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16.ポップサーカス 【9】

「批土岐 愁。これが、俺の名前」 「………」 「…京灯に興味を持つ切欠になったのは、此処が始まり」 「…俺に…?」 存在だけは知っていた、その程度の認識でしか無かった頃に。 偶然通りがかった此処で、この日と同じ様に開けていた窓から流れる風を受けながら、京灯は気持ち良さそうに眠っていて。 「驚いたよ」 恐れられ、危険視され続けていた存在が、余りにも無防備であどけない表情を浮かべて、深い眠りに落ちていたから。 その頃は、幾らか丸くなっていた時なんだろうか、見向きもしていなかった俺には憶測の範囲でしかないけれど。 「…んな事、知らねえ…」 「知らなくて当然。初めて言ったわけだし、ね」 耳に入ってきた話や、実際に見たものとはまるで違う印象を受けて。 一体どちらが本当なのか、確かめたくなった。 「…また、此処からも悪くない」 それだけだったはずが、気が付けばああなってしまっていたのだけれど。 「でも…」 ──出来る事なら。 「お前は、…居なくなんねえ?」 「……?」 道のりは長いかもしれないな、なんて物思いに耽っていたところで、また疑問を抱く様な言葉を向けられ首を傾げる。 「……そうか」 そして暫しの時を経て、漸く納得のいく答えへと辿り着けた。 あの頃の、そもそもの原因となった京灯の背景には、兄の死があった。 俺も深くは知らないし、無理に聞き出そうとも思わないから、そう大して把握してはいないのだけれど。 余りに突然で、どうする事も出来なかった想いと、当たり前だったはずの日常を失った喪失感と、居るべき人のいない寂しさ。 一気に降りかかった重みに、きっと耐えられなかったのだと思う。

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