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1.ポップサーカス 【9】
事とは常に、始まりを告げてはくれないものだ。
「ふあぁぁ~…」
先程から繰り返される盛大なあくび、その度に顎が外れるのではと思う位に、隣で大口を開けている存在があって。
「あ~……マジねみいぃ」
心底眠そうに目を細めながら、すでに何度目かとなった言葉を口にしつつ、隣を歩くその姿。
今ではすっかり当たり前となった光景、そこに位置される事に対して、何一つとして違和感などはない。
「…んん? なあに見てんだよ批土岐」
「ん?」
鼓膜へと滑り込んでくる鳥のさえずりと共に、気付けばいつの間にか京灯の視線が自分へと向けられていて。
どうやら知らない内に京灯の横顔を眺めてしまっていたらしく、視線を感じた本人があくびのし過ぎで潤んだ瞳を向けながら、舌っ足らずに言葉を紡いでくる。
「いや、眠そうだなと思って」
「お前は目ぇ覚め過ぎだっつの、ふあぁ~っ」
笑みを湛えながら唇を開けば、止められないあくびをまたしつつ、今にも零れ落ちそうな程に溜められた涙が瞳を濡らす。
「なら早く寝ればいいのに」
朝の登校風景にはおよそ似つかわしくない感情が、思考の狭間で渦を巻き始める。
今居るこの場所がもう少し閉鎖的な所だったなら、問答無用で手を出していたかもしれないな。
なんて、濡れた瞳を向けてくる京灯を傍らに、ある意味穏やかではない自分が居たりしていて。
自覚が無いのはいつもの事だけれど、それにしても後もう少し位どうにかならないだろうかと、たまに考えてしまう。
「早く? なあに言ってんすかねえこの会長さんはァ~ッ」
ぼんやりと思考を働かせれば、隣から聞こえてきた声に呼び戻されて。
意図して放った言葉に対し、予想通りの食いつきと反応を見せてくる京灯。
笑顔ではあるが、少なからず怒りの含まれる表情で、京灯が押し迫ってくる。
「大体なあ!! お前のせいだろが!! ねみいっつってんのにあんな! あんな!」
「あんな?」
京灯の寝不足に、俺も一役買っていたのは事実で。
総て知りながらも、ついまた京灯の反応を楽しんでは困らせてしまう俺がいる。
最初は勢いを持って紡がれていた言葉も、何か思い出しでもしたのかなかなか先へと進まないばかりか、見る間に頬が紅潮していく。
それでも先を促してしまう俺は、少し苛め過ぎなんだろうか。
「うっせえ!! バーカ!!」
しかし後に続く言葉を耳にする事は無く、どうやら拗ねてしまったらしい京灯が子供みたいな事を言っては顔を俯かせる、と言う流れで締めくくられて。
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