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第5話 ⑤
その声がアロイスだ、とすぐに判った。
何回も聞いた声では無いはずなのに、なぜだか懐かしい……と、思いかけて、首を振る。
僕は、怒っている。
いいや、怒り狂っているんだ!
何かを懐かしんで、怒りの矛先を曲げる気はない!
「デストピアの皇子! まずはお前から、引き裂いてやる!!」
怒鳴る僕に向かって、アロイスは、酷く落ち着いた声を出した。
「ご自分の命を魔素石の代わりにして、感情のまま振り回すなんて。
こんな魔法の使い方をしては、なりません」
「黙れ!!!」
黒髪の皇太子は、僕の魔法が作り出した嵐なんて、ものともしなかった。
飛び交う様々なものをいとも簡単によけて、まっすぐ僕に向かって近づいて来る。
気が付いた時には、斬るより繋ぎ留めている壁を破壊した方が早そうな鋼鉄の鎖を、紙で作った飾りのようにちぎった。
そして、軽々と僕を抱きあげる。
「……また、一段と軽くなりましたな。俺の女王さま 」
「放せ……っ!! 誰が女王だ!!!」
僕は、叫びながら、驚いていた。
僕は、まだ魔法を発動中だ。
最初に身に纏った小さな稲妻は悪魔の加護、術者を守る結界だ。
自分で発動した魔法で自爆しないように発動した『99』の悪魔のスコアが一段階上がった『98』までの魔法を無効にするだけでじゃない。
同じく『98』までの魔法攻撃と同じぐらいの物理的な攻撃も、はじき返す。
ただの人間なら『99』悪魔の無効結界に近づくことさえできないはずなのに、僕に触れ、しかも抱き上げることが、出来るなんて!
アロイスは、風魔法で切り裂かれることも『99』悪魔の加護を侵して黒焦げにもならずに、僕を大事そうに抱き締めた。
「僕を、猫の子みたいに抱くな!!」
「不敬を承知で申し上げるなら、もちろん、あなたはそんな愛玩動物などと比べ物にならないほど可愛く、愛しい存在です。
これからは、俺が、いつでも傍に控えます。
あなたの怒りも、憂いも、全て俺が引き受けますから。
それこそ子猫のように何も考えず、あなたは、ゆったりと俺に抱かれて眠っていればいいのです」
「莫迦にするな!!」
「莫迦になどしていませんとも。
子どもを抱きしめるように触れるだけでは、満足なさらないことも知っています。
後ほど、あなたのお好きなように愛して差し上げますから。
この場は、俺に免じてお静まりください」
は!? 誰が、誰に免じて『許してやれ』だとう!?
「ふざけるな!! これ以上、お前から屈辱を受けはしない!
死んで行ったシャングリラの民のためにも、僕がお前を殺してやる!!」
放せ! と叫んでもがいても、僕はアロイスの腕の中から、逃げることなんてできなかった。
それどころか、アロイスは、僕をますます強く抱きしめて、ささやく。
「シャングリラの民に、あなたが命を削ってまで守るに値する価値は、ございません
あなたが、なんで両足を失くしたか。
傷痕と、長さを見れば想像がつきます。
……獣のように愛玩されるため、だったのでしょう?」
「……!!!」
「何をされても足が自由でないなら、遠くまで逃げられません。
膝関節が残っているのなら立って歩けますが、あなたのように大腿部の真ん中で切断されている足は、違います。
普段は、手の長さに合った短い義足を履いて、獣のように四つ這いを強いられたのではないですか?
ご身分に合う服も無く、首輪だけで外を引き回されたことは?
二本足で立ち、歩き、あるいは、武器を使って戦うためには、いちいち人間の足に近い義足に履き替え、魔素石の力を借りなくては、ならなかったのではないですか?」
「う……そんなことは……!!」
全くなかった、と。
力強く、良い切れないところが……痛い。
黙るしかなかった僕に、アロイスが、静かにほほ笑んだ。
「後始末は、全て引き受けます。
どうか愛しいクレア。俺の女王さま 。
この場は、穏やかなる、お眠りを」
アロイスの呟くGute Nacht .(おやすみなさい)なんて言葉に、魔力が、込められていたのか、どうか。
僕は、憎い敵であるはずの、デストピアの皇太子に抱き締められたまま。
いつのまにか、意識を手放していた。
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