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10.鍋と料理

 吸血される前と変わらない手際の良さで皿を片付け終わると、アルマはホッと溜息を吐いた。一先ず身体に異常は無さそうだと感じる。 「さて……と!」  きょろきょろと辺りを見回す。ここは一見、普通の調理場と変わりないようだが、気になる扉がいくつかある。 「……手当たり次第、かな。」  アルマはポツリと呟くと、一番奥にある扉へと近づく。見た所普通の木製の扉だが、ここは吸血鬼の館で何があるか解らない。緊張して扉の取手に手をかけ、扉を開いた。 「……!」  部屋の中を見て、瞠目する。部屋の中央には黒い大鍋が、薪のない炉の上に天井から釣り下がっている。その光景は、かつて老婆の家で見た物で、アルマの心は大いに動揺した。なんてことはない、ただの大鍋なのに。 「……ただの鍋か。大きいなあ。」  心を落ち着かせるために、アルマは敢えて声に出す。  そうだ、ただの鍋だ。老婆とは何も関係がない。 「……え?」  部屋の中に入ると棚と机に目を奪われた。部屋の壁伝いに設置してある棚には、たくさんの瓶や箱、本が並べられている。中には、老婆の家で見かけたような物もあって、アルマは混乱する。鍋の向こうの机の上に、これも老婆の家で見たことのある打錠機や擂鉢などの道具が乗っている。老婆は薬を作ることを生業としていた。その老婆の持っていた物と同じ物が、この部屋にある。 「……あの人、薬を作るのかな?」  辺りの物に触れないように気をつけながら、部屋の中を観察する。 「……。」  見れば見るほど老婆の家を思い出してしまい、アルマは胸が締め付けられる。ギュッと胸元で拳を握りしめ、頭をぶんぶんと横に振る。感傷に浸るために、ここに居るのではないのだ。 「……次だ、次!」  気合を入れる様に叫ぶと、部屋から出て、次に探る扉を探した。そして、少々乱暴に扉を開けて部屋の中を覗いていく。他には保存食の保管庫や井戸等がある部屋もあったが、あまり手がかりになりそうなものは見つからない。 「別の場所を探すかな……。」  アルマは独り言ちると調理場から出ようとしたが、こちらに向かって歩いて来るルイスの姿を見つけ、身体を強張らせる。ルイスはアルマに気がつくと、ニッコリと笑った。 「やあ、後片付けありがとう。面白い物でもあったかい。」 「……少しだけ。」  アルマは緊張したままルイスをジッと見るが、ルイスは気にした様子もなく、会話を続ける。 「そうか。君の気に入るものならいいけどね。ところで、そろそろボクは昼食を作るけど、君はどうするんだい? ボクが変なものを入れないように、見張りでもする?」  からかう口調で訊いてくるため、アルマは調子が狂う。戸惑ってルイスを見るが、意図は読めない。 「変なものって……」 「見た目が似ていても、人間と吸血鬼じゃ違う所があるかもしれないからね。吸血鬼は、異形だから。」  意図は読めないが、躊躇いながらも返事をする。 「……見ているだけじゃ暇なので手伝いますよ。その方が、手出ししにくいでしょう。」 「へえ……」  ルイスが面白く思った様に目を細めたのに気がついて、アルマは緊張するが、ルイスはすぐにニッコリと笑った。 「じゃあ、手伝ってもらうよ。色々切ってもらうからね。」  食材が冷蔵庫から取り出されていく。森の奥の割には、鮮度が良さそうな食材が並べられていくのに気がついて、アルマは首を傾げる。 「この食材って……」  言いかけて口を閉ざしたが、ルイスはアルマが何を言いたいのか解ったらしく、返事をする。 「まあ、腐ったものなんか食べると、吸血鬼だって身体を悪くするからね。ちょっとだけ、冷蔵庫に細工してあるんだよ。あ、食材は普通に人間が食べる物と同じ物だから、変なものではないと思ったんだけど……不満かな?」 「えっと……別に……」  ルイスはアルマに笑いかけたが、アルマは戸惑うばかりで真面な返答ができない。ルイスはそれを気にした様子もなく、テキパキと準備を進めていく。アルマは戸惑いながらも言われた通りの作業をして、ルイスの調理を手伝った。 「……。」  特に怪しげなものを入れる様子もなく、ルイスは料理を完成させた。アルマはテーブルへと食事を運ぶ。二人して整えられた食卓に着き、食事に手を付ける。ルイスの様子を時折盗み見ながら口に運んだ食事は、相も変わらず美味しくて、ルイスの意図が読めなくても、少しだけ安心した気分になれる気がした。  食事を終え、アルマはルイスの様子を改めて伺おうとするが、今度は目が合ってしまい、身体がビクリと跳ねる。ルイスはアルマにニッコリ笑いかけた。 「さあ、食事してもらったし、好きに過ごしていいけど、また後片付けでもするかい?」 「……はい。」  本当はすぐに部屋に戻りたかったが、今断るのも変だと思い、硬い表情をしながらも返事をした。ルイスは意外そうな表情を浮かべたが、すぐに元の笑顔に戻るとアルマに近づいてきた。 「っ……」  腕を伸ばしてアルマの髪に触れてきたことで、アルマは身を固くした。ルイスはアルマの頭をなでると、アルマに背を向けて扉の方へと歩いて行く。 「……アルマくん。」 「……はい。」  ルイスの意図は解らなくて、その背を見つめていたが、声をかけられたことで、アルマは身を震わせる。ルイスはこちらを見ないまま、口を開く。 「扉は開けておくから、食器を運ぶ時は注意してくれると助かるよ。ものは大切にしないとね。」 「わ、分かっています。」 「じゃあ、後は頼んだよ。」  ルイスは扉を開け放って、どこかへと去ってしまった。アルマは少しだけホッと息を吐く。 「後片付けは、さっさと終わらせよう……。」  独り言ちると、食器を集めて調理場へと向かった。

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