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11.手がかり

 後片付けをしっかり終わらせると、アルマは調理場から出ていった。探索する場所はある程度目星をつけているが、肝心の部屋の位置が分からなくて館の中を歩き回っている。部屋に入る度に、綺麗に陳列された石のコレクションらしき棚は見つかるのだが、目ぼしい情報は見つからない。 「書斎はないのかな……。」  アルマが探しているのは、情報が多く見つかる本が沢山ある場所。すなわち書斎が、今一番アルマにとって必要な場所だと感じていた。 「それにしても、石ばっかり……。」  吸血鬼が蒐集趣味を持っているというのも、妙に不思議な話だと思いつつ、とぼとぼと廊下を歩く。二階の一室に繋がっているだろう扉の前に辿り着くと、今までと同じく、そっと扉を開けた。見えた光景にようやく安堵の息を吐く。 「やっと入れた……。」  部屋の中には、高い天井に届くまでの本棚が、ずらりと並んでいる。恐らく、ここが書斎に相当する場所だろう。そう考えたアルマは部屋の中へと入る。 「さあ、もうちょっと頑張らないと……。」  本の背表紙やタイトルを見ながら、目ぼしい本を探していく。地方史や郷土史の本、魔物の生態の本、昔話の本など、森を出るための情報が含まれていそうな本を、片っ端から集めて運ぶ。  そんな中、ふと明らかに、周りとは異質な雰囲気の本を見つけた。真っ白な背表紙で少し痛んでいる、小さい本だ。 「ん……何だろ、この本。」  躊躇うことなく、その本を手に取る。真っ白な本の片面には、金文字でDiaryと記されていた。 「日記……?」  その本を無造作に開き、中に書かれている事を何となく目で追ってみた。 6月6日  ブラウとの約束でオペラを見に行った。彼らしいと言えば彼らしいけれども、ボクには、まだ石を探しに外へ出る方が性に合っている。しかし、飢えは耐えがたい。高貴で寂しそうな女性を誘って、血を頂くことにする。  血という言葉に引っ掛かりを覚え、思わず行動を止める。 「これって……。」  アルマは次のページを見た。 6月7日  思いの外、昨日の女性の血は美味しかった。魔法研究は続けているが、どうにも理論が難しい。科学の方が分かりやすい。魔女たちの魔法は、悪魔との契約で成り立つようだが、再現ができない。魔法薬ならば再現ができるかもしれない。そちらに焦点を当ててみることにする。 「魔女……?」  何となく寒気を覚える。この日記は誰の物なのだろう。この日記の持ち主は、魔法や薬の研究をしていたようだ。この屋敷で見かけた道具や材料らしき物を思い出し、本がこの館にあることから、何となく日記の持ち主を察する。 「あの人の日記なんだ……。」  心なしか緊張する。日記の中身を見てはいけないような気がしたものの、好奇心が勝って続きを見ようとページを捲った。 6月8日  時間はたっぷりある。研究をしているボクにとって、これは僥倖と言うべきことなのかもしれない。しかし、それでも別れは――  その先の文字は滲んでいて読めない。一部分に紙がふやけたような跡があって、どこか胸が痛んだ。 「……。」  何とも言えない気持ちで本をパラパラと捲り、目ぼしそうな情報を探す。 7月18日  魔法薬の一部には月下美人の花が必要らしい。入手が困難なものだが、幸いなことに、この地域に持ち込まれたものがあるらしい。遠くへ探しに行く手間が省けて助かった。 「月下美人って……」  アルマは思わず息を呑む。昔飲まされた水薬の材料に、月下美人があった。ただのおまじないだと思って、あまり深く受け止めていなかった。しかし、今のアルマには何か繋がりがあるように思えてしまう。  魔女と疑われた老婆、魔法薬の材料、月下美人。  老婆は、魔女―― 「違う!」  アルマは思わず叫んで、ハッと我に返った。それでも、思い浮かんだ言葉を振り払うように、力なく呟いた。 「おばあちゃんは、違う……。」  日記を閉じて座り込む。老婆が魔女であろうとなかろうと、もうこの世にはいないだろう。魔女裁判にかけられた者は、ほとんど死んでしまう。たとえ死ななかったとしても、どこかに送られてしまうという噂があった。 「おばあちゃん……。」  見捨ててしまった、という思いがある。独り身の老婆を庇えるのは、恐らく自分しかいなかった。  だが、同時に現実も分かっていた。アルマに出来ることはない。孤児扱いになった自分に、周りに影響を与える力はない。それどころか、魔女として殺される対象になっている。だから、せめて生き延びなければならない。老婆が残した言葉に報いるならば、生きていかなければならない。たとえ、異形の餌として飼われるのだとしても。 「でも……」  殺さないと明言している彼の元に居ても、自分が自分でなくなるような気がして怖い。何を考えているのか解らなくて、怖い。彼のことが、怖い。  単純な恐れが、アルマを館から、森から出ることへと駆り立てる。恐怖は誰だって嫌なものだ。だから、森を出るための手がかりを探すのだ。 「……もうちょっと、読まないと。」  アルマは座り直して日記を広げようとする。だが、辺りが暗くなり始め、空が赤く染まりつつあるのに気がついた。この館に照明はない。だから、集めた本を持ち出すことにした。アルマの視界を覆う位に本はあったが、頑張れば、部屋まで持っていけない事もなかった。

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