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柳は緑 花は紅 6
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雪は猛を突き飛ばして、口唇を両手で覆って茫然(ぼうぜん)としていた。
猛は雪に突き飛ばされて、そんなに嫌だったのかと戸惑っていた。
沈黙が下りる。
時刻は夜の10時を過ぎた頃で、紅白歌合戦も後半戦へと入っている。初詣に出かける人もいるだろう。
今年は暖冬でまだ雪が降っていないけれども、外は充分寒くてきちんと防寒しないと出歩くなんてできないくらい気温が下がっている。
雪の部屋は暖房で温められているのに、何故かひんやりとした空気を感じた。
テーブルに残された蟹の残骸、空いた酒瓶、テレビから流れる無機質な音、温風を吐き出すエアコンの音。
さっきまでののんびりとした、暖かい空間が、一転していた。
雪は告白してしまったこと、猛にキスされたことでパニックだった。
猛は雪に告白されたこと、雪に突き飛ばされたことでパニックだった。
お互いに何を言ったらいいのかわからず、ただただ黙りこくってしまった。
その沈黙に耐えられなかったのは、雪だった。
「ごめん・・・その・・・」
「いや、オレのほうこそ・・・キスしてごめん」
「かかかかかか・・・」
「え?」
真っ白な透明な肌を真っ赤に染めて、大きな黒い瞳を更に大きく見開いて、雪は猛を見上げると、
「かかか・・・っっ帰る!!」
と宣言して、いきなり立ち上がる。猛は事態が掴(つか)めずに茫然としていた。
雪は華奢(きゃしゃ)な体を翻(ひるがえ)して、リビングを抜けて玄関の方へと移動する。
部屋着のスウェットのままで、コートも着ずに出て行こうとする様子に気がついて、猛は急いで立ち上がって追いかける。
猛もジーパンに黒いセーターという出立(いでたち)のまま、コートは着ないで雪の部屋に来ていたので、そのまま外に出るには寒い。
玄関のドアを開けようとしていた雪をギリギリのところで捕まえる。
「帰るって・・・お前の部屋ここだろう」
腕を掴んで引き寄せると、雪は更にパニックになって、つらつらと言葉を吐き出し続けた。
「あああそうだった、ここボクの部屋だった・・・猛ごめんごめんね。いっつも迷惑かけて・・・好きになって、ごめんね。迷惑かけたくないから一生黙ってようと思ってたのに、なのに、いきなりこんなこと言ってごめんね」
「少し黙れ」
「ごめん、怒らせて・・・気持ち悪いって言っていいから、ごめん、ごめん」
猛は一生懸命謝り続ける雪の腕を引き寄せて、腰を掴んで体を玄関のドアに乱暴に押しつけた。
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