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9.抵抗開始
ルイスは食堂で壁に寄りかかり、腕組みして考えていた。
「あの子は、『ボクのもの』だ。だけど……甘かったかなあ。印をつけ直さないと。」
アルマの身体の印は、吸血鬼の所有印と呼ばれるものだ。所有印は、吸血鬼が横取りされたくない餌に付けるもの。狙いを定め、他の魔物に取られないよう魔力で印を付ける。その印を付けたのに、アルマを横取りされそうになった。アルマが眠っている間にも、原因をずっと考えていたが、初めて所有印を付けただけに、術式が甘かったのかもしれない、という結論に至った。
「……。」
ルイスは眉をひそめて窓の外を見る。太陽は高く上り、強くなった日差しが窓から入り込む。ルイスは吸血鬼ではあるが、一般的に吸血鬼の弱点と言われている太陽の光は、脅威とならない。だから、アルマを連れ戻すことができた。
アルマが館にいないと気がついたのは夜が明ける少し前だった。自室で横になっていたルイスは、所有印の気配が遠のいているのを感じた。
逃げ出したな、と思った。
餌が逃げて、のたれ死ぬのは勝手だが、血を得る機会が極端に減っている今、逃げられるのは困る。それに、なかなか弄り甲斐のある子だっただけに、逃がすのは惜しいという思いがあった。
「……逃がしてあげないよ。」
そう呟くと、ルイスは直ぐアルマの部屋に向かった。
「これは……」
アルマの部屋の近くで自分のものではない魔力を感じ、アルマはただ逃げ出したのではないのだと知る。所有印を付けた時点で、アルマはルイスの餌だ。横取りする魔物はそうそういないはずだが、もしもの事を考えて、ルイスは急いで追いかける準備をする。
「あの魔物に誘われたなら厄介だな……!」
独特の甘い香りが漂っていたこともあって、念のためにカットラスを持って外へ出る。所有印の魔力を追っていくと、アルマが触手によって凌辱されている場面に遭遇したのだ。その光景を見たルイスは、我を忘れて叫んでいた。
「ボクのものに手を出したね……!」
その後は怒りに任せて魔力を放ち、徹底的に制裁を下した訳だが――
「……。」
ルイスはどこか腑に落ちない思いで目を閉じた。
何かに違和感がある。それが何に対してなのか、ルイスは把握しきれていない。それを探ろうと、意識を集中しようとした時、ガチャリと扉の開く音がした。目を開けて視線を移せば、アルマが何やら複雑そうな表情で部屋に入ってくるのが見えた。複雑そうな表情の原因は服装で察せたため、少しだけからかうことにする。
「わりと、似合っているよ。」
「……!」
アルマは苛立ったように睨んできたが、何も言わない。黒いズボンに、薄黄緑のオフショルダーの服を着ている。大方これが気に食わないのだろう。だが、着替えがいくつかあった中で、これを選んできたのは、紛れもないアルマ自身だ。だからアルマも何も言わないのだろう。
「さあ、お腹が空いただろう。椅子に座って食べるといい。」
「……。」
ルイスもテーブルへと移動しながらアルマに座るように促す。アルマは何も言わずに座り、目の前の料理を眺めた。意図して血を作る食材を多く使ったが、まだ幼いアルマは気づいていないだろう。ルイスは椅子に座って、にっこりアルマに笑いかけた。
「さあ、どうぞ。」
「……いただきます。」
小さな声だが、手を合わせて、はっきりと言った。少し感心しながら、ルイスも手を合わせる。
「いただきます。」
アルマはスプーンを取り、ホウレンソウのポタージュを掬う。そのまま口に運んで飲んだ後、アルマは少し表情を和らげて、小さな声で言った。
「おいしい……。」
「……。」
ルイスは少し驚いてアルマを見たが、アルマは気づかないまま食事を続けた。おそらく、無意識だったのだろう。だから、ルイスも何も言わないまま食事を続けた。
「……ご馳走様……でした。」
全て食べ終わると、アルマは恐る恐るといった様子で、手を合わせる。
「そのままでいいから、あとは好きに過ごしなよ。」
ルイスが椅子から立ち上がって笑いかけると、アルマは思いがけないことを言った。
「……じゃあ、後片付けをします。」
「……!」
ルイスは流石に驚いて、表情に出してしまう。アルマが、どういうつもりなのか解らなかった。それをどう捉えたか解らないが、アルマはルイスの顔を見据えて口を開く。
「できることは、しておきたいですから。」
身体は震えているが視線は真っ直ぐだ。「できること」は、後片付けを指しているのではない。ルイスは直感で悟った。おそらく、何かの手がかりが欲しいのだ。館の外に関して脅しをかけたのにも拘らず、アルマは「飼われる」ことに対して抵抗をするつもりだ。
「へえ……。」
面白く感じて少し目を細めれば、アルマはビクリと身体を揺らす。やはりまだ怖がられているとルイスは思ったが、アルマの気丈さには興味が湧く。今のところ血の提供以外に、アルマに求めるものはない。しかし、アルマがどんな行動をするのか見てみたいと思った。
「……まあ、好きに過ごせばいいと言ったのはボクだし、やってみればいいよ。」
ニッコリと笑いかけると、アルマが明らかにホッと身体の緊張を解いたのが分かった。
「……じゃあ、食器持っていきますからね。」
ぎこちない動きだったが、アルマは食器を一つに纏めて重ねると扉から出て行こうとする。だが、両手が塞がって扉を開けられない事に気がついたらしい。これくらい手を出してもいいだろうと、ルイスはアルマの傍に近づいて扉を開けた。
「……どうも。」
何とも複雑そうな声色で礼を言うと、アルマは調理場へと歩いて行った。調理場には扉を付けていないから、これ以上は手を出さなくてもいいと思い、ルイスは自室へと向かう。一応、後で様子は見た方が良いだろうが、アルマの掃除や料理の手際の良さを考えれば、それほど心配はいらないだろう。
後は、アルマが何を手掛かりにして行動するかだ。
「さて……お手並み拝見。」
ルイスは静かに笑うと、自室の中へと入って行った。
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