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5.ポップサーカス 【9】

「…大丈夫?」 ぼんやりと天井を眺め、暫しの時を彷徨う視線。 強い衝撃を受けただけに無理もない、触れていた手を頬へと滑らせ、穏やかな口調で気遣いの言葉を掛ける。 「………」 「…?」 聞こえているのかいないのか、何の反応を示す事もなく、ただじっと天井だけを見つめていて。 流石にオカシイと思い始めた頃、漂っていた視線がふとこちらへと向く。 「……ッ!!!」 十数秒、と言うところだろうか。 人形の様に生気の無かった表情から、次第に彩りを取り戻していく。 「京灯?」 そして我に返るや否や、ハッとした表情を浮かべたと思いきや、ガバりと身を起こす。 「…ッんだテメエ!!」 突き刺す様な警戒心を携え、間違いなくそんな言葉を声高らかに今放たれた。 「……、京灯?」 「あ?! 気安く呼んでんじゃねえ!! なんなんだテメエは!!」 どうにか現状を把握しようと冷静な思考を心掛けるも、豹変と言う表現がよく似合う、劇的な変貌ぶりを見せてきた京灯を目の当たりにし、理解に苦しむ。 「つ…ッ! く、そ…頭いてぇ…」 「まだ休んでいた方がいい」 けれど現実、普段とは明らかに異なる京灯が、目の前に存在しているのは事実で。 一体何事かと多少の混乱を感じる中、勢い良く身体を起こしてしまっただけに、鈍く駆ける痛みが京灯を襲う。 「る、せえ…ッ! なんだテメエ!! 触んじゃねえ!!」 ──まさか。 「俺が、誰だか分かる?」 痛みに顔を歪ませる姿を見て、導き出された結論は間違いだと、出来る事なら思いたい。 「あァ!? んなもん知るわけねえだろ!! 馬鹿かテメエは!!」 「……参ったな」 が、そう上手く展開してはくれないらしい。 敵意を剥き出しにし、凄みをきかせる態度に、確信ばかりが吸い寄せられる。 「…名前は?」 「成山京灯」 「…自分が誰かは分かるのか」 「なんだっつんだよ!! ブツブツ言ってんじゃねえぞコラッ!!」 どうやら、記憶喪失に陥ってしまったようだ。

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