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第3話 ③

「アロイス殿下! お戻りください! ここは、危険です!!」 「邪魔するな、どけ!」 「相手はシャングリラ最強の魔剣士、ユダ王子です!  先ほど、殿下もご覧になったでしょう!?  ユダの片手が自由になった途端、拷問管の六名が、魔法で瞬時に抹殺されるところを!  傍にいた、皇帝陛下もお怪我をなさる所でした。  世界樹の魔剣リリスを取り上げ、全ての装備をはぎ取り、魔素石を没収した挙句、片方の腕が鎖で繋がれていても、この有様です!」 「その自由となった片腕は、知らずにとは言え、俺が切り捨ててしまった。  片手、片腕では、魔法は二度と使えまい」 「ユダ王子が最強と呼ばれるのは、魔法に長けているからではありません!」 「どんなものでも武器にして、使いこなす天賦の才を持っていらっしゃるのだろう?  しかし、魔法の使えないあの方に何ができる?  なにかあれば、俺が止めてみせるし、それに。  それに……あの方にだったら、俺はここで殺されてもかまわない」 「『あの方』ですって!?  戦に勝利したデストピア帝国の皇太子が、敗戦国の王子に敬意を示す必要はありません!  しかも、拷問室で殺されてもいい、とは……!?  何を莫迦なことを仰っているんですか!?  ――――――    扉の向こうで、何人かが、大声で騒いでいる。  喋っている言葉自体は、大陸共通語で僕にも判るヤツだけれど、何を言っているんだか、意味がまるで理解できない。  ただ、誰かがこの部屋に入ろうとして、入れまいとしている誰かと争っているみたいだけど、それ、僕には関係ないよね?  僕は、ただただ眠く……何とか陽光の襲撃から避けられたことを幸い、欠伸をひとつ。  そのまま、眠ってしまおうと思っていたのに。  どうやら、入ろうとしている方が、強かったみたいだ。  何やら、ごちゃごちゃしたやり取りが更に続いた後、とうとう『うるさい!』と怒号一発。  ドバン!!!  と。  盛大な音を立てて分厚い扉を蹴り倒し、強引に『ヤツ』が入って来た。  年は僕よりちょっと年上、二十代後半ぐらいか。  黒い髪に、ほぼ黒に近い群青色の、瞳。  まるで、人形のように整った、顔。  細く引き締まった身体を包む、服も黒かった。  基本はやっぱり黒ではあるものの、光の反射で何色にだって見える不思議なマントを付け、その端を、茶色い髪に茶色い服を着た側近らしい男が掴んでる。  どうやら、黒い男の行く手を茶色い男が阻もうとして、失敗しているようだった。  眠い目を何とか開いて、ぼーっとそいつらを眺めていると、黒い方の侵入者は、僕の方を見て、氷りついたように固まった。  そして、完璧に整った陶器みたいな顔を、くしゃっと歪めたかと思うと、切れ長の目にはそぐわない、大粒の涙をぽろぽろ流して、震える声で呟いた。 「う……あ……俺の……クレア……さ……ま」  ……は?  こいつ、何か(うめ)いているけど、僕を誰かと間違えている? 『クレア』って名前は、女の子の名前だ。  そして、とても縁起がいいらしい。  塩を産出する大洋沿岸。  魔法の元になる魔素石が掘り出される大陸中央。  大陸を東西に縦断する世界最大の交易路『塩の道(ソルト・ロード)』を十二人の美しい悪魔を従え作ったという、偉大な女王の名前を『クレア』と言った。  千年経過した現在でも、この道から外れて進む旅人を魔物が襲うんだ。  だから、今でも、様々な物資や人、あるいは行軍する各国の兵士たちが、塩の道を通って東西を行き来する。  長きに渡り、人々の生活を支え続ける塩の道を作った人の名前だ。  身分の高低にかかわらず、塩の道の恩恵にあずかる国々の女の子の名前で、一番多い名前が『クレア』っていう名前のはずだ。  顔だけならまだしも、裸で寝転ぶ男の僕に『クレア』は、ないよね、普通。  こいつは、見かけに寄らず、相当間抜け……じゃなかった、天然なんだろうか?  首を傾げていると、黒の男は、自分に張り付いていた茶色い男を無理矢理引きはがし、身に着けていたマントを外した。  どうやら、何も着ていない僕を、包んでくれるつもりらしい。  それを察した茶色い男が、蒼ざめて叫んだ。 「いけません!! アロイス殿下!!  そのマントは我がデストピア帝国皇太子の象徴であり、証です!  それを脱いで、誰かに与えるということは、あなたの持つ全ての権利を相手に譲渡する、と言うことです!  こんな、こんな、死にかけた慰み者。  国民を皆殺しにされた敵国の王子などには、例え一瞬でも渡して良いものでは、ございません!!」  側近の言葉に、黒い男……『アロイス』と呼ばれたデストピアの皇太子は、ゆっくりと首を振った。 「俺は、俺に与えられた権利とやらがあると言うのなら、全て、この方に譲る」 「は!? 一体、何をおっしゃって……!?」  混乱する茶色の男に、アロイスはきっぱりと言い放つ。 「俺は、たった今、六人の生贄と、クレアさま自身の血によって召喚された悪魔の『eins (アインス)』。  塩の道(ソルト・ロード)を切り開いた、女王クレアさまに付き従う十二の悪魔の筆頭だ。  今生の俺は、転生されたクレアさまである、シャングリラ王子、ユダさまのものだ」  

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