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第3話
「俺の生徒に告白されただとぉ?」
ここは透と神崎が行きつけのバー。静かな店内に透の叫び声が響く。
「大きな声を出すなっ」
「これが大声を出さずにいられるか!」
確かに・・・。
透もいちおう教師。
しかも自分が担当する生徒が、よりによってこの神崎に告白するとは・・・
・・・冷静になろう。
担当する生徒ということは、美咲ではないということ。
美咲が教師に告白をしたのも問題がある気はする。だが、ある意味仕方がない。
人の恋愛を止める権利が有るかというと、そうとも言い切れない。
たとえ教師だとしても。しかしだ、自分が担任をしているクラスからだとすると話は別だ。
これは見過ごすことはできない。
「いったい誰から告白された?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だんまりかよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
気になることを言い出しておきながら、続きは秘密・・・。
そんなことがまかり通る世の中ではない。
「教えろ!誰だ、どんな女子だ?」
”見当がつかないー”と騒いでいる透の横で、神崎がため息をつく。
当たり前かもしれないが、透は女子生徒が告白したと思い込んでいる。まさか。。
男子生徒からだとは考えてもいないはずだ。
「教えないつもりか?」
「言いたいが言わないほうが良い気がする」
「なんじゃそりゃ」
しら~っとハイボールを傾ける神崎に、キラリと透の目が光る。
「まさか・・・男子生徒じゃないだろうな?」
「・・・・・・・・・・・・」
す、するどい。
「お、目の色が変わったな。ビンゴか?」
「・・・・・・・・・・・・」
相変わらず鋭い友に神崎が黙る。
「俺の生徒で、お前に乗っかるような奴なんていたかな・・・」
「誰が乗っかられてるなんて言ったっ」
「え、じゃあやっぱりお前が乗っかるほうか?」
「もう少し別の言い方はないのか・・・」
神崎の抗議は届かない。
「分かった!尊だな」
「尊?」
「そう。新城 尊」
「知らん」
再び、しら~っとハイボールを飲む。
「尊なら、お前に告白もしそうだし」
「知らん」
「じゃあ教えろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「教えないなら、相手は尊ってことにするぞ」
「個人情報だ」
「個人情報ぉ?俺は担任だぞ。生徒のことを知る権利がある」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
睨み合いが続く。しかし、この状態だと神崎が簡単に口を割るとは思えない。
長い付き合い、それぐらいは知っている透だ。
「分かった。とりあえず尊ということにしておこう。不満なら途中で訂正してくれ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
やはり、頑固な友は教える気などないらしい。気にせず透は続けた。
「で、尊にはどう断るつもりなんだ?」
「別に、断るとは言ってない」
「は?」
視線を合わせず神崎が言う。さすがにこの発言には黙っていられない。
「まさか。。付き合う気か?」
「いけないのか?」
「穂高、お前・・・本気か?」
「分からない」
「え?」
クールで、いつだって冷静。長い付き合いだが、神崎は決して自分のスタンスを崩さない。
そんな神崎の口から”分からない”などというセリフを聞いたことが有っただろうか。
「待て待て待て!俺の生徒は禁止だぞ」
「俺にも分からない。どうしたいのか、、どうするべきか・・・」
「穂高・・・」
透は、思わず神崎の肩に手を回していた。
そしてポンポンと肩を叩く。神崎が一瞬びっくりした顔をした。
しかしその手を振り払うこともなくゆっくりと目を閉じる。
友の非常に珍しい様子に、透はもう一度肩を叩いた。
「神崎穂高という人物は、人間に興味がないのだと思っていたよ」
「・・・今だって興味があるわけじゃない」
「ふ~ん、じゃあ特定の人間にだけ興味があるってことかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
半分面白がっているかのような透を睨む。
「そう睨むな。俺、嬉しいんだぜ。穂高も普通の人間なんだって」
「今まで何だと思っていたんだ」
「照れるなよ。穂高をこんなに変えられるなら、その相手は貴重な存在だ。たとえそれがうちの生徒だとしても、俺が許す」
先ほどまでとはコロリと態度を変えた友に再び睨みを入れる。
「俺の生徒は禁止じゃなかったのか?」
「訂正するっ。生徒達にも恋愛をする権利はある。俺が担当するクラスなのは気になるけどさ。人を好きになる気持ちだけは止められない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「さ、今夜は飲もう!付き合うぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言って、追加をオーダーする透を冷めた目で見つめた。
目の前の友は、自分の心境の変化を本当に喜んでいるのか、それとも単に面白がっているのか。
