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6.ポップサーカス 【9】
「…ったく、何処だココ…ッ」
軽い目眩を覚えつつ、キョロキョロと辺りを見回し不機嫌さを全面に押し出しながら、京灯は構わず口を開く。
自分が誰なのか、それ以外の記憶は本当に欠落してしまっているらしい。
「何処に行くんだ?」
「るせえな!! お前にゃ関係ねえだろが!!」
軽度の、一時的なものなんだろうか。
記憶を失えど普段よりも大人しくなるならば、幾らでもそこから考えの余地はあったと思う。
しかしこうも好戦的になられると、何をするか予測不可能だけにじっくりと思考を働かせる隙すらない。
その証拠に、元気になり過ぎた京灯は早速ベッドから降りようとしている。
「もう少し体を休めた方がいい」
とっさに掴んでいた腕、意識を戻してまだそう間もないだけに、急に体を使うのは負担をかけるのではと思っての事。
「何様だテメエは!! 俺に指図すんじゃねえ!!」
しかし、全く聞く耳を持たなくなってしまった京灯には、何を言ったところで無駄らしい。
その手は力一杯に振り払われ、勢いを持って床へと足を着けた京灯は、完全に頭に血が昇っている。
「…重症だな」
自然と零れる溜め息、気が遠くなりそうな思いだ。
これでもかと言う程に拒絶され、当の本人は足音荒く保健室から出て行ってしまう。
「…あの姿を見られるのはやばいな」
バタバタと廊下に響く足音を聞き、大勢の人間と今出会うのは危険な事ではと、頭をよぎる。
それに、今の京灯はまるで……
「……」
まず捕まえなければと、見失う前にと保健室から同様に駆け出して、小さく成り行く後ろ姿を追い求めた。
「…どうするか」
一体何処へ向かっているのか、あてなど無いだろう事は分かっていたけれど。
一刻も早く保護しなければと思う気持ちと、案外足が速いんだなと暢気な事を考える自分が居て。
出来る事なら、まだ誰の目にも触れていない今の段階で、どうにか先を急ぐあの足を止めたかったのだが。
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