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8.現状維持
「んん……」
アルマは肌寒さを感じて目を覚ました。布団を被り直すが、まだ少し寒い。寝返りを打って、胸に滑らかな布が触れるのを心地いいと感じ、更に眠ろうとした。
……胸?
「うわあぁっ!?」
アルマは叫んで飛び起きた。慌てて服装を確認すると、バスローブ一枚を身に纏っているだけで、他は下着も何も身に着けていなかった。寝返りを打ったためかバスローブが幾分か肌蹴ていて、慌てて着直す。上手くバスローブを着た後は、顔色を真っ赤やら真っ青やら、忙しなく変えてベッドの中に戻る。
「うぅ……」
アルマはベッドの中で布団を握りしめて呻いた。理由は簡単。眠る前のことを全て覚えているからだ。謎の触手に身体を蹂躙され、その後吸血鬼であるルイス相手に更なる刺激を強請ったことなど、バッチリと。
「死にたい……」
アルマは涙目になりながら呟いた。いくらアルマの知識と経験が未熟だとはいえ、性的刺激を強請ることは恥ずかしいと認識している。それを、よりにもよって、逃げ出したい相手にしてしまったことがショックだった。熱に浮されていたとはいえ、恥ずかしいことを口走った記憶もある。正気ではなかったのだと割り切るには、まだ未熟だ。
ガチャリ、と扉の開く音がした。ビクリと身体を震わせ、慌てて寝たふりをする。入ってきただろう人物と顔を合わせる勇気もなくて、ギュッと布団を握りしめた。
「……起きたかい、アルマくん?」
予想通りにルイスの声が聞こえ、身体が強張ってしまう。アルマは寝たふりを通そうと、目を閉じたままだ。身体の強ばり具合や瞼の震えから、傍から見ていると起きているのは明らかであったが、アルマはそれに気づかない。
「……。」
ルイスが溜息を吐いて動く気配があった。部屋から出るものだと思ってアルマは一瞬安堵した。だが、ベッドの端に何かが乗った音がして、アルマの身体は再び強ばる。
「寝ているの……?」
そう静かに言ったルイスの声は熱を帯びているようで、アルマは焦りを覚える。否応なしに今まで与えられた感覚が思い出されて、即座に耐えようとした時、フッと耳元に息が吹きかかった。
「――ッ!?」
感覚に耐えられなくて、慌てて起き上がろうとするも、両手首を捕らえられて、ベッドに縫い付けられる。開けた視界の先には、銀色の瞳で笑っているルイスが見下ろしていて、アルマは顔を赤くして混乱する。
「な、なっ……!」
「あ、起きていたね。あれから丸一日位眠っていたから、少し心配していたけど、その様子なら大丈夫そうだ。」
「え、えっと……」
「昨日は大変だったね。身体の方は大丈夫?」
「っ――!」
笑って尋ねてきたルイスの言葉に、アルマは顔を真っ赤にして視線を逸らした。更に追い打ちをかけるがごとく、ルイスはアルマの耳へと顔を近づける。
「逃げられなくて、残念だったね?」
「――ッ!?」
アルマは、ギョッとしてルイスを見た。至近距離にあるルイスの表情は意地悪そうな笑顔で、アルマは色んな意味で逃げたくなった。しかし、身体は押さえつけられていて身動きが取れない。
「逃げない方が良いよ? あの触手の化け物は森の中にいるんだ。君がこの館に来られたのは運が良かったと言っていい。でなければ、今ごろ君は化け物の餌になっているか慰み者になっていたはずさ。」
「なぐ……?」
困惑して思わず聞き返してしまう。ルイスは目を細めて、アルマの瞳を見つめた。
「……君をね、女の子の代わりに抱くんだよ。」
「なっ……!」
アルマは言葉を失う。ショックを受けているアルマの手首から、その手を離すと、ルイスは一度ベッドから降りる。
「自分は男だから、そんな心配はないと思っていたのかい? ボクの腕の中で女の子みたいに啼いていたのに?」
「っ……!」