本心は分からないが、とりあえずいつも以上に楽しそうな友に神崎も表情も綻ぶ。
そんな神崎には、ただ一つだけ分かっていることがある。
それは・・・
悠の、若くて強い気持ちが怖いということ。
向こう見ずで、自分の正直な感情をストレートに伝えてくる悠。
教師が生徒に特別な感情を抱いて良いはずがない。しかし、いつか自分は・・・。
若さに任せ、何も恐れない気持ちに流されるのではないか・・・。
まだ会ったばかりの悠に、、。生徒以上の感情なんてないはずなのに、なぜかそんな予感がした。それ故に怖い。
こんなこと、透にはとても言えない・・・。今は、いや、これから先もこの感情は胸にしまっておくべきか。
自分はどうしたいのか。まだしばらく答えは出ない神崎だった。
夏の強い日差しが眩しい7月下旬。
教師に恋をしてしまった悠は、さっぱり過ぎるぐらい勉強に身が入らなくなっていた。
もちろん、こんなことは生まれて初めてである。今が授業中なのか、夏休みなのか・・・。
分からなくなるぐらいの重症だ。
試験も終わり、すでに休みに入っており、高校3年の大事な時期だというのに・・・。
悠の頭の中は神崎との仲を何としても深めたい、という思いで溢れている。
この夏を逃し、卒業をしてしまったら、神崎に会うことすら困難になる。
「悠」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
誰かが自分を呼んでいる。
「ゆーう!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
神崎の声ではない。だから、まあいっか・・・
「ゆうってば!」
しつこいなー。
「だめだこりゃ。悠の電源が完全に落ちている」
光哉が突いても、悠はテーブルに耳をくっつけ座礁中。
見たところ、沈没までもそれほど時間はかからない状態だ。
悠は、光哉・尊とともにファミレスで勉強中だが、当然見かけだけ。しかし、そんな悠の狭い視界に、一瞬で思考が起動する、ある物が入り込んできた。
「これは!!」
「へ?」
急になんだ?と光哉&尊が驚く。
これまでテーブルに突っ伏して沈没間近だった悠が、突然物凄い勢いで顔を上げたからだ。
「これっ・・・」
「ん?」
悠の指先が示す視線のその先には・・・
「これがどうかした?」
光哉がカバンにぶら下げているフィギュアを揺らす。
「これって・・・恐竜!」
「え、ああそうだけど」
「見せて!」
「い、良いけど・・・」
はい、っと10センチほどのフィギュアを外して悠に渡す。
数日前からカバンにつけているこのフィギュアに、なぜここまで喰いつくのか。
光哉と尊は思わず顔を見合わせた。
「この恐竜ってなに?」
「なにって・・・デイノケイルスだけど」
「これだッ!」
????????
悠がフィギュアを抱き締め、えらく興奮している。
友2人はもう一度顔を見合わせ焦り始めた。目の前で恐竜フィギュアを抱き締める悠。
とうとう、本当に・・・友の1人が壊れてしまったのではないか・・・。
本気で心配をし始める。
「あの、悠くん??」
「これだよー、これこれ!」
ニヤリ・キラリ・・・
「ゆ、うくん??なんかいま企んだ顔をしてなかったかい?」
「え、してないよー」
????????
悠の『企み』も無理はない。
光哉のカバンに何気なくぶら下がっていた恐竜のフィギュアは、化学準備室で見たぬいぐるみと同じピンクの恐竜だった。恐竜には疎い悠だが、このピンク恐竜だけは覚えている。
「なんでこのフィギュアを持っているの?」
「へ、ああ。今年の恐竜展で買ったんだよ。俺ら毎年行ってるから」
な?、と尊に目を向ける。
「そうそう。悠は興味なさそうだから誘ってないけど、俺たちこの時期はいつも行っているよな」
「恐竜展?」
ぐいぐいと迫って来る悠の気迫が強烈すぎて、自動的に2人の友は後ずさる。
「そう、恐竜展。毎年のように上野でやっているんだけど、今年の目玉がこのデイノケイルスなんだ」
と尊。
「長らく謎の恐竜と言われていたデイノケイルスの全身骨格が、世界で初めて展示されたんだぜ。この日本で!」
続いて光哉も語り始めた。友人2人にとっても、恐竜は特別な存在らしい。
これまで親しく付き合って来た2人の違う一面が見え不思議な感じがした。
「もしかして、悠も恐竜好きだったのか?」
「さ、最近ちょっと興味が有って・・・」
「じゃあ恐竜展行く?まだまだやっているし、俺ら何回行ってもオッケーだから」
「あー。うん。とりあえずもうちょっと恐竜の勉強をするよ。それより・・・」
「ん?」
デイノケイルスのフィギュアを手にした悠が、上目遣いに光哉を見つめた。
無言の訴えに光哉が大きく頷く。
「分かった分かった。やるよそれ。ダブりのフィギュアだからね」
「ダブり?」
「そう。恐竜展のガチャでダブったからあげるよ」
「ありがとう!!」
小さな恐竜のフィギュアがそこまで嬉しいのか。。
再び光哉と尊が顔を見合わせる。これまで一度も悠の口から『恐竜』と発せられたことはない。これも謎だ。
なぜに突然恐竜??なぜにいま??
疑問はどんどん膨らんだ。
しかし、これほどまで喜んでくれるのなら、まあ良いかな。
口に出さずとも、2人の意見は同じだった。
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