ひょい、っと悠の首根っこを掴み、昨日と同様準備室からつまみ出す。
これ以上、この小さな危険人物をここへ置いておくわけにはいかない。
鍵をかけると、準備室に再び静寂が戻った。
しかし、ドアの外では・・・
つまみ出された悠が、よいしょ、と立ち上がる。
追い出されたはずなのに、イヤな気はしない。それどころか、神崎への想いは増すばかりだ。
なぜこんなにも惹かれるのか・・・。
当の悠にも分からない。これが本当に恋なのか、も言い切れない。
でも、この気持ちを抑え、黙っていることが出来なかった。いったい、いつから自分はこんなに積極的な人間になったのだろう・・・。
恋愛にはさほど興味がなかったはずが、気が付けば、自分から必死に告白をしている。
しかも教師にだ。悠自身、全く分からない。けれど惹かれずにはいられない。
17歳、、、少年から青年へと成長途中の悠は、自らの心に正直に生きることを選択した。
「僕、絶対に諦めませんから」
そっと呟いて、自分の教室へ戻るべく歩き始めた。まだまだ始まったばかり。
多少の障害は想定内。すぐに成就しないのも分かっている。
無敵の17歳は、ジコチューロードを進んでいく。すると・・・
教室へ入ろうとした瞬間、誰かに腕を掴まれ中へと引き込まれる。
「え、ちょっ!」
「悠ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ガラガラ、っと扉を閉め、満面の笑みで担任の阿部 透 が立っていた。
はあ・・・
先ほどの神崎のように、今度は悠が大きなため息をついた。
こんな場面は初めてではないが、今は神崎のことで頭がいっぱい。
思考が渋滞中で、とても透のことまで遠回りする頭は持ち合わせていない。
「先生・・・」
「2人きりの時は、透って呼んでと言ってるだろ」
「阿部先生!!」
怒られても両腕を悠の首に回し、完全に抱き込んでいる。担任の阿部 透は、いつもの通り、優しい表情で悠を見つめた。
「いい加減、俺とのスキンシップに慣れてくれないかなあ・・・」
「一生慣れませんからっ」
透の腕から逃れようと、取り合えず暴れてみる。顔の距離も非常に近い。
しかし、そんなことでめげる教師ではない。
「ところで悠ちゃん。美咲のキューピットになったんだって?」
「え・・・」
キューピットになったかどうかは分からない・・・。
ことの全貌も透には言えない。
が、その前に、そもそも美咲の存在を忘れていた。
美咲のおかげで神崎に出会えたというのに・・・これではバチが当たってしまう、と反省。
「しかし美咲も見る目ないよなあ・・・よりによって、あの穂高をねー」
「穂高?」
「そ。神崎穂高。俺とは高校からの付き合いだよ」
ほだか・・・見た目だけでなく名前も良い響き・・・
「ちょっと悠ちゃん、大丈夫?目が遠くに行ってるけど」
「へ・・・。あ、いえ大丈夫です。それより、神崎先生と?」
様子がおかしい悠が気になりつつ、透は話しを続けた。
「そ。穂高とは10年以上の付き合いになるかな。昔からのモテ男だから、この高校に赴任するのは心配だったけど、まさかこんなに早く美咲の目に留まるとは」
「詳しく教えてください!」
「え、詳しくって・・・」
珍しく喰いつきが良い悠に、透のほうが慌てた。
これまでとは逆に、迫って来る悠と一歩下がる透。
「あの美咲が穂高に惚れるのが意外だなあって話し」
「どうしてですか?」
「え・・・」
なおもグイグイと迫る悠。
「穂高は変人だから。人間に興味がない恐竜マニア」
「やっぱり・・・」
「?」
いったい何が「やっぱり」なのか・・・。ますます透の疑問は膨れる。
このままだと、話題が穂高と美咲のほうへ進みそうなので、透は両手で悠の頬を包む。
「悠ちゃん。人の恋愛の手伝いも良いけど、そろそろ真剣に俺と付き合ってくれないかな?」
そのまま教室の隅まで連れて行き、扉付近まで追い詰める。
壁ドン状態になるも、悠は怯まない。
「2年前の入学式。初めて会ったその日から、ずっーと悠ちゃん一筋なんだけど俺」
「生徒をちゃん付けで呼ばないでくださいってば」
壁ドンから逃れようと、透のスキを窺う。
「高校最後の夏は、俺と思い出を作らないか?もう卒業まであっという間だから」
「僕の話し聞いてます?」
「ドライブなんてどう?悠ちゃんの行きたいところならどこへでも行くよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「たとえ、そこが天国でもね・・・」
・・・・・いや、地獄だろう。。
ダメだ。。この教師には、何を言っても無駄だ。。
そう諦めかけた時、悠の脳裏に神崎の顔が浮かぶ。
いまだペラペ~ラと愛とやらを語る透の上からかぶせるように言った。
「・・・知っていると思いますけど、僕は男で、先生も男で。しかも先生は担任ですよ!」
「そんなん、恋愛の障害にはならないだろう」
「いいえ、立派になると思いますけどっ」
「俺は真剣なんだ」
キスをしようとするのを必死に止める悠。
「僕も真剣です・・・って、先生!」
「つれないな」
「だーかーら、生徒ですってば」
「ちぇ」
「ちぇ、って・・・」
それが生徒に対する態度と言葉なのか。。本気で疑うが、ひとまず貞操の危機からは逃れられたので良しとしよう。
「俺は諦めないからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ついさっき、どこかで聞いたセリフだと思いつつ。。
悠は作り笑いを浮かべた・・・。
透が「真剣だ」と訴えるこの告白は、悠が入学した当初から続いている。
当たり前だが、これまで一度もその告白に応じたことはない。もちろん、この先も応じるつもりはない。決してふざけているとは思っていないが・・・。
正直、透はイイ男の分類に入るだろう。神崎とはまた違うイケメンである。
その透が、なぜこんなにも悠に好意を寄せているのか・・・。
長きに渡る告白を断り続けている悠は、さすがに申し訳ないと感じていた。
しかし、それに応えるわけにはいかない。今の悠には尚更だった。
悠もまた、運命ともいえる相手に出会ってしまったから・・・。
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