アルマはカッとなって、手元にあった枕を投げつけたが、ルイスは涼しい顔で、難なく受け止める。
「物は大事に。森の奥で品物が不足すると、面倒だからね。」
ルイスは再びベッドに近づく。枕を台に置いて、布団を剥ぎ取り、硬直しているアルマの身体を再びベッドの上に押し倒す。アルマは慌てて起き上がろうとするも、両手をルイスの左手に、一纏めに押さえつけられた上に、右足の上にルイスの身体が乗って、左足はルイスの右手で押さえつけられる。
「こんなに非力なのに、君は一人で生きていけるのかい? 敵が沢山いる館の外で?」
「うっ……うるさい!」
するすると左足をなでられる感覚と、突き刺さる言葉を否定しようとするが、ルイスは口を閉じない。
「あの触手の化け物が、何をしようとしたか解っているのかい? 一人で対処できない様では、森は抜けられない。」
「何を……」
「あの化け物はね、君のお腹に卵を産み付けるんだ。」
「……っ!?」
ルイスの手がアルマの太腿をなでる。言われた内容と、なでられる感覚で、アルマは息を呑んだ。
「苗床って解る? ボクが助けに行かなきゃ、命が続く限り化け物の子どもを産み続けなきゃいけなかったんだよ。そんな危険がいっぱいでも、この館から出ていくの?」
「っ……」
ルイスにバスローブ越しに腹をなでられ、アルマは蒼い顔で震える。そんなアルマの頬をルイスが優しくなでる。
「どっかの化け物とは違って、ボクは約束を守るさ。吸血以外で君の身体に傷をつけないし、命は保証する。飢えも寒さも凌げる生活だって、用意してあげられるんだ。逃げ出さないって約束すれば、ちゃんと君も得をする内容だと思っているんだけど。改めて、君と約束しようか。」
ニッコリと笑うルイスに、アルマは何も言えなかった。動けないでいるアルマから離れてベッドを下り、ルイスは扉へと歩く。扉の前で立ち止まると、アルマを見た。
「さあ、食事を用意してあるんだ。君の着替えは、部屋に収納されているものを使えばいいから、着替えたら食べにおいで。流石に、バスローブのままだと寒いと思うからね。ちゃんと食堂に来るんだよ。」
そう言うと、ルイスはアルマの返事も聞かぬまま、出て行った。扉が閉まって、しばらく静寂が部屋を包んだが、次第に感情が沸き上がってくる。
自分に、現状を変える力がない。それを、目の前に突き付けられたようで、腹立たしいやら情けないやら、ごちゃごちゃになった感情のまま、ベッドに拳を叩きつけた。
「くそっ……」
涙が頬を伝い、何だか惨めな気分になる。このまま館に居れば、ルイスはアルマを生かしておいてくれるだろう。だがきっと、吸血の度に「気持ちいいこと」をされるのだ。それはアルマには落ち着かない事だ。だからといって館の外に出たとしても、森を抜ける知識を身に着けておかなくては、また化け物の餌食になる。触手にされた事を思い出して、アルマはバスローブの裾をギュッと握りしめた。
はっきり言って、他者から性的快楽を与えられることは、とても真面に受け止められることではないのだ。頭の処理が追いつかなくなって、全てを投げ出してしまいたくなる。何もかも、忘れてしまいたくなる。だが、自分は生きなくてはいけない。両親と老婆の思いを悟っているからには、そう簡単に自分の命を手放せない。どんな惨めな思いをしても、今までの事を忘れずに生きていかなくてはならない。それが両親と老婆の思いに報いる方法だと考えているから、アルマは生きるために確実な方法を取る。
今は大人しく「飼われる」のだ。そして、機会を窺い、森を出る方法を探る。それが、最も確実な方法だと思えた。
「っ……」
涙をバスローブの襟で乱暴に拭うと、ベッドから降りて両頬を両手で叩いて気合を入れる。さっさと着替えるため、まずは下着を探そうとチェストに手をかけた。
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